続-アパートの怪奇を追って-【完】
9:20PM。私の仕事はここから本格的な段階へと移行する。よりスマートに、よりプロらしく、より霊撃師らしく。いざ、調査開始だ。
「いっちょ、特大リフォームといきますか」
振り返らずして玄関口の扉をロックした戦子は、まず手始めに自身の胸元へ軽く握った拳を押し当て死者に対する黙祷を深く捧げた。それは、静かなる祈り『レクイエム』だ。しかし、これは決して形だけの儀礼ではない。同時にある力を呼び起こすトリガーにもなっていた。
「っよし!」
『見鬼』である。読んで字の如く『鬼を見る』という意味を持っており、古来より中国では鬼を霊的存在に捉えていた事に由来している。『魂』という字に『鬼』が入っているのもその為だ。そして、現代の日本において見鬼は霊視と呼ばれるようになり、今では同一の物として認識されてはいるが、それは見鬼を扱える者の数が少なくなった事により起きた認識のズレが原因であるとされている。
「これは・・・」
霊視では決して見ることの出来ない世界。その力を持つ彼女だからこそ見えるのだ。憎みや怨念といったドす黒い感情が燃え盛る炎となって部屋全体を覆い尽くす地獄の光景が。
「戦子様。見鬼を使われたのですね」
それだけではない。彼女を守護する四体の守護霊たちの姿もそこにはあった。
「状況は」
「はい。見ての通り・・・手に終えない状況とみていいかと。これ程までの怨念がたった一体の霊によって体現されているモノだとしたならば、それは恐らく…怨霊に匹敵するレベルです」
「怨霊…ねぇ」
「ハッキリ言って今のあなた様では荷が重いかと。ここは一旦引き返すべきでは」
それでも彼女は引き下がる事などしなかった。それどころか携えて来た荷物を下ろしてその中から何かを取り出したかと思えばそれを業火に向けて投げ付けたのだ。
「い、戦子様?一体何をやって・・・」
「なにって。コレだよコレ。幽霊退治と言ったらまずコレしかないでしょ」
まさかの塩まきであった。
「霊わぁ・・・外に出んかいこのボケぇ!いつまでも人の家に居座ってんじゃねぇぞコラーッ!!オラッ!オラッ!オラーッ!」
「流石だ戦子様!我々も協力させていただくぞ!」
「私もやるやる!おりゃっ!おりゃっ!」
姿無き保護者と言っても過言ではない側の者がひたすらに彼女と一緒になって塩を撒き散らすその姿に呆れた様子で現場を見ていた他の二体の守護霊はそれをとめようとする。
「い、戦子様?少しは落ち着いて考えてみましょうか・・・。あなたたちもやめなさい!みっともないですよ!」
案の定、部屋は塩まみれになっただけで大した意味をなさなかったようだ。
「まったく…二人とも何やってんの!私たちは戦子様の守護霊兼保護者みたいなものなんだから一緒になって変な真似しないの!」
「ふんっ、戦子様の使命は我々の使命も同然だと言うのに。私からすれば逆になんで協力しようとしないのかが不思議でならないものだがな」
「そうだそうだー!」
その間にも戦子は又しても荷物から何かを取り出し始める。
「戦子様、それは?」
「塩がダメなら次はコレだ。てててて~ん『メガホン式除霊マシーン!』」
彼女が高々と頭上に掴み上げたそれはマシンと言うにはあまりにもそのままメガホンというシンプルな物であった。しかし、そこは戦子。何かしらの細工を施していたようで、声を当てる部分になにやら小さな機械らしきモノを埋め込ませていた。
「メガホン…ですか?」
「ちっちっち。説明しよう!このメガホンはただのメガホンにあらず!埋め込まれたこの小さな機械に声を通す事によって超音波を発する事の出来る代物なのであ~る!」
「超音パ・・・ってお待ちを戦子様!」
刹那。戦子は目一杯の声量で「わああああああああッ!!」と叫んだ。傍から聞けばただ単に近所迷惑レベルの大声であったが、一般人には超音波が聞こえない分その程度のモノだったであろう。だが、霊的存在の守護霊からしてみれば爆発的に強烈な音量だったに違いない。
「あれ?どうしたのさ、皆」
何故なら霊にとって超音波とは魂の全て、存在そのものを刺激する奇高な音でしかないのだ。人間に例えるならば黒板を爪で引っ掻いた時の"キーッ"としたあの音が大音量MAXで部屋中に響き渡ったと考えるのが近いだろうか。
「うぎゃーっ!!耳がぁぁあッ!!」
「ぐはっ…戦歌様のお仕置きを思い出すインパクトだった・・・一体何が起こったんだ」
「ぜ、全身が痺れて動けないわ・・・」
「も、申し訳ございませんが戦子様・・・それは少々我々もキツぅございまして・・・やめていただければ幸いなのですが・・・」
であれば守護霊たちが悶え苦しむのも無理はなかった。
「たくっ…なんなんだよお前らは!ちょっと仕事の邪魔だから消えててくんないかな!」
すると戦子は見鬼を自ら解除し一人の空間を作り上げた状況でソファーに腰掛けた。
「アレもダメでコレもダメって仕事になんないじゃんかよ。こうなったら一発勝負で12時まで待つか」
となれば約3時間もの間、この見知らぬ空間でただ一人暇な時間を過ごす事となる。電気は点けないままテレビのスイッチを入れエアコンを効かせる戦子。更にはスマホをいじりながら持参していた菓子袋に手を掛ける姿は既にこの空間を掌握しているかのようにも見受けられた。しばらくして、不思議な感覚と共に彼女は目の霞む中で目を覚ましていた。
「あれ・・・寝ちゃってた」
しかし、その感触はなんとも平たく硬い、床の上だったのだ。目が暗闇に慣れたところで見えてきた光景は何もない一室という印象だった。
「どこだ?・・・ここ」
戦子は取り敢えずその場を立ち上がり周囲を見渡した。しかし、あるのは目の前に佇む一つの扉だけ。そのドアノブに手を掛けて回すも扉は開く気配を一向に見せない。感覚からして鍵は掛かってない事は直ぐに分かったが、それでも何故開かないのかが分からない。何度もドアノブを捻っては繰り返し揺らしてはみたものの現状は変わらず。叩いてアクションを起こしてみても向こう側からの返事は皆無だった。ここで戦子は依頼人から聞いた夢の話を思い出した。と、同時にリビングに響き渡る怪奇音に守護霊たちも反応示していた。
「これは・・・例の怪奇現象ですか」
ソファーで未だ目を覚まさない戦子を起こそうと一人の守護霊が実体化してその体を揺さぶるが全く動こうとしない。
「戦子様!戦子様!!」
そう、彼女は今・・・。
「ウチのおバカっ・・・」
夢の世界へと誘われ闇に捕らわれていた。その時、背後に立ち尽くす気配におぞましい程の威圧感を感じた彼女は背筋が凍る中で振り返り様に見鬼を発動させ、その正体をハッキリと見定めた。
「やっぱりあんたが元凶だったか・・・」
そこに立っていたのは戦子が外から部屋の窓を見上げた際に存在が確認されたあの地縛霊であった。
「あんたの目的はなんだ。あの夫婦に何を求めている」
「カイ…ト…カイ…ト…」
確かに聞こえた"海飛"という言葉。
「旦那さんの方か・・・海飛さんには由美さんがいるんだ。あんたは既に亡くなっている…残酷だが、ここは諦めて・・・っ」
「ユ…ミ…ユ…ミ…ユミ・・・フジタ…ユミッ!」
刹那。謎の光が戦子を包み込み、それと同時に流れ込んでくる断片的な謎の映像が次々と彼女の脳裏に入り込んでは通りすぎていった。
「こ、これは…」
気が付けば、そこは見知らぬ学校の校舎裏であった。三人の女子生徒が一人の女子生徒を囲んでは罵倒を繰り返している光景が視界に入ってくる中で戦子はまるで映画でも観ているかのような感覚へと陥っていった。そこへ、一人の男子生徒が現れ仲裁に入るのだが、この人物に見覚えのある面影を見た戦子は今までにも何度か体験してきたこの出来事に全てを悟った。
「あれは…海飛さん?って事は・・・ここは過去の・・・記憶」
『もうその辺でいいだろ。藤田』
『海飛』
何かを伝えたい。それがこの記憶であるならば、役者は目に見えて揃っている。確かにあれが山野海飛であると確信はできた。だとすると、地縛霊の女が口にしていた藤田由美という人物はおそらく今の山野由美。つまり藤田は旧姓であり現在の由美は正真正銘、この藤田由美で間違いないのだ。又しても切り替わる記憶の映像。今度は問い詰められていたあの女子生徒にスポットが当てられた。
『海飛くん。私、貴方の事が…好き…なの・・・』
『い、いや…俺は・・・』
その記憶はさながらこれから起こる最悪な分岐点になるであろう悪夢の序章のようであった。
『ちょっとあんたさぁ…ウチの海飛になに告白してる訳?私らが付き合ってるの知っててやってるって事は嫌がらせよね?それ』
『い、いや違っ!…私はただ・・・海飛くんの事がっ・・・』
『うるさい!ムカつくのよあんた!』
頬への平手打ちが教室へと響き渡りざわめく生徒たち。女子生徒はそのまま教室を飛び出し走って行ってしまった。
『お、おい…何で山村を殴ったりするんだよ。いくらなんでもマズイだろ・・・』
廊下ですれ違う彼女の後ろ姿はさながら崩れ掛かった積木が揺らいでいるように見えた。その不安定に積み重なった感情もいずれ何かをきっかけに崩れ落ちてしまう事も戦子は知っているのだ。そして、激しいノイズが世界を書き消し突然スキップされた場面でその分岐点は突然に訪れた。海飛は山村という女をたぶらかし自宅へと招き入れていたのだ。自らを好いてくれている異性。しかもそれが由美とは正反対のギャップを持ち合わせ、ルックスも決して悪くはない。『実は由美とは上手くいっていない』と嘘を付いてまで年頃の過ちに溺れてしまいたいと思う気持ちはこの男の根本的な部分にある愛情に対する価値観の現れなのだろうか。だとすれば到底弁護など出来たものではないが、だからこそそこに人間の欲の深さが見えてくる。それは山村も決して例外ではないのだ。海飛が欲に溺れていく一方で山村も又その偽りの愛に溺れていく。それから月日が経つにつれて山村の抑えきれなくなった愛情が海飛を自分のものにしたいという独占欲に変わり、当たり前のように海飛と幸せを共有する由美に対して山村は強い嫉妬心と恨みを抱くようになっていった。
『どうして…どうして私はあんな風になれないの・・・私の方が…海飛くんを愛しているのに・・・!!』
次第に歪んでいく感情に歯止めが効かなくなっていく彼女の姿がダイレクトに伝わってくる遣る瀬なさに戦子の心も揺さぶられ始める。そして、その瞬間は必然とやってきた。山村は自らの自宅にて首を吊ったのだ。何が彼女をそうさせたのかは足元に落ちていたケータイのメッセージを見て直ぐに分かった。
『友子、聞いてほしい。僕は由美と結婚を前提に同棲を決めたんだ。今はまだ無理だけど、これからお互いの将来に向けて頑張ってみようと思ってるんだ。だから今の関係を切ってほしい。君とはもう会えない』
なんとも身勝手で呆気ない巻く下ろしだった。きっとその愛情を信じてやまなかった山村友子は最後の最後まで海飛さんが自分を選んでくれると信じていたに違いなかった筈だ。何たって私の目の前に立つ山村友子本人が死して尚その涙を枯らして「カイ…ト」と言葉を絶やさないのだから。そして、不運にもこのアパートは山村友子が首を吊った自宅であり、彼女が亡くなった事さえ、いや、亡くなった場所さえあの二人は知らないままここへと引きっ越して来てしまった。それは、海飛さんの中で山村友子という一人の人間が完全に消えてしまっていた事を意味していた。
「そりゃあ成仏できないわな。これじゃあんたが報われない」
だから魂だけとなった今でも"自分を選んで欲しかった"と伝えたかったのかも知れない。ここで依頼通り地縛霊となったこの山村友子を消せば全てが解決されるかもしれない。しかし、それをしたところで残るのは後味の悪い悲しさだけだ。でも、同情だけで終わらせたらそれこそ何も残らない。だからやるしかないんだ。それが私の使命なのだから。
「だけどごめん、友子さん。今のウチに出来る事は限られている。だから…今からあんたの見ているその夢を・・・まずはぶっ壊す!」
「・・・ぁ"ぁ"ぁ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"っ!!」
やり場のない気持ちが爆発したかのような叫びだった。瞬間、戦子の体は思い切り上空へ弾き飛ばされ天井に背中を強打。そのまま見えない力で天井から壁を引きずられ床へと叩き付けられた。
「ぐはっ…!ポルターガイストか・・・!」
それだけではない。山村友子が両腕を広げると、その背後から黒い津波が一気に押し寄せ一室もろとも両者を飲み込んだのだ。更には抵抗もままならない戦子の胸をその手で押さえ付け闇の奥底まで連れ去ろうとする。
「ん"ん"~ッ!」
一方で、目の覚まさない戦子に異変が現れた事で守護霊たちも焦りを見せ始めていた。真っ青になっていく顔色と必死に呼吸を維持しようとする症状から見て取れる状況は全てを把握仕切れるものではなかったが、確実に理解できたのは何故か彼女が呼吸をコントロール出来ていない現象に見舞われていると言う事だけだった。
「これは…息が出来ていない!?窒息しかけている!!」
こうなれば状況把握をしている場合ではない。急いで一人の守護霊が人工呼吸に移行するも、不自然ながらに伝わる彼女の無意識的な呼吸のリズムに違和感を覚える。
「一体何が起こっているんだ!?地縛霊の仕業なのか!?」
「(これは…溺れている・・・!?)」
「やられたわね…おそらく意識を何処かに隔離されて、そこで受けてる何かしらの影響がそのまま戦子様自身に反映されてる」
「どうしよう!ねぇっ!?どうしたらいいのかな!?」
「取り敢えず私がこのまま戦子様の命を延命させておきます!後は分かっていますね?精神を司る霊魂である貴方でなければなりません。『二ノ守・キヨメ』」
「分かってる、任せて!」
心臓マッサージからの人工呼吸をひたすらに繰り返す度に彼女の口からは黒い水が唾液と共に頬を伝う。しかし、この行動が功を奏したのか、夢の中でもがく戦子は何とか水中にて酸素を取り戻し、自身を奥深くへと押し込んでくるその手首を掴み体ごと捻ってそのままの遠心力で振り回し投げ飛ばす。すると、地縛霊改め山村友子は投げ飛ばされた先で手を翳し縄のようなモノを手のひらから放出。戦子の首目掛けて拘束し、もう片方の手でポルターガイストを発動。その力によって押し出された水圧は分厚い壁となり身動きの取れない彼女へと直撃した。それによって引っ張られる縄がさらに戦子の首を締め上げていく。
「がはっ…!」
その時。一人の守護霊『キヨメ』が戦子の背後にて姿を現し、首を締め付けていた縄に触れるや否や山村友子の腕ごとそれを消滅させた。そして、うなだれる彼女を抱き抱え流星の如くスピードで天へと舞い上がりその場から脱出。出口と繋がっていたリビングの天井から落下したと同時にキヨメは戦子の本体へとその意識を融合させ、息切れた様子で直ぐ様立ち上がり戦子の安否を確認した。
「ハァ…ハァ…ま、間に合ったわよね!?」
皆が見守る中で意識を取り戻す戦子。
「ゲホッ!ゲホッ!…」
「戦子様ッ!!」
どうやら間一髪のところで間に合ったようだ。
「た、助かった・・・ウチは大丈夫・・・ありがとう」
だからと言って終わった訳ではない。あの一室から漂う嫌な気配が彼女を無理やり奮い立たせるのだ。
「来るか・・・山村友子・・・」
全員の視線がその扉を捉えた瞬間。扉は中心から渦を巻くように消滅し、それと同時に真っ赤なオーブがリビング全体から嵐の如く放出され、先の見えぬ暗闇の部屋へと吸い込まれた。その時、女の泣き声と共に姿を変貌させた友子がゆらゆらと姿を現した。戦子もそれに合わせて霊撃具であるガントレットを右手に召喚。見鬼を発動させて迎え撃つ準備を整えた。
「(おいおい、なんだよこの威圧感・・・少なくとも怨霊なんてレベルじゃ・・・っ)」
刹那。視界を被う手のひらが迫り来る中で彼女は気付かぬ間に相手を自身のテリトリーに入れてしまっていた。
「(速い!体が反応できない!・・・動けない!)」
そこへ戦子の頬すれすれを通り抜けるもう一つの手のひらがその背後にて彼女の顔目掛けて襲い掛かってくる手のひらを真正面から受け止めた。ここでようやく脳からの神経伝達を受け取る事ができた彼女はせめぎ合うその場から瞬時に助けに入った者の肩を土台に側宙でオーバー回避。その先で見た背中は化け物と化した友子と張り合う一人の守護霊の姿であった。
「ヒナタっ!」
ニノ守・キヨメが精神を司る守護霊であるならば、この『三ノ守・ヒナタ』は精強を司る守護霊。魂同士のぶつかり合いであれば怨霊を凌駕する程の力を持つ。のだが・・・。
「くッ…押し返せない・・・!」
やはりそうだった。友子の魂は既にそれらを越えていたのだ。
「コハル!部屋に漂う邪気を浄化しろ!相手の有利を失くせ!」
「もっ、もうやってるよー!でも無理っぽいかもぉ~・・・憎悪が強すぎるよ!」
戦子は浄化を司る守護霊『四ノ守・コハル』にフィールドの確保を指示するが、厄介な事にそれまでもが無意味となっていた。
「チッ…オヒナ!ウチのサポートに回れ!いくぞ!」
「御意っ!」
『一ノ守・オヒナ』をサポートに展開させ、戦子は持ちこたえるヒナタ目掛けて腕を突き出し同じポーズで背後から融合。友子の相手はヒナタから戦子へと移り変わる。強引な憑依術ではあったが、これで力は少なくとも言い分になるはずだった。だが、友子の力もそれに呼応して更なる高まりを見せ始めるのだ。
「(嘘だろ・・・ガントレットにヒナタのパワーを上乗せてんだぞ・・・これでも押し返せないのか!)」
各々が自身の役割を果たす為に彼女の指示に従い、そして霊撃という名の戦いがここから幕を開ける。先手を取ったのは戦子。無理やり相手を押し返し冷静かつ素早いステップで一直線に距離を詰めその拳を突き付ける。だが、ポルターガイストによる相手を弾こうとする斥力によりそれは阻まれ、逆に相手からのカウンターによるボディーブローを誘発させてしまう。が、そこをサポートについていたオヒナが咄嗟の判断で戦子の背後から片腕を彼女の体に貫通させて当たる寸前の攻撃を受け止めた。しかし、突如として友子の拳からドス黒い炎が燃え上がり、そのあまりにも強い怨念と恨みのパワーにオヒナの力が予想外にもパワー負けしてしまい、力が緩んだ瞬間を狙われ一気に押し込まれてしまう結果となってしまった。二人はもろとも吹き飛ばされ壁に叩き付けられてしまったのだ。
「い、戦子様!ご無事ですか?!」
「てててっ…何とかね・・・」
制服に焼け付いた風穴と火傷の跡が受けた攻撃の威力を物語る。ヒナタを自身に憑依させてアップさせた身体能力と耐性能力。そして、咄嗟ではあったがオヒナによるガードがあってこの有り様だ。もしも一人ならば確実にやられていた事実に彼女はこれまでの経験から相手が既に人の魂を捨てた存在『鬼霊』になりつつあるのだと理解した。そこからの両者のぶつかり合いは交じり合った瞬間から壮絶を極め、一歩も譲らぬ攻防戦はさながらスピーディーで大迫力なアクション映画を演出しているかのようであった。受け手と攻め手が交互に、しかも目にも止まらぬ速さで次々と入れ替わりながら展開されていくそれはインテリアや家具を散乱させる凄まじい現場となっていった。彼女が依頼者である二人に『大事な物があるのなら取って来た方がいい』と提案したのも、これが原因で過去に多額の賠償金を逆に要求されそうになったからである。
「こんのっ!・・・このまま海飛さんの愛に溺れ続ける気かよあんた!そこにはもうあの時の思い描いていた未来はないんだぞ!!いい加減に目を覚ませよ!!」
戦子の言葉に耳を貸そうとしない友子は両手に宿らせる黒炎を更に増幅させ、その全身に纏わせる。
「待てっ!それ以上はあんたがあんたじゃなくなる!!」
「冷タイ・・・寒イ・・・あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"ッ!!」
「ダメだよせッ!!!」
そうはさせまいと手を差し伸べる戦子であったが、炎に触れた瞬間、体の内側から複数の縄が四方八方へと飛び散り彼女はその場へと縛り上げられ宙吊り状態になってしまった。そして、伸びた先の根元から中心に向かって黒炎が縄を伝い戦子を火炙りに。これにより憑依が強制的に解除されてしまい、ヒナタはその体から思い切りはじかれ戦闘継続不可能を余儀なくされた。
「ぐあっ・・・!」
「ちょっとヒナタなにやってるの!オヒナ、早くなんとかして!!このままじゃ戦子様が!!」
三ノ守・ヒナタが追い出されてしまうという予想外の出来事に一ノ守・オヒナは即座に戦子の燃える体へ両手を押し当てマイナスのエネルギーを相殺するプラスのエネルギーを流し込み黒炎を鎮火させ、次いでそのまま体を縛り上げる縄を体内から排除。直ぐ様彼女を担ぎ上げ相手から距離を取りその受けたダメージの具合を確認した。が、どうやらそこまで大事には至っていなかったらしく、軽症で済んでいたようだ。
「戦子様。もうこの辺りでよろしいかと。ここは大人しく他の霊撃師に応援を求めるべきでは」
この意見に他の守護霊たちも同意の意を表すが、彼女だけはそれに賛同を示さなかった。
「戦子様、冷静になってお考えください。貴方はまだ霊撃師としては修行の身。こんなところでその才能を散らす事などあってはならないのです。どうかその身をお大事に」
「・・・・っ」
「戦子様?」
黙ったままゆっくりと立ち上がった戦子の目付きは覚悟を宿して、黒炎をその身に纏う山村友子の目の前へと立ちはだかった。そして、灼熱が両者を包み込む中で彼女は肉体を燃やされて尚微動だにその場から動こうとはしなかった。
「こっちを見ろ、山村友子」
二人きりの空間の中で見つめ合う戦子と友子。瞬間、戦子はその頬目掛けて拳を振り抜いた。ゴンッ!という鈍い音と共に彼女は激しく顔を傾かせた。
「現実から目を背けるな。こっちを見ろ!!」
よろけながらも言われるがままに体勢を戻した友子は視線を再び戦子に向ける。そこに映ったのは、他人事でありながらも真剣に向き合ってくれるたった一人の少女の姿であった。
「痛いか?それが現実だよ。それがあんたの受け入れなきゃならないモノなんだ」
「ああっ・・・痛い・・・心が・・・ここが痛いんだ・・・」
分かっていた事だった。偽りの愛にしがみつき、挙げ句の果てに人生最大の禁忌である自ら命を絶つというタブーまで犯して最後に残った物は後悔と恨み、憎しみだけ。既に成り立っていた物事の上に犠牲を求めたのは他でもない自分自身だった筈が、今こうして見ればただの逆恨みだ。その現実が彼女を苦しませ無意識に涙を流させていた。
「友子さん、あなたにはまだ心がある。人間としての心が。だから、もうこんな事は終わりにしよ?これ以上、あなたが苦しむ必要はない」
「・・・だったら、私のこの気持ちはどうなる・・・この孤独を!憎しみを!悲しみを!後悔を!どうしたらいいの!!今更無かった事になんて出来ない!!」
「今はそれが自分の選んだ道だと納得するしかない」
「だったら私は自分の心を拒絶する。この涙を否定する。あの二人を・・・殺してやる」
この言葉に対して戦子の答えはとんでもない意外なものであった。
「いいよ。やればいい」
「なんですって」
冷静な友子とは裏腹に守護霊たちは「えぇーッ!?」と大絶叫。
「それで気が済むのなら、それで自分自身に決着をつけれるのならやればいい」
すると、彼女はスマホを取り出し依頼人である二人を自宅へと来るよう呼び寄せてしまった。数分後、藤田夫妻が自宅に到着。海飛が扉を開けるや否やそれは突然と勃発してしまう。友子はその顔を視界に入れた瞬間に彼をポルターガイストで吹き飛ばしてしまったのだ。ここはアパートの5階。落下してしまえば一溜りもないが、間一髪のところで海飛は背後に連なる鉄格子に手を掛け最悪の難を逃れた。そんな彼に急いで駆け寄る由美には呪いの縄で全身を拘束。そして、何事かとパニックに陥る二人の前に真っ暗闇の室内から姿を現す友子。
「な、なんだよコレ・・・由美!!」
咄嗟に由美の心配をする海飛の胸ぐらにその手が伸びる。彼は思い切り持ち上げられ上半身を柵の外へと放り出された。
「がはっ・・・やめっ・・・!」
「これが私の選んだ決着だ。地獄に落ちろ・・・カイト」
「なんで俺の名前を・・・お前は・・・一体誰なんだ・・・どうなってる・・・!」
その光景を見守る戦子に守護霊たちはとめるよう彼女に説得を促すが「黙って見てろ」と戦子はただ一言、そう口にするばかりであった。
「知る必要はない。私はお前の・・・私自身の過ちそのものなのだから」
「なんだよ、それ・・・!!」
次第に押し込まれていく上半身。それにつられて足が地面から離れていく。その時、不意に何かに気付いた海飛が「友子!?」と彼女の名を口にしたのだ。
「・・・!?」
それに驚いた友子は彼の体を押し込んでいた手をストップさせた。
「そのヘアピン・・・何でお前がここに!?」
そう、その何かとは友子が生前から肌身離さず身に付けていたアクセサリーだった。それは、海飛からプレゼントされた、唯一、愛を信じていられた大切な物だった。
「そうだ・・・これはお前が私にプレゼントしてくれた物だ。なのになんで・・・なんであの時、"愛している"と嘘をついた!!本心を言えば私を選んでほしかった!!でもっ、それよりもあの言葉だけは偽りであってほしくなかった!!」
「じゃあ、本当に・・・友子・・・なのか・・・?」
「答えろカイト!!あの時の私はお前のなんだったんだ!!」
「し、知らねぇよそんなの・・・!もう昔の事だろ!なに今更ムキになってこんな事っ・・・!」
「そうか分かったよ・・・もういい」
再び海飛を押し出そうと、力を加える友子。
「ま、待てッ!確かにお前とは本気じゃなかった!でも人間なら誰だってある事だろ!?お前だって俺に由美がいる事を承知で関係を受け入れてたんじゃねぇのかよ!!」
「ふざけるな・・・ふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなッ!!!頼むよ・・・これ以上、お前の幸せを憎ませないでくれ・・・私の愛した海飛を・・・大好きだった海飛を恨ませないでくれ・・・後悔させないでくれ・・・」
「さ、させない!なんならよりを戻してやってもいい!それなら納得出来るんだろ?また二人で幸せな時間を過ごせる関係に・・・っ!」
「さよなら。大好きだったよ・・・」
その言葉を最後に友子は海飛をアパートの5階から突き落とした。
「うあああああっ!!!由美ぃぃいッ!!!」
筈だったが、気が付けばそこはリビングのソファーの上だった。カーテンから差す眩しい光が朝を知らせる。
「おはよう、旦那さん」
「ここは・・・」
隣には縄で縛られていた筈の由美も座っていた。
「ありがとうございます、霊撃師さん。私、なんだか調子も良いみたいで、昨晩は久しぶりに気持ち良く寝れました」
「おー、それはなにより。んで、旦那さんの方はどうでした?」
「確かに体の調子がいいような。でもなんだか恐ろしい夢を見ていたような・・・」
思い出そうと記憶を辿る度に薄れていく何かの存在。それは、由美の安心した元気な姿を境に海飛の頭の中から完全に姿を消したのだった。
「んじゃまぁ、ウチの仕事はここでおしまいという事で」
事件を解決してくれた戦子に感謝を伝える二人。
「本当にありがとうございました」
「助かったよ、ありがとう。支払いは今日中に済ませてっ…」
その瞬間、彼女は思いがけない行動に出る。なんと海飛の顔面をその拳で殴り飛ばしたのだ。
「いらねぇよんなもん」
「ちょっと!何をするの!!」
「これはある人からの餞別だ。じゃ、ウチは帰るんで。奥さん大事にしろよ、旦那さん」
そう言い残し、彼女はアパートを出た。その帰り道、戦子は昨晩の事を思い返していた。あの時、友子は寸でのところで縄を海飛の足に巻き付け助けていた。
『やーねぇ。男女のあれこれって本当にドロドロ』
『何故、助けに入らなかった』
『殺さないって分かってた』
『ふんっ・・・最後の最後までカイトは由美の名を口にした。どうやら私はまた、フラれたようだ』
『その割には清々しい顔してんじゃん?』
『ハハハっ、そうかもな。不思議と気持ちがいい。言いたい事を全部吐き出してスッキリしたからなのかもな』
『もう後悔はないみたいだね』
『ああっ。何もかもが吹っ切れた気がするよ。お前にも感謝している、霊撃師。私のわがままで苦労を掛けたな』
『気にしないでよ。いろんな理由で苦しんでる魂はまだまだこの世にさ迷ってる、それに手を差し伸べるのがウチの使命なんだからさ』
『そうか』
『んで、これからどうする訳?ここにはもう居られないよ』
『分かっている。だから、私を霊撃してくれ』
『・・・いいんだね』
『・・・ああっ。もう二人の邪魔は出来そうにないからな』
『分かった』
『これでやっと楽になれる。・・・ありがとうね、戦子ちゃん』
あの時、確かに山村友子は笑顔で、その顔に迷いなどこれっぽっちもなかった。闇に染まっていた魂が全てを受け入れ自分自身を取り戻した最後の笑顔。戦子が決して忘れてはならないものであった。
「いてて…全身が痛いや。無理し過ぎたかな。って、ありゃ?なんか忘れてるような?」
薄暗い裏路地に佇む一人の女。その女はあの夫婦にとり憑かせていた魂を回収して情報を受け取った。
「あの地縛霊には期待していたんだけど、鬼霊に育つ前に逝ってしまったようね。フッ、まぁいいわ・・・まだまださ迷える魂はいくらでもいる。でしょ?八咫戦子ちゃん」