コミュZERO 第一話 転校と再会
「戻ってきたんだな」
これから通うことになる教室の前で、窓から幼少期に住んでいた街を見下ろしそう呟く。
二年生に上がったばかりの四月。俺は、埼玉県立星影高等学校に転校してきたごく普通の男子高校生、乙崎静也だ。
緊張していないと言ったら嘘になるが、俺だって子供の頃はこの街で育ったのだ。馴染むのはそう難しくないだろう。
「乙崎くん、入って」
生徒への説明を済ませた担任の先生に呼ばれ、扉に手をかける。
ガラガラと音を立ててスライドさせると、生徒の視線が一気に集まってきた。
緊張感で一瞬足が動かなくなるが、ここで止まってしまったら余計に目立つ。視線を気にしないようにしつつ、教壇に上がる。
俺が教室に入るのを見た先生は、チョークを手に取り黒板に名前を書き始めた。
「乙崎静也です。ここよりは少し田舎の街から来ました。二年間よろしくお願いします」
カッカッカッというチョークの音を聞きながら軽くお辞儀をする。
この街も都会とは言い難いが、前に住んでいた街は山の近くだったので田舎っぽさはあちらの方が上だろう。
顔を上げると、クラスメイト達は次々に拍手をし始める。一緒に、『よろしくなー』と声を掛けてくれる生徒もいた。
おお、なんだか小恥ずかしいが悪くない反応だ。これなら、いい交友関係を作っていけるだろう。
「乙崎くんの席は、あそこね」
先生に言われ、窓際の席に座る。窓際の一番後ろ……誰もが憧れる特等席である。
転校生特権でこの席になったが、後で恨みを買わないだろうか。目が悪いんで前がいいですとか言った方がいいかな。
なんて思っていると、隣の席から視線を感じた。こちらもちらりと観察する。
少し暗めの銀髪をおさげにしている女の子だった。前髪は長く目が見づらいが、奥に見える瞳は青く美しい。
……なんか、あいつに似てるな。
俺がこの街に住んでいた頃、仲の良かった女の子がいた。
その子も似たような髪色で、瞳が青かった。太陽みたいに元気な奴で、いつも一緒に居る幼馴染だった。
懐かしいな、なんて思っているとふとその女の子と目が合った。隣の席だし、挨拶くらいはしておくか。
「よろしく」
「ごっ、ごめんなさい!」
「えっ!?」
突然謝られてしまった。ショックである。
もしや告白もしていないのに振られてしまったのだろうか。久しぶりに来た故郷にそんなトラップが仕掛けられているとは思わずかなり焦る。
突然の謝罪に、周りの生徒もざわめき始める。告白? 振られた? やだ、大胆っ! などの言葉が耳に入ってくる。ええいやかましい。
「な、なあ。俺何かしたか? 何かしたなら謝りたいんだけど……」
もしや口が臭いとかだろうか。歯磨きはしたよな? なら体臭? 田舎くせぇんだよとか思われちゃった?
どちらにしろショックは大きい。理由を聞かねば納得できない。
「ご、ごめんなさい……ごめんなさい……」
「いや、だから……ぁ」
前髪で隠れた瞳に、涙が見えた。
泣いている? しかしなぜだ、考えても心当たりはない。
俺に涙を見られたせいだろうか、女の子はガタンと椅子から立ち上がる。
「ごめんなさいぃぃぃ~っ!!!」
その女の子は、またもや謝りながら教室を飛び出してしまった。
一瞬呆気にとられ固まってしまったが、周りからの『追いかけてやれよ!』という視線で身体が動き始める。
俺は女の子を追いかけるため、廊下に飛び出した。
* * *
後ろ姿を見ながら追いかけていると、女の子は角を曲がった。確かあそこには階段があったはずだ。急いで駆け下りたら怪我をしてしまうかもしれない。
そう考えた俺は走るスピードを上げ、一気に追いつこうとする。急ブレーキを掛けながら同じように角を曲がる。
が、俺はそこで目を疑うような光景を目の当たりにする。
「はぁはぁ……もう、無理ぃ……」
「体力少なっ!?」
教室を飛び出した女の子が膝をつき壁にもたれかかっていたのだ。
思わず緊張が解け冷静になる。そもそもなぜ逃げられたのだろうか。
幸い目の前の女の子はもう逃げる気はないらしく、汗を拭きながらゆっくりと立ち上がった。
「えーっと……大丈夫か?」
「ひぅ……う、うん」
息が整ってきたのか、女の子は深呼吸をして平静を取り戻す。
ように見えたが、すぐに身体を揺らしおろおろし始めた。落ち着いては……ないか。
「あ、ありがと……シズくん」
「っ!?」
にへらと笑いながら、女の子はそう言った。思わずビクッと身体が震える。
可愛かったからじゃない。いや、それもあるのだが。それ以上に衝撃を受けた理由がある。
シズくん。俺をそう呼んでくるのはあいつだけだからだ。
しかし、この子が即座にあだ名で呼んでくるタイプとは思えない。
そう考えた俺は、一つの可能性を思いつく。
「――――晴」
小さく呟いた俺の言葉に、女の子……晴はパアッと明るくなる。その反応は答えじゃないか。
信じ難いが間違いない。目の前のこの子は、幼馴染の水瀬晴だ。
そして同時に、幼い頃とイメージが反転してしまっていることに混乱する。
「お、覚えてるの……? てっきり、忘れちゃったかと思って……」
「そりゃ、昔と全然違うからさ。久しぶり、晴」
変わってしまっているが、晴と再会できたことが嬉しかった。
こうして顔をはっきり見ると、面影は残っている。しかしこうも怯えられると落ち着かない。顔を見れば晴も喜んでいるということは伝わってくるのだが……
「ひ、久しぶり。シズくん。それとっ、ごめんなさい」
「えーっと、その。なんで謝るんだ?」
最初に話しかけた時にもだが、晴はなぜか俺にごめんなさいと言ってくる。
俺は特別高身長というわけでもないし、顔も怖がられるような面ではない……と思っている。
そうなると、いよいよ謝られる理由が分からない。
「ひうっ……ご、ごめんなさい」
晴は胸の前で両手の指を絡ませながらそう呟いた。
思わず頭を掻いてしまう。どうすれば話してくれるだろうか。
「落ち着いてくれ。どうして、そんなに謝るんだ?」
「……え、えっと。その……あの……」
晴は目をきょろきょろと動かしながら動揺した。昔の晴からは想像もできない。
こんなにも大きく変わったのには理由があるはずだ。その理由が知りたい。
少し強引かもしれないが、晴の右肩を掴んだ。おろおろとした動きが止まる。
「俺にも、話せないのか?」
俺の言葉に、晴はハッと顔を上げた。透き通るような目には迷いが見える。
話したい気持ちと、話したくない気持ちで葛藤しているのだ。もし話したくないと言われたら諦める。
しばらく待つと、晴は覚悟を決めたように真っ直ぐ俺の目を見た。
「は、話す……!」
両拳を身体の前で作り、ぐっと押し出した。わたし、頑張る! というポーズだろうか。
「ほ、ほんとか? 嬉しいよ、ありがとう」
俺は今の晴のことを知らない。だが、内気になってしまっている晴が勇気を出して話してくれることが嬉しかった。
一度止まるとまた喋れなくなってしまう。そう思ったのだろうか。晴は急いで息を吸い、口を開いた。
「え、えっとね――――」