十年ぶりに再会した幼馴染がぶっ壊れてたんだけど俺はどうすりゃいいの(仮)
懐かしい、夢を見ていた。
それは俺が小学二年生の頃。隣に住んでいた女の子との思い出。
『シズくん、それとって』
シズくん。俺、乙崎静也のあだ名だった。
俺は幼稚園から小学二年生まで、幼馴染の女の子といつも一緒にいた。いや、連れ回されていた。
『シズくん、はやくきなさい』
自分勝手なガキ大将みたいなやつで、その側近が幼馴染である俺だったか。
そのおかげもあってか、今では世話好きな性格になってしまっている。良いことなのか、悪いことなのか。
困ることもあれば、人に嫌われにくくなったりと助かることもある。
『シズくん。わたしね、ひっこすんだって』
ある日、そんな女の子が引っ越しをすることになった。家庭の事情だった。
当時の俺は、面倒なことが無くなって安心していただろうか。それとも、幼馴染と会えなくなって悲しんでいただろうか。
多分、両方なんだろうな。なんだかんだ、あいつのことは嫌いではなかったから。
「……ゃん! お…………ゃん!」
あいつは、どんな名前だったか。
昔のことだからな……あまり覚えていない。
「お兄ちゃん! いい加減起きて!!!」
「どわああああ!!!」
ベチンと大きな音が脳内に響き渡り、一気に覚醒する。
目を覚まし、頬の痛みを感じながら俺は腹の上に跨る妹の雫をジーっと見つめる。
「おはようお兄ちゃんっ!」
「おはよう妹よ。これはなんだい」
最愛の妹が腹の上に乗っている。特定の性癖を持っている人ならば喜ぶシチュエーションなのかもしれない。
が、ビンタで叩き起こされた俺はそのような幸福を感じることはなかった。
朝の生理現象に気付かれないよう冷静を装うことに必死すぎてそれどころではない。
「妹式目覚まし時計!」
「斬新だな!? 時計要素どこにあるんだそれ……」
「体内時計だよ! ズバリ……今の時間は七時半!」
スマートフォンを手に取り、時間を確認する。六時半だ。
SHRが始まるのは八時四十分。家から学校まで自転車で十分ほどなので二時間近くの時間がある。
ちなみにだが、アラームを付けたのは七時だ。
「一時間ズレてるじゃん……」
「およ?」
我が妹ながら可愛い。これは時計が一時間ズレてても買いますね。
妹の声付き目覚まし時計、商品化したら売れるのではないだろうか。平凡な俺と違い、妹はクラスの人気者だ。なので需要も高い。
あの告白してきたっていう吉崎? って奴に売りつけようぜ。五億くらいで。
「はあ……」
「どしたのお兄ちゃん」
「いや、昔のことを思い出してな。昔いただろ? 隣に住んでたさ、誰だっけか」
「知らない」
幼馴染についての話をした途端、雫は急に冷静になった。
飽きたのか知らないけど、お前今俺の上に乗ってるんだからな?
「……ん、そうか。まあ流石に覚えてないよな」
雫はあの頃は俺より子供だったからな。覚えてないのも仕方ない。まあ一個下なんだけど。
「そんなことより、朝ごはん食べよーよ」
「そうだな」
ちょっと早いが適当にパンでも焼いて食べようかな。
高校二年生になって早数日。一年の頃と特に変わらず日々は過ぎていった。
こんな日常が続いたまま、卒業していくのだろうか。なんて思いながら、眠い目をこすって食パンにジャムを塗るのだった。
* * *
早めに学校についてしまったが、十分間自転車に乗っていたため眠る気になれない。眠いのに眠れない、とてもつらひ。いとねむし。
「なあ、今日転校生がさ……おい聞いてんのか?」
「ああ、悪い。ちょっと寝不足でな」
「へぇ、珍しいな」
こいつは鹿島田一馬。二年に上がってから席が近くだったこともあり、仲良くなった友達だ。
彼女欲しいが口癖で、髪は短く、おでこが全開になっている。俺と同じ帰宅部だ。
「妹に叩き起こされたんだ」
「お前妹居るのかよ!? 頼む! 紹介してくれ!」
「死んでくれ」
「酷いな!」
常にテンションが高いので一緒にいて退屈しない。
俺は一馬のそういうところが好きなのだが、絶対に本人には言わない。言ったら面倒なことになるからね。
「はいみんな席についてー」
先生が教室に入ってくると、クラスメイト達は急いで席に着く。朝から元気だなみんな。
「照美ちゃん! 転校生が来るって本当ですかー!?」
「そうよー。って、白樫先生と呼びなさいといつも言ってるでしょう!?」
一馬が白樫先生を下の名前で呼び、先生が注意するといういつもの流れに教室中から笑いが起こる。
ん? 転校生? こんな時期に珍しいな。親が急な転勤になったとかか?
「棗さん、入ってきていいわよー」
先生が扉の向こうにいるであろう転校生に声を掛ける。
棗か……そうだ、あいつの名字も棗だった。ああ、下の名前も思い出せそうなのに。モヤモヤする。
「失礼します」
落ち着いた声で転校生はそう言った。女子だ。
あいつとは全く違う清楚な子なんだろうな。同じ名字だからって性格まで同じなわけないか。
ガラガラと扉が横に開く。教室に入ってきた転校生は美人というよりは美少女という言葉が合っている可愛らしい女の子だった。
黒髪ショート、外ハネした髪の毛。ぼーっとした表情。
清楚……とはまた違うな。大人しい雰囲気だ。
「はい、自己紹介」
「……棗風音、です。……よろしく、お願い、します」
たどたどしく自己紹介をする転校生の名前に、眠気が吹き飛ぶ。
棗風音……! そうだ、幼馴染の名前は棗風音だ!
……だが、俺の記憶の中の風音とは違う。あいつは、もっと横暴で、自分勝手で……
「じゃあ棗さんの席は……乙崎くんの隣ね」
「えっ」
窓際の席で、隣に誰もいなかったから喜んでいたのに。女子が隣に来るとは。
落ち着け、同姓同名だからって緊張するな。普通に接してればいいんだ。クラスのみんなと同じように。
深呼吸をし、視線を前に戻す。
転校生は俺を真っ直ぐ見つめながらこちらに歩いてくる。なんで俺見てるの怖い。
そして、席に座ることなく俺の前に立ち尽くした。えっ……?
「シズくうううううううううん!!!!!」
転校生は、そう叫ぶとぎゅうううううううっと抱きしめてきた。
柔らかいいい匂い近い近い近い。それなのに、混乱しているのに、俺の頭は物凄い速さで回る。
欠けたピースが綺麗に揃った。この名前、この顔、この呼び方。
今俺を抱きしめているこの美少女は……間違いなく幼馴染の棗風音本人だ。