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ピアシリュージョン・ブレイド  作者: 白金 二連
第四幕 ご利用に、終止符を
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72.シーン4-9(再びリィベ)

 私は再び背伸びをしてミリエのすがたを窓から確認すると、この村の人間に、ここに来た理由はもう説明できたのかを尋ねた。

 ミリエは首を横に振る。なんだかんだで騒動が続き、落ち着いて大事な話をするどころではないらしい。


「やっぱり、話すだけ話そうよ。それからちゃんと考えてもらおうよ。捕まっていたいなら好きなだけ押し込められていればいい。そんなにここにいたいんなら好きなだけここにいればいいんだ。私は出る」


 見張りがいないのであれば好きなだけ入り口の扉を叩いて蹴っても平気だろうと、私はミリエの心よい返答を待たずしてその方向へ体をねじった。そんな私をミリエがちょっと待ってと引き止める。


「あの人はどうするのよ」


 一瞬誰のことかと思ったが、ミリエは言いづらそうな表情で視線を納屋のなかへ向けた。私の横、そこまで離れていない位置から飛ばされてくる独特の魔力の気配を目だけで示し、困惑の顔を作る。

 ついに彼も名前を言えないあの人に昇格である。私は代わりの呼称として、パラリラを推奨する。


「嫌なら置いていけばいい。別にすぐ解放に向かうわけじゃないんだし、どうせ口利かないんだから説得に連れてたって役になんか立たないでしょ」


 ミリエは少しだけ眉をひそめる。


「見張りもいないのに、一人きりにしておいていいの?」

「知らない。逃げたら逃げたで放っておけばいい。後は私たちで何とかしようよ」

「そんなこと言ったって、あたしたちだけでマナの歪みが元に戻せるわけないじゃない!」

「じゃあ連れてく?」


 ミリエは少しだけ渋った顔で、でも、とわずかに口を尖らせた。


「その人がその……不浄なる歪みだっていうんなら、近くにいるだけで、その、あたしたちも危ないんじゃないの」


 ミリエはぶつぶつと歯切れの悪い様子で、視線をどこか斜め下の辺りに流した。ずっと変な感じのちょっと怖い魔力だとは思ってたけど、そう言われればそれも納得できるのよ、と相変わらず思い切りのない語調で言葉が続く。


「私それ分かんないから別にいいかなあ」


 なげやり気味に間延びさせる私をミリエは半開きの目で見つめ、こういうときだけずるいわよ、なんていう顔をした。


「アンタなんて、ずっと寝てるか机にかじりついてるかその場にいないか余所見してるかで、ほとんどあたしたちと一緒に行動してないじゃない。そんなんだから危機感が薄いのよ。聖都の時は記章のことで大騒ぎしててうやむやですまされちゃったけど、髪だって真っ赤でどう考えてもおかしいじゃない」


 そこはそれ、威嚇色であるからして致し方ないと言える。同じ見た目で凡人のなかに身を隠しているよりかは余程スタイリッシュで潔いと思っておこう。


 ミリエの言ったことに対し、私の横でカインが自身の髪と目の色について、これは魔色変化というもので、魔力の高い人間に少なからず見られる現象であると言ってきた。ぼそぼそと話しているためミリエの方まで声が届いているとは思えないが、それを今ここで私のみに話してどうなる。


 実のところ、ミリエ及びその双子であるアリエは両親やそのまた上の血筋と少し髪の色が違っているのだが、なるほど、それはその色素異常のせいなのだろう。


 彼ほど飛び抜けた変化でなくとも、並外れた魔力を有する人間はやはり少なからず見た目に分かる工夫がなされているらしい。親切といえば親切な摂理であると言えよう。本当に一般人に対するちょっとした気遣いだったのである。無論、これまで目にしてきたなかで考えるなら基本的には人の枠を出ない程度の変化であると思われるため、変化した色が親と似たような色であれば気がつくこともないだろう。


「そんなの丸刈りにしちゃえば分かんないじゃん。変に未練がましく残しとくから駄目なんだよ。いっそ全剃りしてしまえ。刈り取った毛は売ろう。マニアックな趣味の人って意外といるよ。また伸びてきたら刈ればいいんだし。ほら自給自足。それに歳とればどうせ禿げてそんな髪でも恋しくなる日が来るんだから。いずれ散る花、今は静かに見守っておやり」


 ミリエは苦い顔で唸った。


「……目の色だってやっぱりちょっと違うしなんだか怖いじゃない」


 目が怖いのは否定しない。こればっかりは当人の人相にも難がある。


「小さな金細工ひとつの埋め合わせに四苦八苦している私へ対する嫌味じゃないかな。背中を見せて逃げ出していれば目玉のひとつやふたつ程度、適当に売り捌いてやったものを……」


 窓の向こうの妙な唸り声はなおも続く。


「もう、それ結局もともとの危険自体は何も消えてないじゃない。だから、彼の魔力が危険なの!」

「別に今まで周りうろつかれたところで外界に影響なかったじゃん。不安なら昏倒させて運べばいいんじゃないの。どうせ両手塞がってるんだし、ろくに動けないんだから」


 ミリエはついに眉間に手を当てて軽く俯いた。


「なぜそうすべて物理的な強行手段に訴えるの……」


 いざとなれば高い魔力もそっちのけで、杖をぶんぶん物理的に振りまわして倒しにかかる妹とどっこいどっこいかもしれない。対照的なようでいて、妙に似ているところがあると周りの人から言われている所以である。そんな妹は細く長く呻いてから、ふう、と小さく息をつく。


「……そうね、分かったわよ。だからもう少し穏やかな方法で付いてきてもらえないかしら」

「いいんだ?」


 そう聞くと、ミリエはそりゃああたしだってと再び口を尖らせた。


「何だかんだでここまで一緒に来たんだし、納得いかない部分がないわけじゃないわよ」

「そっか。じゃあ、連れてって一緒にあのミネコさん説得しようよ。オルカは?」

「……多分あたしと同じだと思うけど」

「じゃあ、決まり。どうする? 昏倒させとく?」


 ミリエは真顔でしなくていいと一蹴すると、入り口の方へまわって閂を抜き、戸を開けた。薄暗かった室内に幾らかの光が差し込み、潔い彼女の後光となって暗がりに慣れた私の瞳孔を貫いた。


 長く揺れる金の髪が曇り空のなかにおいても強く輝き、ああ聖女と呼ばれているのはあながち嘘でもないんだなと妙な感慨が胸に響く。仁王立ちの足元は見なかったことにしようじゃないか。ありがとう妹よ、文句を言いながらでもこうして助けに来てくれることに姉は感謝いたします。


 私は戸が開くまで待つ間、カインの手首から垂れる縄の切れ端を引っ張り少々強引に彼を立たせ、床に置きっぱなしだった短刀を元の鞘に納めておいた。


「残念だったな。状況は君にゆっくりと腰を落ち着けて運命に身を委ねる暇を与えてはくれないようだ」


 無事、短刀がマントにしっかり隠されていることを確認し、ついでに私の手首にかかっていた縄と彼から下がる縄の端をショートスプライスでつなぎ合わせて、延びた端で自分の手首にテキサスボーラインを作る。


 待ちかねていたミリエに開け放たれた扉の方から早く行くわよと催促され、私は表へ出ようと言って手首に掛かる縄をくいくいと引っ張った。突っ立ったまま眉根を寄せて険しい顔を崩さない彼に、捕まっていようが捕まっていなかろうがあれはいずれ解放しなければならないものなのではないかと声を掛ける。見上げてみれば、差し込んできた光に照らしだされ、暗がりの中に燃え上がる赤い色が浮かんでいる。その下で窄められた金が光った。


 短めに切り揃えてある髪型にしては、前髪ばかりが目を隠すようにして少し長めに残してある。短刀を使って自身の手で髪を切っているのだろう。

 見る限りではなかなかに器用というかまめな方ではないかと思うが、やはり鏡が手元にない為なのか毛先はがたがたと不揃いで粗く、良い出来上がりとはお世辞にも言い難い。


 見えぬところで色々苦労しているのかもしれないが、残念ながらあまりその苦労は実を結ばぬ花であると思われる。前髪を前に集めたところで、鮮やかに目を引く赤の中に金色がチラリズムよろしく見え隠れするばかりである。

 それよりも、私はその扱いに困っているらしい髪をきれいさっぱり撤去してしまうことをおすすめする。出家である。


「こそこそ何やってたのよアンタ」


 ミリエは縄を引っ張りながら表へ出てきた私を少し怪しそうな目で見てきた。


「……いや、ここまで結んどきゃ文句言われないかなと思って」


 彼女はさらに両手が離れて自由になっている私の左手首をじと目で睨み、結び目の端をちょいっとつまんで引っ張った。


「あっなんてことを」


 薄暗いなかでせっかく苦労して結んだのにと愚痴をたれつつ、ほどけた縄をもう一度結びなおそうとしていると、ミリエは端を奪いとって私の手首にぐるぐると巻きつけてくる。


「なにすんねん!」

「なによ、自分の方だけ! 結ぶならちゃんと結びなさいよっ」


 縄の端を奪い合い、わあきゃあと二人していいだけ騒いだ結果として元のテキサスボーラインに落ち着いた。揚々と鼻を鳴らす私を眺め、ミリエが脱力した声で「もういいから早く行くわよ」と言って歩き出す。彼女の背を追い、そのまま上へ視線を向ければ、太陽は真上を通過しいくらか傾きかけてきたというところだった。

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