67.シーン4-4(歪みの存在)
連れられてきた建物のなかへ押し込まれると、背後でぱたんと戸が閉じられると同時に外側から閂がかけられる音が響く。外の人が散っていく気配を待ったあとで、試しに扉へ体重を預けてみたのだが、私の力でそう安々と押し開けることは出来ないようだ。
調べたところ若干建て付けが悪くなってきているものの、扉の向こうに見張り役と思しき魔力の気配が一人分残っている。何か不審な動きがあらば、すぐさま報告されてしまうだろう。
ざっと室内を見てみたが、五、六畳ほどの狭い空間は数歩進めば壁にぶつかり、特に物は置かれていない。顔の大きさ程度の小さな窓からのぞく空は薄い雲で翳っていて、室内はじっとりと仄暗く視界が悪い。窓といっても換気用に限定して作られているものだろう。扉のある壁を除く三方に開けられてはいるが、どれを確認してみても近くに人や家屋の姿は見受けられず、草木が続くのみである。
ここへ来るまで歩いてきた感覚で推測するに、村の外れに建てられているのだと思われる。外側から鍵がかけられるようにしてあることを踏まえると、営倉に類する目的でも使われている場所なのだろう。
私はため息まじりにぼこぼこと座り心地の悪い板が敷かれた床に腰を下ろし、壁に背中を預けた。勢いよく座りこんだ床と、粗雑にもたれ掛かった壁がぎしぎしと音をたてる。それから少ししたあとで、もぞもぞと足を曲げて座り直すと、両膝の上に顎を乗せた。
ぐるぐると室内を動きまわる私が引っ張りまわしてきたカインもまた、強引に座り込んだ私に倣ってゆっくりと腰を下ろし、片膝を立てて座り込んだ。やはり床板からぎしぎしと音が鳴る。
こういうのは、いわゆる納屋に放置と呼ぶ。よく見てみれば、小さな窓枠以外にも板と板の隙間からところどころ光が透けて届いているし、ざっと内側から見てみただけならほぼ間違いなく全て木造、しかも人が住まないだけに結構雑な作りである。子供のお仕置き部屋と言っても多分差し支えはない。
ある程度厚みのある木材で組まれているため体当たりでは厳しいだろうが、それでもやはり雨風に晒されて老朽化が進んでおり、接合部などが脆くなり始めているようだ。もしここで私と彼が一丸となりその気で脱出を試みれば、ものの五分としないうちに見事成功することだろう。無論、彼がそうおいそれと協力的に行動するとは思えない。
「君、短刀もってたよね」
しばらく無言で呆けていた私は、ふと思い立って体勢を立て直した。
私の枕と相棒同様、目に見えていた彼の剣ももれなく没収されている。が、しかし腰のうしろ辺りで隠されていた短刀はそれを逃れたようなのだ。手荷物検査がずいぶん甘くて安全な空の旅になるのか少し心配してしまうところであるが、今回ばかりは助かった。
どの辺かと私が聞いても彼はまるで反応しない。しかしながら公序良俗の危機すら身にふりかかっているこちらとしては、待つ気も退く気もさらさら無い。無理やり両手を引っ張って彼を壁から引き剥がし、マントのなかへと手を突っ込む。
「触るな」
私の強行に気分を害したらしい彼から短く拒絶の言葉が降りる。離れたいから君の短刀が要るのである。
引っ張り返される両手をさらに無理やり引っ張り返し、しばらく膠着状態が続く。こうなりゃ脚でと体勢を変えようとしたところで、おもむろに彼の方から口を利いた。
「なぜ俺に関わる」
お前も俺が何なのか分かっただろう。なのになぜ関わろうとするのか。彼は私にそう聞いてきた。
私は笑わざるを得ない。その思考はどこからくるのだ。それよりもまずロープを切ろう。これ以上関わることがないように、二人を繋ぐロープを切ろう。
「捕まったらその後が困るからに決まってるでしょ、なんで抵抗しないかなあもう!」
「大人しくしていろと言っていたのはお前だろう」
彼はおそらくコクヤで言いあった際のことを持ちだした。それで抵抗しなかったのだとしたら、もはや幻滅すること以外、私に出来ることはない。
おとなしく諦めた素振りを見せつつ不意をついてもう一度両手を素早く伸ばしてみたが、即座に引っ張り返されてあえなく失敗してしまう。そうかそうか、君はそんなにこのロープを切りたくないのか。頼むから勘弁してほしい。
「だから、これで分かっただろう。もう俺に構うな」
「うん、わかりました。よし、そうと決まれば次はさっそくロープを切ろう」
「切ってどうするつもりだ」
「ここを出て温泉に入りたい」
「お前は何も分かっていない」
何をだ。
どうやら彼は彼でこの状況を利用して、未だに信用ならないらしい私の行動を制限するつもりのようだ。私はそんなに賤しい人間に見えるのだろうか。非常に残念、言い返せない。
「……だってそんなこと言われてもすぐには信じられないし」
大聖堂で壁画を目にした瞬間から、いや、恐らくは初めて彼と会った時から、ずっと胸に抱いていた疑念をそのままそこへ押しとどめ、私は逆の立場をとった。理由がわからない以上、それを無視して最終的な答えを出してしまう気もない。
「今の世界荒れてないんだし……聖堂で聞いたことが本当ならだけど」
分かっていないと目の前で言われると、自身でそうだと思っていてもやはり悔しいものがある。私はぶつくさと口を尖らせ、今度こそおとなしく座りなおして壁にそっと背中を預けた。
「……気づいていたのではないのか」
「えっ」
壁に背を預けたとたん、思いもしないことを言われ、私は一瞬どきりとした。
「まさか!」
「そんな素振りをしていた気がしたのだが」
「えっ、そ、そう?」
横を見れば、特に何のことない様子でカインが私を向いていた。疑いを向けられているわけでもなし、単純に疑問としての言葉のようだ。
口調に棘はないものの、やはり少し目付きが悪いことは変わらない。それでデフォルトなのだとしたら、心臓にとても悪い。
「コクヤでもそのようなことを言っていただろう」
「ああ……あれね。今まで誰も手がつけられなかったマナの歪みを消すことが出来たということに関しては何かあるなと思ったけど、流石にそこまでは分からないよ。ただ、ミリエまで驚くくらい魔力高いんなら相当だなって思ってたくらいで」
私はなんとか言葉を取り繕うと、起こしてしまった体を再び壁に預けてこっそりと息をついた。
マナの歪みを専門に取り扱ってその道ウン十年で才能ある大ベテランが記憶上の出来事を頼りにようやくそれと察しただけの程度には、詳しいことを知るすべなど今の世界には無いのではなかろうか。私も然り、恐らくこの先、それが一体何であるかを確固たる基準とともに断定できる者はほとんどいないに違いない。であるならば、そうだと言い切り他の答えとその先にある道を閉ざしてしまう義理もあるまい。
「……そうか」
その言葉を最後にして、彼は再び前を向いて無言に戻った。
何も語らず反応もせず黙っている傍らで、意外なところまで物事をよく見ているらしい。自身の性質も相まって、何かと気を使うことが多いのだろう。侮れない。
話が途切れた薄暗い室内に、風の音と枝葉が擦れ合う音が響く。小鳥のさえずりが時おり窓の外を通り過ぎて、長とも短ともつかない時間がしんしんと降り積もる。
はたしてミリエは来るだろうか、どうやって横の重い腰を持ち上げさせることができるだろうか、それらがいまいち叶わぬ場合はいつまで二人の膀胱が持ちこたえてくれるだろうか、もしその時が来てしまったならまずは何から切り捨ててくれようかと考えれば考えるほど方向性があらぬものになっていく為、ちょっとここらでやめておこう。




