66.シーン4-3(早々に捕まった)
避けようとしない後ろの彼に、さらには私にまで小石が向かって飛んでくる。そのうちひとつが彼の顔にぶつかってしまったらしく、眉の上が軽く切れて髪と同じ赤い色の血がにじむ。
なんてことをしてくれるのだ。もしこれで彼のモチベーションが下がって故郷の星に帰ってしまったりでもしたら、一体どうしてくれるのだ!
私は瞬時に腰に帯びていた得物を引き抜き、背負っていた唯一の防具を抱えて体勢低く身構えた。
「……そんなもので何が出来るというのですか」
戦う姿勢を見せる私に、幼い少女が怪訝そうに眉をひそめる。
「守れる!」
私は手に持つ得物をびしりと前へ突き出した。
「あなたの安眠を!!」
イッツ枕。マイ枕。羽毛仕込みのふかふか特大枕である。防具というか寝具である。
二の句が継げない彼女の背後で、村人たちの何人かがこそっと忍び笑いをしたのを目ざとい私は見逃さない。
「とあ!」
私へ向けて投げ放たれた小石を手にした得物で素早く弾く。小石は棒の先に当たると、独特の空洞の中を掠めてあらぬ方向へと飛んでいき、カインの頭を直撃した。
「まあ、こういうこともある……」
今度の相棒はちょっとうっかりさんである。
少女は大人の真似をして石を投げようとする近くの幼子を「おやめなさい」と戒めると私を見据え、不浄なる歪みを庇うのであれば貴女も穢れの眷属として捕らえますと警告した。ミリエが私にとにかく今は離れてといった不安の視線を向けている。
「だから、彼が不浄なる歪みだと本当に決まったわけじゃ……」
当の彼は切れた額を押さえもせず、何の感情も伴わない無機質な顔のまま立ちつくしていて何も言わない。不意にぎらりと私へ向けられた金色が、全て肯定されていると物語る。もはや私が何を言ってもこの場では意味がないのだろう。
「では、ひとまず村から出て行くので、道を開けてください」
「不浄なる歪みを野放しにしておくことなどあり得ません。この地に残るマナの淀みも、古に現れた不浄なる歪みが封印を逃れて暴れ、残していったものだと聞きます。我々の祖が魔術により封じるまで、辺り一帯は死の土地でした。そこにいるものがそうしないと、誰が分かるのです?」
「えっ、じゃあ、表返るので私の逮捕は勘弁してください」
もはや彼が逃れられない定めなら、せめて後で私が脱獄に助力しようではないか。
「不浄の力に魅入られた浅ましい愚か者が今更なにを言うのです?」
「いやいやいやいや、ちょっと待って、いくら魔力が高いからって、こんな小さな子供に判断を任せてどうするんですか」
これはあまり私が偉そうに言えない台詞である。完全に苦し紛れである。
「そんなにまで魔力の高さが大事ですか!」
「わたくしはあなたよりもずっと長い時を生きています。決して、魔力のみでこの地の歪みを任されているわけではありません」
「えっ」
彼女は私の言葉をつんとすまして一蹴すると、間抜けな声を出して口を開ける私へ向けて、今度は少し意地の悪い笑みを浮かべた。
「あなたこそ、年端もいかぬただの小娘ではありませんか。若輩者の言葉がすぐに聞き入れられるほど、世の中甘くはありません。でしょう?」
周りを見ると、おばあちゃんも他の村人もなんたることかオルカまでもが無言でそれを認めている。
「十かそこらのあなたより、四、五倍ほどは世の苦労を知っていますよ」
それはちょっと言い過ぎである! 誇張なしで見積もってもせめて四年は足して欲しい。
いくら十かける五、イコール五十歳だからといって、さすがに成長期の二年三年四年をひとまとめにしてしまうのはいただけない。と、いうよりも、とどのつまり彼女は四、五十歳ほどである。
「お、お若い……」
むしろ、ここまでくるともはやお若いとさえ呼べまい。アリエなんかはまだまだ発育不良で済んで可愛くまとまる方である。
ギャラクシー・パラリラ然り、世の中には実に様々な人がいる。決して良いことだとは言えないのかもしれないが、しかしまあそのなんというか、昂然とした態度で行く手を阻む暫定年上の幼女を眺めて思い量るに、マナの作用もたまには乙な真似をしてくれる。しかも頭に被っているのはどう考えても猫耳である。どうしてくれよう、この落差。
彼女の発したこの地の歪みを任されているという言葉を信じるのなら、キュリアさんから預かっていた手紙を渡す相手は彼女だろう。だがしかし、どうにも叶わないらしい。村人数人がかりで警戒されつつ手首に縄がかけられて、両手の自由が塞がれる。相棒とマイ枕は悲しいことに没収され、私は晴れて丸腰の状態へと舞い戻った。
ひとまずは、牢屋に入れられ落ち着いてから預かってきた手紙を渡してもらい釈明しようと私は考え、ミリエの姿を目で追った。そして、口の動きと視線で告げた。助けてください。
ミリエは口を尖らせながら知らないわよ全くもう、なんていった顔をしている。助けてください。
不意に手首をそろえて固定された両手がぐいと横へ引っ張られ、その方向を確認すると、何たることか同じくぐるぐる巻きで手首を縛りつけられているカインの両手と繋がれている最中だった。
「え、ちょ、まって、何してんですか」
何度も重ねて固く締められた結び目は、くっつけられて自由の利かない両手でやっとつまめる程度でびくともしない。
「えっ、ちょ、これ駄目でしょこれ」
私と彼の間に伸びる縄の長さはせいぜい五、六十センチといったところだろう。立って横に並んでぎりぎり、背を向けられるゆとりはない。
「これ、これトイレ行きたくなったらどうすんですかこれ」
これでは彼が催してしまった場合も私が催してしまった場合も、どちらの場合も究極である。どう考えても不埒なる極みである。
「え、これはちなみに尿意を催した場合一度外してもらえたりす」
「早く歩かんか馬鹿者」
オルカ曰くのおばあちゃんにこつんと杖で頭を小突かれ、もたついていた私とそれに付随してくる形でカインが連行されていく。危険だから離れなさいと少女、もといミネコさんに言われていたにもかかわらずに見物人がちょろちょろと付いてきて、その様子を目にした彼女は大きく咳払いをして群がる野次馬を遠ざけた。




