63.シーン3-29(精算と次の行き先)
「もしかして、貴方のご実家は」
オルカの発言に何か引っかかることでもあるのか、キュリアさんが顎に手を添え、どちらかというと興味からきているらしき質問をする。
「うん、まあ」
彼は気まずそうな顔で頭をかいた。何やらキュリアさんと彼の間で何かが通じあったらしい。
「やはりそうでしたか。はじめ顔を合わせた時にも思いましたが、お母様によく似ていらっしゃいます」
微笑みながらそう言うキュリアさんに、しかしオルカはなんとも言えない引きつった笑顔で固まり、もごもごと口ごもった。
「確かに、その魔石を譲っていただけるのでしたら、むしろこれまでの行程を合わせてもお釣りが出るくらいですが、本当によろしいのですか」
「大丈夫だと思う。無事マナが解放されれば、必要なくなるものだから。何かあっても、おれが話をつけるよ」
オルカは最後の一言とともに今度こそ笑顔で私を見た。グッジョブ、グッジョブすぎである!
「ありがとう……今度君にも味噌あげるから……」
感激しながらそう言うと、オルカはそれなら間違いなく魔石は譲ってもらえると思うと付け加えた。
私としては渡りに船この上ないが、そもそもこれは任期満了したギャラクシー・パラリラが一緒に来ること前提のものではなかろうか。
私はそっと横の人物をうかがった。いつの間にやらフードをかぶり直してフルーラさんの目を逃れていた彼は、とくに何も反応しない。行ってくれたりしないかと私がおそるおそる問うと、彼はごくごく当たり前のことのように「あれは取り除かなければならないものだ」とだけ言った。
なるほど、聞くだけ野暮だったのだ。聖都で彼が周囲を振りきり自ら向かっていったことと同じように、基本的に他人に付き合おうとしない彼がそれでも素直にコクヤへ一緒に来たことと同じように、今回も彼は彼自身の責任を果たすべく向かうのだろう。
「それでは」
彼の言葉を同意とみなしたキュリアさんが話をまとめる。
「聖都に戻り準備が整い次第、リィベに向かうということでよろしいですね」
「あっ、リィベ」
どこかで聞いた単語である。それはそう、確か聖都を出る際に密談されていた謎の地である。思い返せばオルカがあのとき反応をしていた上に、問いただすとはぐらかされた怪しげな場所である。
「そんな、変なところじゃないって」
私の怪しみを込めた視線を受けたオルカが苦笑しながら手をひらひらと振った。
「近くに温泉もあるよ」
「え、まじで」
「うん。と言ってもあんまりマナは多くないから聖都ほど効果はないけど」
「え、それめっちゃ行きたい。行く。いつ行くの? 今でしょ!」
キュリアさんがまずは聖都へ戻るのが先ですと笑いながら私をなだめ、温泉なら聖都でいいじゃありませんかとすすめてくる。確実にツケである。
「聖都の温泉には風呂あがりの冷えた牛乳も卓球台も無いじゃないですか」
「……たぶんそれこっちにも無いよ」
私の文句にオルカが若干戸惑い気味に頬をかいた。
「よし、作れ」
「それ無茶だよ!」
「チャンスだろ! 困難と書いてレベルアップと読むのだよ!」
「無理だよ!」
私たちのやりとりを笑顔で眺めながら何か呟くフルーラさんに、ミリエが「気にしないで、大体いつもこんなだから」と告げ口した。妹よ、声を抑えきれていなくてこちら側まで届いている。一応私は騒いでしまって申し訳ないとフルーラさんに頭を下げた。
明朝にはこの街を出て、聖都を経由しリィベへ向かうことになるだろう。私はお世話になりましたと再び深く彼女へ向けて礼を述べた。
明くる日、コクヤを発つ前に、最後にやり残したことと思い、私は意を決して住宅地区へと赴いた。
多くの人が身を置く市街地の一角は、細い通りを挟んで両脇にずらりと家屋が並ぶ。古いものから新築の家、現在建設中の家など、点々と散らばる建物の隙間が次から次へと埋まっていく。昨日街中を駆けまわっていた時にはあまり目にする余裕がなかった上に、一時は騒然とした気配が漂っていたものの、やはりこうして見てみれば、清々しい朝日のなかでこれから始まる一日をはつらつと待ち構えている、活気にあふれた明るい街に違いなかった。
私は比較的新しく建てられたと思しき木製家屋のドアをたたき、中から出てきた若い女性に頭を下げた。
謝罪の言葉とともに私が持ち上げた物を見て、彼女は一瞬きょとんと首を傾げたが、すぐにくすりと笑って言った。
「いいのよ、気にしなくて」
昨日折ってしまった布団叩きは結局修復不可能と見なされて、あえなくかまどの薪として赤々と燃え盛る炎のなかへ消えていった。同じようなものを出来るだけ探そうと思ったが、そもそも布団叩きにそこまでバリエーションなどあるはずもない。ファレンシア家で一服を終えた後でコクヤにある家具店へと足を運び、キュリアさんからツケとして借り受けた硬貨を払って新たな布団叩きを用意した。
やはり布団叩きとして木工技師がその形へと見事に加工したものなだけに、木の棒にしては思った以上に値が張っていて、コクヤの住宅区に家を構える人々の貯蓄水準にため息がついて出た。地方の町娘が出てくるには少し厳しいものがある。
玄関先でにこやかに応対してくれている女性は、知り合いから持ち手が傷んでしまったものを直して譲ってもらったから大丈夫だと手を振った。なんてことだ、一家にそう何本も布団叩きが要るものだろうか。
せっかく購入してきたのだからと、私が是非新しいものをお使いくださいと言って渡そうとしたところ、彼女は心なしか目を輝かせ、話題を変えた。
「それより聞いたわよ、あなた、強盗犯を捕まえたんだって! しかも、うちの布団叩きで仲間の魔術師を倒したそうじゃない! すごいわ、なんか感心しちゃった!」
彼女は畳み掛けるようにひととおり褒めちぎると、私の手と布団叩きをきゅっと熱く握りしめた。
「せっかくですもの、記念にあなたが持っていって」
なんの記念だ!
返す言葉を必死に模索して口が半開きになったままの私には構わずに、彼女は眩い笑顔で私を見つめ、布団叩きをそのまま私の胸へと押し当てた。
「小さな布団叩きの勇者さん?」
どんな勇者だ!
彼女は茶目っ気たっぷりのウィンクしそうな口調で言った。
私の背後で、ミリエとオルカの忍び笑いが聞こえてくる。君たち、笑うだけならなぜ後をついてきたのだ。
目の前には、世間を騒がせた強盗犯を見事取り押さえた大手柄の子供を相手に、実に微笑ましい思いとともに温かく見送ろうとする女性がいる。
私はひきつる笑顔をなんとか誤魔化し、一分ほど時間をかけて、要りませんという禁忌の言葉をどうにかこうにか飲み込んだ。




