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ピアシリュージョン・ブレイド  作者: 白金 二連
第三幕 神は天に居まし、人の世は神も無し
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61.シーン3-27(お茶と小憩)

「いいなあ、このお茶、東のほうから来たんですか?」

「あら、よくご存知ですね。その通りですよ。最近ようやく東側への行き来も増えてきたんです」

「いいなあいいなあ。いつか面倒なこと何もかも忘れて東に行ってみたいなぁ……」


 夢見ごこちで斜め上の虚空に向けてつぶやく私に、フルーラさんが「まあ、素敵ですね」と相槌を打った。キュリアさんが「借りているものだけは忘れないでくださいね」と言って静かに笑う。


 急に冷たい現実に引き戻されてうなだれる私に、フルーラさんが苦笑いしながら茶菓子もどうぞとすすめてくれた。蜂蜜を練り込んだ焼き菓子のようで、どちらかというとパンケーキかパウンドケーキに近いだろう。


 ふわふわと口あたり良く軽い生地を作るために重宝される、重曹などの膨張剤はさすがに使われてはいないのだろうが、よく撹拌させた卵やバターで生地を膨らませることができる。卵白を泡立てたメレンゲなどは卵の膨張力を利用した最たる例であると言える。様々なものが日々集まる街なだけに、色々と手間暇が込んでいる品物だ。


「とまあ、それはさておき、本当にもう異常はないということでよろしいのですね?」


 わずかな間を話の区切りと見たのか、キュリアさんが声音を変え、色を正して私たちに確認する。


 私の横に腰かけている人物の周囲にただよう魔力がいつにも増してもんもんしていることを除けば、今のところは私に異常は感知できない。しかしながら、肝心の最中に寝ていただけで事の次第を目で見ていたわけでもない。


 偉そうなことは何ひとつも言えないため、私はおとなしくティーポットの中身をそれぞれのカップに三等分して、自分の茶菓子の皿を寄せた。その間に話された内容は言わずもがな、ミリエとオルカの問題ないと思うという暫定の意見と、カインの問題ないという断定の意見である。ついでに言うと、今回は遠巻きから見守っていたフルーラさんも、これまでの気配と違ってとても落ち着いたように思いますという意見を添えた。


 蜂蜜の甘い香りがなんとも嬉しいハニーケーキが乗る皿には、丁寧に磨かれた小さな銀のフォークが付けてある。

 技術や物の関係から、調理方法もまだまだかなり限られており、上流階級といえども料理は焼くか煮るかがほとんどだ。大きくて歯で噛みきれないようなものはあらかじめナイフで切り分けておけば良いし、煮込んだスープは碗に直接口をつけるか、スプーンがあれば良い。結果としてフォークという代物は需要自体がさして無く、基本的に手づかみが主流である。


 ここで、めったに使用されることもなく、またまず流通や生産すらほとんどないフォークが出される理由はひとつだ。客人の手を汚さぬようにという、ファレンシア家の気遣いである。なんてにくい娘さんだ! どうやらコクヤは今や流行の最先端を往くとてもホットな大都市らしい。


 五人の、というよりほぼ四人のマナ浄化に関する話を聞きながら、私はまだ手つかずだった小瓶の蓋を開けて中を確認した。中にはまたもや驚くことに砂糖が入っているようだ。ここまでトレンディな大都市とくれば、さすが砂糖もあるのだろう。紅茶が振る舞われたのだから砂糖が一緒に出されたことはありがたい。


 砂糖の原料となるサトウキビもやはり基本的には熱帯か亜熱帯に生える植物であり、しっかりとした生育には豊富な水が不可欠である。コクヤのさらに東に広がる地域のどこかはそんな気候なのだろう。収穫量が限られているだけに、嗜好品としての需要が非常に高い砂糖はとても高価に違いない。


 寒冷だったり夏場に雨量が減少するような地域でも栽培できるテンサイからも砂糖は取れるが、我々の知るテンサイは、もともと葉を食用とするために栽培されていたビートが元だ。そこから改良に改良を重ね、ようやく後世になり生み出されたものである。


「やっぱ東か。東なのか。気候の違いって馬鹿に出来ないなあ。いいなあ東」


 ひとりで感心しながら、小瓶に詰められた角砂糖をひとつつまむ。紅茶が冷めないうちに砂糖を溶かしてひとくち含み、ハニーケーキを口に運ぶ。素朴ながらも懐かしさのある美味しさに、私はほっと一息ついた。


 込み入った話の最中、真剣な雰囲気をうっかり忘れてまたもやひとり幸せそうに喜ぶ私に、キュリアさんが苦笑する。なんというか、申し訳ない。


「このあたりはいくぶん落ち着いていますが、外の世界はまだ先の荒廃の爪痕が残っているでしょう。東とて、例外ではありません。そうでなくとも外界はマナの加護が薄いと言います。無理だけはしないでくださいね」


 このままだと本当に東に突撃してしまいそうだと思ったのか、彼女は少し心配そうに私を見た。


 生き物にとって好条件の温暖湿潤な気候は未知の宝庫であるとともに、雑菌などの微生物にとってももれなく好条件で病気の宝庫だ。マナの加護はさておいて、そんな危険と常にとなり合わせの熱帯や、逆に乾燥限界を超えた極限の砂漠へ赴くことは下手をすれば命取りであるとも言える。知識や技術が確立され、準備をしっかり整えていたとしても不安が消えることはないくらいだ。そうでなくともこの時代に超長距離の移動は非常に苦しいものがある。私だって、莫大な時間と労力をかけて死にに行くつもりはない。


「……でも、マナの加護がないってだけで、そんなに酷くなるものなんですか?」


 実感がないだけに、マナだ加護だと言われたところでそれに関してのみ言えば納得しがたいものがある。実際に危険であることは変わりないのだし、この辺りが単純に気候や地理と災害その他諸々を総合した結果、人にとって住みやすいだけといえば、それだけのような気がしなくもない。

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