55.シーン3-21(相棒登場)
草と木と砂利道ばかりだった景色のなかにも建物がぱらぱらと散らばり始め、少しするとお昼時の賑やかな大通りが視界に映る。と、昨日とは少しばかり違ったざわめきが、そこかしこで開かれている井戸端会議や立ち話から聞こえてきた。
隊列からちょっと外れて話の内容に耳を突っ込む。掻い摘むに、なんでも巷を騒がせている連続強盗事件が昨日夕方あったらしく、死傷者も何名か出ているようだ。怖いわねえ。全くねえ。まだこの街に隠れてるって話だぞ。衛兵が行方を追っているってよ。そんな声が聞こえてくる。
物騒な話題で持ちきりの光景に、あの路地で見かけた不審な影を思い出したのも束の間だった。運が悪い。
大通りのどこかから、怒鳴り声と悲鳴が響く。聞き覚えのある声が、どいてどいてと通りを埋める民衆をかき分けている。
怒声とその後に続く別の悲鳴が段々こちらへ近づいてきた。大通りは一瞬にしてパニックとなり、どこかで子供が泣いている。
「ちょっと、なんなのよ!」
異様な空気に狼狽えたミリエが辺りを見回す。
そんなこんなで一行が足を止めた次の瞬間、人混みを割り、短刀を構えた男が真正面から突進してきた。彼の衣類と開けた道の跡には赤い罪の滴が滲み、そしてその手に持つ刃にも同じ色がぎらぎらとまとわり付いている。さらにその後ろから、危ねえ避けろと聞き慣れた声が張り上がった。
すでに引かれてしまった直線上で、走り来る男と私の視線が結ばれる。滾る鬼の形相からは殺意に満ちた怒号が轟き、私に逃げ場はないんだぞと暗に告げる。
意を決し、私は構えた。建前上は家事手伝いでも兵装している体育少女を、甘く見ないでいただこう。
息を小さく吸って吐く。湧き立つ気合が体中をピリピリと駆け巡る。焦らず適度に力を抜いて、その一瞬が迫り来るまで静かに待つ。
突き出された赤い刃を最小限で右へかわし、通り過ぎ行く右手を逃さず捕らえる。左足を後ろへ引く。慣性の流れに乗せ、掴んでいる手を返しながらそのまま高く引き出して、逆の手で対象の襟元を下から抉って絡めとった。
右の足を強く踏み込み、体勢低く、相手の懐へと潜り込む。体を回し、重心の浮いたところを背にすくい上げ、腕を回す。
背筋は真っ直ぐ伸ばしたまま、脇と膝はしっかり締める。腕と体で相手を支え、脚のバネで一気に落とす。これこそまさに背負投、柔能く剛を制すのだ!
「ゴリオさん!」
人混みをかき分けて走ってきた、彫りが深くて角刈りで筋骨隆々で脂の乗った今が旬の大男が、その体躯からは想像もつかぬ早さでひっくり返った強盗犯を押さえにかかる。一瞬の張り詰めた緊迫感に一同が息をのむ。そのまま静かに過ぎゆく時間に、お縄が頂戴されたことを知らされて、みな一様に安堵で胸をなでおろしていく気配が伝わる。
なんだか何か忘れている気がしなくもないが、私もふうと息をつきかけたところだった。背後から様子をうかがっていたミリエが突然声を上げる。
脇道の陰で急速にマナが膨れ上がり、あっと思った瞬間にはゴリオさんが弾かれた。一瞬怯んでよろけたものの彼はすぐに踏みとどまったが、伏していた強盗犯は勢い良く跳ね上がって駆け出した。それと同時に脇道に身をひそめていた小さな人影が、さっと身をひるがえす。
一瞬の出来事であったために判断しきることまでは出来ないが、それでもざっと捉えた輪郭だけでいうのなら、まだまだ少女か私たちよりももっと下の女の子ではなかろうか。見れば、ゴリオさんは強盗犯が抜け出す際に痛手を負わされてしまったようで、ぎらつく目で走り去る犯人のうしろ姿を睨み、自分の腿をおさえていた。
「ミリエ!」
私はミリエに目配せして、すぐさま人影が去った方へ駆け出した。もしも小さな人影が少女の足なら、私たちにも追いつける見込みがある。ここまで来たならもう潔く最後の時まで付き合うべし。お疲れのところで誠に申し訳ないのだが、我が妹には是非とも巻き添えを食っていただきたく思う。
脇道や大通りをすいすいと駆けめぐる小さな魔力の気配を追って、駆け出した私とミリエは四方八方を確認していく。何とか挟み撃ちに出来ないかと頷き合うと、私は大通りに連なる店や民家に目をつけた。
呼吸を整え、息を飲み込む刹那に体の中を緊張が走り抜ける。足元に一瞬起こしたつたない魔術の反動を利用して、私は一気に屋根の上へと跳びあがった。と、その途中で、窓からちょうど顔をのぞかせていた女性が手に持っている木の棒を、ちょいと拝借することにした。やはり、丸腰なのは心もとない。
「お借りします!」
そのまま屋根をつたって走りながら、逃げる小さな魔力者を上から追いかけ、同時に先回りできそうな道を探し、下の道から追いかけてくるミリエに視線と簡単な手の動きで待ち伏せする地点を示す。
予定していた狭い路地に降りた私は、遠くからミリエが走ってくる気配を確認し、私とミリエの間を走る別の魔力を確かめた。そして深く息を吸って吐き、手に持っていた棒を構えた。よく見ると布団叩きである。えっまじで。
もう一度見てみたが、やっぱり我が手にしかと握りしめられていた木の棒は、どこから見ても布団叩きそのものだった。何ゆえ。私ったら何ゆえこんなものを手にとってしまったのだ!
路地の向こう、他に逃げ場のない一本道を十二かそこらの女の子が走ってくる。
私が手に持つ木の棒を目にした彼女は、その光景に一瞬だけ神妙な顔をしてたじろぎ、足を止めた。やめてくれ幼女。そんな目で私を見ないでくれ。
しかし彼女はすぐに負けじと私を睨み、彼女の手に持っていた杖を突き出した。立派な魔石がはめ込まれている、私の布団叩きとはまるで格の違う感じの木の棒である。杖の先の空気が、微かな光を帯びはじめる。
私対幼女、否、木の棒対木の棒の構図のただなかで、私は静かに握りしめた手の中から艶やかな光を放つ布団叩きを見おろした。
布団叩きで布団を叩いてみたところで、別に埃やダニはいなくならないし、いたずらに布団の繊維を傷めてしまうだけなのだ。だというのに、布団叩きは今日も布団を叩く時を待ちわびながら、今ここに存在している。
なあ、布団叩き。お前だって、こんな空しい人生訂正、木の棒生、嫌じゃないのか。私はもう、お前のことをひたすら布団を叩き続けるだけの悲しい木の棒なんて呼ばせはしない。今この瞬間、お前は私の相棒となる!
通りの向こう側からミリエがこちらへ走ってくる。
「ミリエ!」
突きつけられた杖の先で膨らんでいく光が、臨界点を迎えてこちらへ解き放たれる。
私は横に構え、しっかりと手を握りしめた。私の周りにミリエの方から飛ばされてきた力場が駆け巡る。
例え、布団の繊維を傷めるだけだったとしても、布団叩きはなくならない。何故なのだろう。生産が終了すれば、布団叩きの生産者らが困るのだろうか。布団叩きというひとつの流通が途絶えてしまうことによる利益の損失は、そんなにも大きいものなのだろうか。
否、そんな理由で布団叩きはなくならない。人は、布団を叩きたいのだ!
肩幅より少し広く足を広げてバランスを取る。タイミングを計りながら、右足へと重心をずらしていく。そのままそこへ体重を乗せ、僅かな時間を溜めて待つ。
体は後ろに引いたままで、引き寄せていた左足を前へ踏み出す。布団叩きを持つ両手を微かに引く。
腰を回し、前へ飛び出していく勢いを踏み出した左足で押しとどめる。重心が体の中心部へと収束する。最短距離の軌跡を描き、布団叩きが体の前を横切っていく。
ど真ん中に迫り来る光球に、何の変哲もない木の棒が食らいつく。ミリエが作ってくれた力場が震える。
手首を返し、腕とそれを支える体の全てを使って重い魔球を押し返す。激突する二つの魔力と布団叩きの三つ巴に、びりびりと閃く電光がほとばしる。
私は歯を食いしばった。まさしくここは九回裏、正真正銘、正念場だ。布団叩き、私と一緒に勝利という名の栄光を掴みとろうではないか!
三対一だ。ミリエの力場と布団叩きと私の、固い絆で結ばれた奇跡のタッグが魔球に競り勝つ気配が手の平から伝わってくる。斜め上の虚空に狙いを定め、布団叩きを大きく振り抜く!
そのまま思わず布団叩きを放り投げて走り出したい気分に駆られてしまったが、ここまで苦楽を共にした相棒を投げ出すなんて血も涙もない真似がどうして出来よう。
建物同士の間に掛けられていた洗濯物が、打ち返された魔球の衝撃により落ちてくる。少女が小さな悲鳴を上げて身をひるがえし、隙を突いたミリエが杖を軽く振った。背を打つ衝撃にかすかなうめき声を漏らし、少女が地面に膝をつく。
私の背後から先ほどの強盗犯が走ってくる気配がした。さらにその後方からオルカと、なんとギャラクシー・パラリラも三十路近くの体力に鞭を打って駆けつけてきたようだ。強盗犯の叫び声が少女の名前だと気づいた私は、今度は素直に道をあけた。
絶大な力を誇る高魔力者に両側から挟まれたのでは、もう勝敗は決したも同然だろう。まだ油断は出来ないが、それでも彼らに勝ち目など残されてはいない。衛兵が駆けつけるのも、もはや時間の問題だ。
肩の力を抜いた次の瞬間、私の脇を大きな魔力の圧縮弾が通り抜けた。私が布団叩きと共に受け止めたものよりも、ミリエが放ったものよりも、はるかに大きな破壊の力を孕む弾の異様さに、私はしばし唖然とした。




