43.シーン3-9(またもや船)
馬車から外へ降りてみると、鼻を突くもんわりとしたみずみずしい磯の香りが私たちをお出迎えしてくれた。先日に体験した、幻滅具合も甚だしい航海の思い出を蒸し返されている気分である。
今さらながら、ああ、逃げられないところまで来ちゃったよ、と心の中でうな垂れた。もちろん逃げて踏み倒すとかいうつもりはないので、どうか安心してほしい。
こちらですとキュリアさんに先導されて船着き場へと足を運ぶ。
そう言えば、こういう魔術士の外出時には護衛の兵が付くものだ。無論、魔術は防御手段ばかりではなく、攻撃的な手段としても利用される。魔術士自身でそれなりの対処をとれるのだが、やはり危険は拭えないのか武装した護衛が必要になるらしい。それに、魔術士はかなりの高位職になるので、護衛じゃなくても使いっぱしりの兵が付くようなことも多い。
だというのに、今回はキュリアさんが始終私たちを先導し、しかも護衛がついていない。そもそも、私は未だになぜ聖都を出ているのかを知らされていないのだ。妙な不安が脳裏をよぎる。
この船に、と指示された船を見上げてみれば、船に取り付けられた旗には教会が掲げる印、不思議な流れを織り成す植物のような模様が描かれている。マナをシンボル化した図なのだろうと思われる。マナをよく溜め込む植物と、流転するマナの流れを意識しているのだろう。青い布地は、蒼木や魔の森の木々を彷彿とさせる。
マナなんて心の中で言い換えてしまっているが、マナという単語自体は、そもそもが広大な海洋に浮かぶ小さな島々で暮らす人々が信仰していた、霊魂の概念を指している。霊魂、気。万物に宿る超常で超自然的なエネルギー、神秘なる命の息吹。そういったアニミズムの概念のみなら、どこにでも生じうるのだろう。
そんな教会の旗がはためく立派な船は、どうみても教会のお抱え船、高位職の人々が御用達としていそうなものだった。私が乗って来た安価なオンボロ定期船とはレベルが違う。
技術的な関係から、あまり大型な船というわけではないが、しかし木材、金属部品、マスト、装飾、乗務員、全てをとってもあからさまに質が違う。真偽はさておき、これならばあの巨大なタコに襲われても、沈む心配はしなくても良いような雰囲気である。
「世界は弱肉強食なんだなぁ……」
お金がなければ、命の保証もないなんて。
世知辛い侘しさに、思わず熱くなる目頭を覆って感慨にひたっていると、ミリエがいいからはやく乗れと私を押した。両肩で支えた大量の荷物で重心が傾くので、むやみやたらに押さないでいただきたい。
桟橋の上という危険地帯で軽くよろついていると、突然片側からすぽんと何かが引っこ抜けたような浮遊感に襲われた。揺れて荷物を落としちゃったかな、と横を確認してみると、なんたることか大きな荷物の一つがない。まさか海に落ちたのかと、さらに慌てて一回転して周囲を見回してみてからやっと、その荷物を担いだカインが先に船へ乗ろうとしていることに気がついた。
桟橋と船の甲板にはそこそこの高低差があるため、階段状のタラップは傾斜が少しきつい上に、幅が細い。そんなタラップを、荷物を担いで上がっていったカインは、船に足が乗るとそのままそこへどさりと荷物を置き、船のどこかへ消えていった。
あっけらかんと彼の去ったあとを眺めている私に向けて、先に乗っていたミリエが船のヘリからひょこりと顔をのぞかせてから「早く乗りなさいよー!」と声をはり上げる。私以外は皆すでに船へ乗ってしまったらしい。
完全に塩を送られた気分の私は、驚きながらもタラップを駆け上がって船へ乗り、彼が置いていった荷物を担ぎ直した。何はともあれ、彼もこういうことをするのだ、という驚きが強かった。
「不器用だなあ……」
根も葉もない予想から独りごちたが、恐らくはそうなのだろう。
それは、いつでも、誰にでも、気がついてもらえるものではない。せっかくの善意でも、相手にそれが伝わらなければ、誤解を生んで逆に不測の良からぬ結果をもたらす可能性だってある。善意が善意と伝わらないのも、善意を善意と受け取れないのも、無為だし悲しい。不器用は、損だ。
船員の一人に大量の荷物の引渡し先をたずねた私は、そのままそこへ荷物を預けた。ミリエとキュリアさんが腰を落ち着けている部屋へと行く前に、別の場所へと足を向ける。
大きくはない船上において、探そうと思えば探すまでもなく見つかる気配の持ち主は、割り当てられた個室にひとり腰を落ち着け、休んでいるらしかった。こうして思えば、彼は人目を避けたがるのに、しかしその見た目と気配が彼に忍ぶことを許さないのだから、かなり不憫なものである。
ドアを軽くノックして、どうせ返事など来ないだろうと私はそのままノブを回した。半開きにした扉から身だけ乗り出し、目的の人物に向かって「さっきはありがと」と短く礼の言葉を述べる。
ノック音がしてすぐ戸が開いたとたん、いきなり声を掛けられた本人は、何事かといった微弱な驚きとともに私を振り返った。外していたマントのフードを慌てて被り直しかけていたが、来訪者が私であると気づいてやめたようだ。おどかすつもりは無かったのだ、彼の気苦労の多さには身につまされるものがある。
顔まで合わせておいて非常に申し訳ないのだが、他には特に用もないので、私はそのまま扉を閉めてその場を後に立ち去った。
本当ならば、ありがとうの言葉と一緒に缶コーヒーかお茶でも放ってあげたいところだ。しかしそんな便利なものなど持ち合わせにあるはずもなく、代わりに干し肉を投げつけたのでは少し趣向が変わってくる。わざわざ礼の一言を述べるためだけに居場所を特定して訪ねたのかと呆れられそうな気もするが、しかし礼は礼である。




