39.シーン3-5(雑多に語る)
港へ向けてころころ進む馬車の窓を、時おり行き交う人や馬や物資が過ぎていく。前方や後方では、この馬車と同じように、港へと向かう人や馬や物資の姿がちらほら見える。まもなく出航する船へ乗るため、特に今は交通量が多いらしい。
聖都の温泉で体を休めにでも来ていたのか、どこかの町の家族連れとその護衛らしき兵士が港に向かって歩いていく。そんな家族の子供のすぐ横を、後ろから伝令役か何かの騎兵が、急いでいるのかかなりの速度で追い抜いていった。
また、別のところでは荷馬車同士が言い合いをしているようだ。ぶつかっただかぶつかっていないだか、とにかく昼間のこの道は相当騒がしいらしい。
私たちが乗っている馬車も、先ほどから対向車が来て止まったり前の車や人を避けたりしながら、がたんごとんと忙しない。停止と発進の衝撃でバリケードがわりに積み上げていた荷物が傾き、カインの方へなだれ込みそうになったため、私は慌てて掴んで正した。
「キュリアさん」
「はい」
私と同じく道端の喧騒を眺めていたキュリアさんは、声をかけられるとこちらを向いた。
「この道、こんなに混み合いましたっけ。前来たときはこんなんじゃなかったような気がしましたけど」
キュリアさんはそうですねえ、と少し考えた顔をした。
「聖堂でお話しましたね。昨今、というよりもここのところ特に、ですが、世界のマナが安定してきていると。恐らくその影響からか、以前と比べて人や物の出入りは確かに増えたかもしれません」
なるほど、つまり結論から言ってしまうと、世界が安定したことで景気が良くなり、金や物の流通が盛んになってきているのだろう。
「ここまで活気づいてきてるなら、交通整備した方がいいんじゃないですか?」
「と、言いますと?」
「現状だと、道の交通整理はそこまで国が進んで運営してるわけじゃないし、ほとんどその辺の町に任されてるようなものなんですから、聖都付近の混み合うところくらい、聖都で面倒見た方が、聖都にとっても有益なんじゃないですか? 交通よくなったらそのぶん人も物も出入りしやすくなるし」
キュリアさんは、ふむ、なんて関心を寄せながら、顎に手を添えてなにやら色々計算しているようである。
西門側の道やら交差点やらで色々話が膨らんでいき、話に区切りが付いたところで、キュリアさんは軽く苦笑してから私の名前を呼んだ。
「はい、なんでしょう」
「色々話し込んでしまってからで申し訳ないのですが、というよりも今回のことに限らないのですが、別に私が聖都を取り仕切っているわけではないんですよ」
「え、でも、発言権はあるんじゃないですか?」
聖都はどこぞの家の領というわけではないのである。聖都は聖都、豊かなマナが集まる神聖な土地であり、実質聖都を管轄しているのは教会、そして魔術士会だ。なにせ、マナを讃えるものなのだから、その中でも魔力の才に溢れた者、魔術士の立場は強いだろう。
ほとんどの人間がマナに中てられ立ち入ることの出来ない大聖堂の中の方までキュリアさんがいたことからもわかる通り、彼女はもともと魔術士会の魔術士である。そしてそこで仕事をこなすうちに、教会に勤める男性と結ばれたというわけだ。共振者なんて言い伝えがあるくらいなので、聖職者の既婚未婚は気にしないらしい。ただしその共振者のおかげ様でと言うべきか、聖職者の如何を問わず、死別でもない限り再婚、離婚が普及しているとは言い難い。
話を戻して、そんな魔術士であり教会と関わりの強いキュリアさんは、しかもミリエという次期魔術士会トップとすら囁かれる最高位魔術士の後見人の座を手に入れているのである。もともと頭の切れる人物で、なおかつそこへ就けるだけの魔力と実力があったからこそなのだろうが、それにしてもなかなかの立場に彼女はいる。
男は外、女は家なんて考えが、魔術があろうと抜けきらない時代といえども、女の力は侮るべからず。古来より、歴史の裏では権力を手中に収めた女どもが暗躍していたなんて場面は数知れない。
「うーん、陸路を整備するとなると、やっぱり北からの陸路もなんとかしたいですねえ。なんなんですか、あのエイリアンみたいなタコ! あんなんいたら、怖くて海路使えないじゃないですか!」
私が利用した定期船が通る海路は、北にある王都近くの港も路線に含まれていて、王都と聖都間の道は、この界隈の流通のなかでも利用量の多いカテゴリに入る。それを思えば、あのタコ型エイリアンの存在はかなりの痛手と言えるだろう。
「えいりあんではなく、デゴデゴデですね。確かにあれは脅威ですが、しかし陸路だと魔の森がありますからね。あの森の場合、毎日死人が出てしまいます」
もういっそのこと、王都との連絡道を切ったらどうかとも思うが、もちろんそんな訳にはいかない。タコが現れないことを祈りながらの航海なんて、御免である。




