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ピアシリュージョン・ブレイド  作者: 白金 二連
第二幕 袖振り合ったら、引ったくれ
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27.シーン2-15(不穏な伝承)

 不浄なる歪みとは、子供の頃にもなると誰でも耳にするであろう、マナ信仰における伝承のひとつである。なんでも、世界を穢す悪しき存在なのだそうだ。といっても、知っているのは大体その程度の言い伝えである。

 私は再び、黒いモヤモヤを見上げた。異質で、世界から浮いてしまった黒い影。吹き溜まりのようだった。


「不浄なる歪みって人か何かだったんですか」


 唐突な私の疑問に、キュリアさんは虚を突かれた顔をした。


「なぜそう思うのですか」


 第一の理由としては、やはりその絵が人のような輪郭をもって描かれているからだ。今までに聞いたことのある中では、どんな姿をしているとまで明言されていなかった。それこそ影か何か、漠然とした概念のようなものだったのだ。


「あと、建物が入り組んでるから、人じゃなくても足があるもの、自らの意思で移動する形のあるものだったのかな、とか」


 これなら万一脱走しても、抜けきるのは大変だろう。

 キュリアさんは難しい顔をして、詳しくはわかっていません、と答えてくれた。しかし、その表情は、暗に思い当たる節がある、と言っている。


「ふーん、なんでわざわざ封じたんですか?」


 私の質問は、これまた突拍子もないものだったらしい。キュリアさんとミリエはおろか、オルカまでもが驚いてこちらを見た。


「アンタ、なに言ってんのよ! 甚大な被害が出るってさっき言ったばっかりじゃない。アンタだってものすごく具合悪そうな顔してるくせに! 放っておいたら、大変なことになるからよ!」


 何がどう大変なことになるのかという野暮な質問はおいておこう。私がカインの荒れ狂うような魔力に感じたこと、ほとんどの人がこの場に長居できないこと、それが全てを物語っている。しかし、だからこその疑問だ。


「いや、そういう意味じゃなくて。そんな危ないなら殺すでしょ、普通」


 一瞬、場の空気が凍りついたことは詫びよう。えげつない表現だったかもしれないが、しかし側にいるだけで危ないのなら、ここまで労力を費やし危険を冒してまで封じておく理由がないというのはおかしい。


「生かして側に置いておく意義が何かあったのかなって思っただけです。殺せなかったなら別として」


 今封じているのはその歪みの残骸だというのだから、きっとマナか魔力かの残りかすなのだろう。そうなってしまうと封じるより他にやりようがないとしても、しかし過去存在した不浄なる歪みというものは、どうにも人か何からしいではないか。


「申し訳ありませんが、今の我々には詳しいことまでわからないのです。ただ、ここには昔、不浄なる歪みと思われる存在が封じられていた、ということくらいしか。それだって、この建物が残っていたから分かったようなものなんです」


 少しぎこちない様子でキュリアさんが教えてくれた。

 場の雰囲気を悪くするつもりなどなかったが、どうにも気にかかってしまったのだから仕方がない。この際なので、私は最後の疑問も出しておいた。


「不浄ってなら、閉じ込めてないで風呂くらい入れてあげればよかったのに。近くに温泉あるんだし、不衛生だなあ」


 ちなみにカインが体を洗っているかどうかは未だに謎のままである。


「アリエ様……」


 そういう意味ではありません……と、キュリアさんはどこか物悲しそうな顔になった。

 完全に固まってしまった空気を盛り返そうとしたのか、ミリエがやけに明るい口調で話題を変えた。


「えっとね、周りには共振者のことが描かれてるのよ」


 今度は私が困り果てる番だった。なぜだろうか、マナにまつわる伝承の類の中でも、この共振者についての話はとにかく、私の神経を逆撫でしてくれるのだ。


「共振者ってあの?」


 オルカが楽しそうな表情で食いついた。ミリエの話題転換に乗るためにわざと楽しそうにしている風ではなさそうだ。


「そうそう! 世界には、たった一人だけ、自分と強いマナの絆で結ばれた、まさに運命の人がいるのよね」


 対するミリエも嬉々として語りだすのだから手に負えない。世のティーンエイジャーというものは、なぜこういった類いの話がこうも好きなのだろうか。


 マナの絆、運命の人。将来を誓い合う言葉にも出てくる。しかし私は、それを耳にするとどうしても虫酸が走る。全く、それがどんな運命だというのだろう。その絆に、どれ程の価値があるというのだ。

 もちろん、過剰反応であるというのは意識している。しかし、嫌な悪寒はどうにも止まらない。仮にその共振者という存在が事実だとして、私は心底、そんなものには出会いたくなどないと思う。ただでさえ、マナはどろどろと魂に絡み付くようなものなのだ。


 私には、その共振者をつなぐというマナの繋がりが、小指に結ばれた運命の赤い糸には思えなかった。直感でものを言うのも気が引けるが、私にはどうしても、それが首に巻き付き垂れ下がる呪いの鎖に思えてならない。私の心の一番深い部分を容赦なく抉りとってくれる伝承だった。


「運命の人かぁ。少し憧れるよなぁ」


 夢見心地にオルカが話す。さすらいの冒険者気質のわりに、乙女チックなようである。

 彼はちらりとミリエを見た。本当に一目惚れしたとでもいうのだろうか。もう少し私の機嫌が悪ければ、胸ぐらにでも掴みかかって、メンチを切ってやるところである。


「ミリエとオルカがそんなにメルヘン趣向だったとは知らなかった……」

「なによメルヘンって」

「だって、強いマナの絆で結ばれた運命の人って……うわあ、この言葉、歯が浮きそうになるんですけど……さすがに伝説に夢見る乙女全開すぎるって。ミリエ、悪いことは言わないから現実を見て、フツーの人と結婚しなさい、フツーの人と」


 ミリエが夢見る乙女全開なら、私はお節介全開である。ミリエは、なんでアンタに指図されなきゃいけないのよ、と膨れっ面をした。


「不浄なる歪みがいたんだから、共振者だっているかもしれないじゃない。アンタみたいなちゃらんぽらんこそ、共振者でもないかぎり誰も結婚してくれないんじゃないの」


 最悪のパターンである。しかも私がちゃらんぽらんだとは何事か。


「はあ、それならもう潔くひとりで暮らすかなあ」


 今さら私にどんな未来を思い描けというのだろう。思えば、私が望んだはずの未来は、とうの昔に潰えているのだ。そんなものに身を委ねてまで、幸せなど欲しくない。


「共振者は実在する」


 思いもよらぬ場所から、突然言葉が発せられる。なんと、喋ったのはカインだった。

 誰の方を向くでもなく、ただただ壁画を見つめながら、いつもどおりの淡々とした声の調子と温度を感じぬ冷たい目をして、彼はさらに話を続けた。


「マナの流れも、マナを持つ者の放つ魔力も、全てのものが放つマナの波動には固有の波長がある。そして世界には必ずその波長と完全に対を成すもう一つの存在がいる。それらはお互いに干渉し、響き合い、マナの流れの調和を保っている。それが共振者だ。例えお前達のようにお互いの波長を細かく知ることが出来なくても、共振者同士マナは干渉し合っているのだから自然と気が合うと感じるのだろう。共振者は近い時、近い位置に出現する。そして、本人がそれと気付いていなくともお互い引き合う関係にある。事実、人間でも己の共振者と行動を共にしている者は多い」


 長っ!

 こんなに長い台詞を彼が言うとは!

 一体全体、彼は急にどうしちゃったのだ!


 どう反応すれば良いのかまるで分からず、私は思わず目頭をおさえた。


「語るねえ、チョップの人……」


 なんたることだ、他に言葉が見当たらない。彼は多大なる突っ込みどころを今一瞬にしてその身に内包してしまったのである。私も彼には敵わない。


 私はそのまま、ぼんやりと壁画を眺めることにした。この世の何がどこにどう作用して、斯様なまでにあの無口な鉄仮面へ火をつけたというのだろう。幻想世界に満ちる謎は計り知れない。

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