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078 ゼフィリアの日常(1)

 南国らしい朝の太陽と、海の匂いを含んだ風。

 すだれを通り抜けて入ってくる、島の空気。


 ゼフィリアは今日もいい天気。


 ゼフィリアは南の海にぽつんと浮かぶ、この星で一番小さな陸地。青い空と青い海。緑の木々と白い砂浜に囲まれた、小さな小さな島。


 そんなゼフィリアで、わたしたちはのんびりのほほんと暮らしています。


 暮らして、いるのですが……。


「おはようございます、アン」

「お、おはようございます。お母さま……」


 布団の上で目覚め、半身を起こしたわたしの目の前には二人の女性。


 サラサラストレートな金髪に青い瞳。

 小麦色の肌にゼフィリアの胸巻と腰巻。


 わたしのお母さま。ゼフィリアのヘクティナレイアさま。


 そして、もう一人は、


「おはようございます、姫様。お食事の準備が整ってますよ」

「おはようございます、シオノーおばあさん。ありがとうございます、いただきます……」


 後ろでひっつめた白髪に青い瞳。

 小麦色の肌にゼフィリアの胸巻と腰巻。

 ゴリラよりもゴリラでゴリラな、快活な筋肉。


 海守のエイシオノーおばあさん。


 ニッコニコ笑顔なお二人を前に、わたしは寝起きの頭で考えます。ていうか下半身がイーリアレにがっちりホールドされているので動けないのです。


 昨日アルカディメイアから帰宅し、最低限の報告を済ませたわたしはぱたりと力尽きてしまったのです。アルカディメイアとゼフィリアの間にはほんの少しですが時差があるので、そのせいなのか。もしくは疲れか安心か。


 アルカディメイアでの就学を終えたわたしは、今日から島主を引き継ぐため本格的に動かなければならないのです。序列のことでヘコんでばかりもいられません。気を引き締め、ゼフィリアの女らしくいい感じに頑張るのです。


「さあ、アン」

「さあ、姫様」

「え、あ、はい」


 なのですが、なんでしょう。このお二人からグイグイ放たれている圧みたいなものは。わたしは戸惑いながらもイーリアレをゆさぶり起こし、お母さまのお部屋に移動し朝食をいただきまして、


「ご馳走様でした」

「ごちそうさまでした」


 シオノーおばあさんの見事なお食事にわたしとイーリアレはぺこりとお辞儀。この一年間でお料理の腕が一段グレードアップしていて、流石シオノーおばあさんです。朝から巻きをいただけるなんて超贅沢です。


 大満足なわたしが顔を上げると、


「食べましたね」

「ええ、そのようですさね」


 お二人はド真面目な表情で頷き合って、それからその瞳をわっくわくに輝かせて、


「では、アン。喧嘩です」

「うぅわ、だと思いました」


 やっぱりそれが目的だったのですか。我慢し切れなくてウズウズしてたのですか。


 わたしは腕を組み、首を傾げてうーんと長考。


 一年前と違い、今のわたしは喧嘩に対する抵抗があんまりないのです。しかし、アルカディメイアでの喧嘩は基本他の島の人が相手でしたし、やはり同郷の人間を攻撃するのはちょっとためらいがあるというか、気が引けるといいますか。


 とはいえ、対翔屍体訓練としてゼフィリアの喧嘩がどのくらいの精度なのか、改めて確認するいい機会でもあります。というか、そのことは島主として絶対に知っておかねばなりません。


 更には、アルカディメイアで磨いたわたしの技が最強集団ゼフィリア女衆に通用するのか、ちょっと興味があったり無かったり。


 そんな感じでわたしがお口をむにゃむにゃさせていると、


「おっ待ちっな、さァい!!」


 ざらりとまくれ上がる海屋敷のすだれ。修練場の石畳の上、朝の光を浴びながらザンと着地したひとつの影。お母さまは片膝を突き、「何奴」と言わんばかりに驚いて、


「ディナ!!」


 ウェーブのかかった金髪と青緑の瞳。

 白い肌にゼフィリアの胸巻と長めの腰巻。


 蔵主のカッサンディナお姉さま。


 ディナお姉さまは見事な膝立ち着地からがばっと身を起こし、気込め石を纏わせた右手をビシッとこちらに向けて、


「ダメよ、レイアお姉様! メイはこれから蔵屋敷で資料の整合処理をするの! アーティナや他の島からたっくさん記録が届いているんだから! これは最優先事項、その筈でしょう?!」

「むむ、んむむ……」

「レイア様、楽しみはあとに取っておきましょうや……」


 悔しそうに納得するお母さまと、仕方なしと首を振るシオノーおばあさん。ディナお姉さまは全てに追いていかれたわたしにニコリと笑いかけて、


「おかえりなさい、メイ。さあ、蔵に行きましょう」







 白い階段を登った先に建つ和風めいた木造のお屋敷。

 ここはゼフィリアのお山を挟んでちょうど反対側の場所。

 蔵主の蔵屋敷。


「おかえり、姫さん」

「アキリナさん……。ただいま戻りました……」


 すだれをくぐったわたしにかけられる、懐かしい声。


 うしろでちょこっと尻尾にした銀髪と紫色の瞳。

 小麦色の肌に剥き身の上半身。

 えんじ色の細袴だけを履いた、ゼフィリアの男性。


 ゼフィリアのアキリナお兄さん。


 わたしは板間でだらーっと横になっているアキリナさんに、


「アキリナさん、アルカディメイアから本を持ち帰ってきました」

「もちかえってきました」


 わたしの言葉で手に持つ包みを掲げるイーリアレ。中身はアルカディメイアから持ち帰った書の気込め石。イーリアレが学びの間の文机の上にその包みをどさっと置くと、アキリナさんはむくっと起きあがって、


「マジか」

「これだけではありません。新作が読みたければ各島から取り寄せられるよう、お願いしておきました」

「ホロデンシュタックは?」

「勿論、可能です」

「そうこなくっちゃあ」


 さっそくといった感じで包みを開き、本の内容を調べ始めるアキリナお兄さん。


「さ、メイ。奥へ」

「はい、ディナお姉さま。イーリアレ、あとをお願いします」

「はい、ひめさま」


 本の説明をイーリアレに任せ、わたしはディナお姉さまと共に奥の部屋へ。蔵主の間にあるのは大きな文机と、その向かいに用意されたわたし用の小さな文机。


 がらんとした大きな空間。散らかっていた書類もお酒の瓶もきれいに片付けられた、何もないお部屋。


 ディナお姉さまは文机を前に座って、気込め石からべろんと長い巻物を織り出して、


「始めましょう」

「は、はい!」


 わたしはディナお姉さまと向かい合う形で座り、ここ一年でのゼフィリアの記録に目を通し始めました。


 数字を追って知る、ゼフィリアの一年。石の数。油の量。お酒の量。新しく作られた調味料の種類。女性の数に変動は無し。でも、男性は……。


 わたしとディナお姉さまが紙をなぞるだけの、静かな時間。ディナお姉さまはその指をするする動かしながら、呟くように、


「私がみんなに何て言われてるか、知ってるわ。考え知らずな単細胞、脳無し拳骨娘にゼフィリアの蔵主が務まる筈はないって。でも、大丈夫。このお役目は私が継ぐと決めていたの。だから、きっちりやり通すわ」


 ディナお姉さまはその青緑色の瞳をわたしに向けて、


「メイはちゃんと人と話せるようになった?」

「えあー、ナノ先生に神経ズ太くなったと言われまして……」


 そう答えて思い出すわたしに、ディナお姉さまはそのことを察したかのように、


「私、あの人は苦手なの。人に優しくしたいのに、それを我慢してるところが」


 ディナお姉さまは再び机に目を落として、


「お兄様も、ずっと我慢してたわ……」

「我慢、ですか?」

「ええ、とても恐い顔でね」


 わたしたちは巻物から一度手を離し、視線を合わせ、


「メイは黒海の御方に会ったのでしょう? 昔のお兄様って、あんな感じだったのよ。無口で無愛想で、いくら師弟だからって、そんなところまで似なくていいのにって、ずっと思ってたわ」

「クーさんみたいなしかめっ面を? スナおじさまが?」

「ええ」


 意外でした。はっはっは、とだらしなく笑う残念なイケおじ。それがわたしのスナおじさまの印象で、笑った顔しか思い出せないのです。


 ディナお姉さまは一度寂しそうに笑って、巻物に手を当てて、


「知らなければ、他の人と同じでいられたのに……」


 スナおじさまが知ってしまったのは、この世界でのゼフィリアの評価。


 わたしがアルカディメイアで出会った男の人は陸のことに無頓着でした。正確には、女性側の事情に。それは節度ある態度で距離を取っていたから、というのもあるのですが、男の人は共同体に属する者としての意識が皆無なのです。


 でも、スナおじさまは島主候補としてアルカディメイアで学び、この世界の社会の仕組みをしっかり学んだ人。そしてわりと、ていうかかなり? 頭のいい人。


 自分の守るアルカディメイアが、自分の生まれ故郷であるゼフィリアを全く評価しない。そのことに不満を持つのは当然だと思います。


 でも、どうしても関われなかった。時間が許さなかった。スナおじさまが男性だから、アルカディメイアを任された五海候だから。


 ゼフィリアの人間の気質や人の少なさ。そのことに頭を抱え憤りを覚えながらも、男としての責務を全うした。


 思い出すのはあの人の横顔。すだれの外に向けた、あの眼差し。


 わたしに向けた言葉は、ゼフィリアの序列を上げてこいという命令は、あの人の意地のようなものだったのでしょう。


 さわさわと聞こえる静かな葉擦れの音。

 すだれから射し込んだ木漏れ日が板間に影を焼き付ける、そんな午前。


 ゆっくりと過ぎていくお役目の時間。


 しばらくして、ディナお姉さまは、ふっ、とすだれの外に目を向け、


「今日はこのくらいにしましょう。そろそろお昼よ、手伝ってくれるでしょう?」

「はい」

「今日は色んな巻きを作ってあげる」


 ディナお姉さまは机の上を片付け、ほわっと笑って立ち上がりました。ディナお姉さまの仕事はデータがちゃんと揃えられいて、とてもスムーズに情報整理を行えました。ディナお姉さまがいれば、蔵は問題なく回るように思えます。


 ディナお姉さまは決して器用な人ではありません。でも、やると決めたらちゃんとやる人なのです。


 わたしが立ち上がると、ディナお姉さまはわたしのそばで立ち止まり、そのまま俯いて、


「最初は半信半疑だった。解体した魚に油をかけて、これが一体何になるのかって。でも、私が用意した食事をひと口食べた途端、お兄様が大声で笑いだしたの」


 思い出すのは岬に座るひいお爺さまの後ろ姿。記憶の中で重なる、ひいお爺さまとスナおじさまの笑い声。


 ディナお姉さまはわたしと向かいあって膝立ちになり、


「お兄様に与えられてばかりの私の人生で、生まれて初めてお返しが出来た……」


 ディナお姉さまがスナおじさまに出来たこと。水と着物を用意し、海から戻ったスナおじさまの血の匂いを落とすこと。きっと、それだけがディナお姉さまに許された役目だったのです。


 わたしの頬を包む、ディナお姉さまの両手。その手を頬から背中へ、ディナお姉さまはわたしの身体をきゅっと抱きしめて、


「ありがとう……」


 短くなったわたしの髪にうずめられる、ディナお姉さまのお顔。ディナお姉さまから伝わる、温かな体温。


「ありがとう、メイ。わたしとお兄様に、笑顔の時間をくれて」

「ディナお姉さま……」


 ディナお姉さまの背に回る、わたしの両手。その手から感じる呼吸と、微かな震え。


 蔵屋敷の蔵主の間。

 すだれを通り抜けて入ってくる、島の風。


 やがて、ディナお姉さまの震えが大きなものになっていき、


「く、くっふふ……」

「デ、ディナお姉さま……?」


 いぶかしんだわたしがディナお姉さまから体を離すと、ディナお姉さまはそのお顔ににたりと病んだ笑みを浮かべて、


「食事を終えたら、午後は自由よね? 適度に運動しないと、体が堅くなっちゃうものね? ディラから聞いているわ、くふふ……」



 そんな訳で四章開始です!

 最終話まであと少し、引き続きよろしくお願いします!

 次回更新は来週月曜昼12:00頃を予定しています。


※2020.1/25

 カッサンディナがスナおじさんに「そォい!」していた理由を明記した方が分かりやすい、とのアドバイスをいただいたので、その部分を補足しました。


 感想お便り等ありがとうございます、とても励みになっております。


 評価欄はページ下部にありますので、

 お気に召したらポチリとよろしくお願いします。


 それでは、


「いいね! 続きが気になる!」と思った方は、

 挿絵(By みてみん)

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凸凹探索者夫婦のまったり引退ファンタジー!
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