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072 塵海のゼイデン(1)

 深い紫色に染まる、夕暮れの海。

 寄せては返す波の音に混じる、砂浜の足音。


「うーん……」


 小さな波の飛沫をくるぶしに感じながら、わたしは島屋敷に目を向けました。


「どうでしょう、イーリアレ」

「はい、だれもみえません」


 橙色の砂浜に視線を落とし、はあ、とため息。わたしは今お客さまをお出迎えするため、お留守番の真っ最中なのです。


 ことの始まりは今日の朝。


『俺あちょっと出てくるからよ』


 という、ソーナお兄さん突然のお出掛け宣言。


 スナおじさまとの約束は絶対、そう主張していたソーナお兄さんがアルカディメイアを離れるだなんて、とても大事な用事に違いありません。


 わたしたちが承知すると、ソーナお兄さんは客が来るからよろしくと言い残し、そのまま海に出てしまったのです。


 そんな訳で、わたしは今日の予定を全て断り大広間でずーっと待っていたのですが、お客さまは未だお見えにならず。待ちくたびれてウォーキングを始めた次第なのですが、やはりどうにも落ち着きません。


 ううっ、待ちぼうけがこんなに辛いなんて思いませんでした。アルカディメイアに来たばかりの頃、わたしはこれと同じ思いをナーダさんにさせてしまった訳で、思い出して反省です……。


「にゅーん……」


 反省しつつ、わたしが陸とは逆、海の方に目を向けると、おや?


 沖の方、海の上を行ったり来たりしている、白くて大きな丸い玉。ボール、ではありません。この世界の人はボールで遊ばないのです。


 目を凝らすと、その下に人らしき輪郭が。どうやら大きな袋を担いだ男の子であるようです。


「あの、もし。どうかなさいましたか?」


 わたしはもしやと思い、その男の子に声をかけてみました。かなり距離がありますが、この世界の男性の聴覚であれば聞き取れると思ったのです。


 わたしの声が届いたのか、男の子は陸へと進路を取りました。小さい男の子が大きな袋を担いでいると何だかサンタクロースの真似をしてるみたいで、とっても和んでしまいます。


 その男の子は渚に辿り着き、途方に暮れた様子で、


「う、あ、ソ、ソーナっち……」


 ソーナっち? あ、ノイソーナお兄さんですか。


「あの、ソーナお兄さんのお客さまというのは、あなたのことでしょうか?」

「う、う」


 と、その男の子はこくりと頷きました。わたしはようやくお見えになったお客様にほっとし、それでは早速ごアイサツです。


「お待ちしておりました。わたしはゼフィリアのアンデュロメイアと申します。こっちは側付きのイーリアレです」

「はじめまして」

「あ、あう、あ」

「あ、少々お待ちを」


 頭を上げたわたしは男の子の自己紹介をさえぎり、右手に水込め石を作成。そして、


「そォい!」


 男の子の汚れた体を即洗浄。本当はお風呂に入れて徹底的に洗いたいのですが、仕方ありません。この世界の男性の役割は充分理解しいたわらねばと思いますが、生理的に無理なものは無理なのです。


「お待たせしました、これで大丈夫です。ええと、あなたは……」

「メ、メイメイ。レーレ」

「んぐっ……!!」


 その男の子のふにゃりとした笑顔に、わたしは失神しそうになりました。かわいい! しかも初対面で親しい呼び方なんて反則です!


 わたしは何とか意識を保ち、男の子を改めて超観察。


 白くて長いふわふわの髪。

 白い肌にぱっちり紫の瞳。

 白と茶色で斑模様になった着物。

 わたしと同じくらいの小さな体躯。


 なるほど、この男の子はどうやらタイロンの男性であるようです。タイロンと言えばホウホウ殿ですが、ホウホウ殿に連絡を取るべきなのでしょうか。


 わたしがどうしようか迷っていると、


「つ、作た」

「うっ!」


 男の子がどちゃっという音をさせ砂浜に白い袋を下ろしました。え、何ですそのキンモい音。アーティナの男性もそうでしたが、この世界の男性の衛生面は信用できないのです。


 警戒するわたしを前に、男の子は白い袋を開け、困ったように視線をさ迷わせ、


「う、器」

「あ、何かをよそいたいのですね?」


 よく分かりませんが、男性が何かをくれるというのなら受け取らない訳にはいきません。わたしは気込め石で二人分の白いお椀を作り、男の子に渡しました。


 男の子はお椀を袋に突っ込み、のたっとした何かをべちゃっとよそい、


「つ、冷た。甘い」

「こ、これはまさか……!」


 受け取った器の中には牛乳で作ったらしい白い塊。わたしはたまらず気込め石で匙を作り、


「いただきまふ!」


 口の中に広がるのは冷たく甘い濃厚な牛乳の味。まさかのまさか! これはソフトクリームではありませんか!


「おいしいれふ! ありがとうございまふうう!」

「くちのなかですーっととけて、これは、ありがたいものです……」

「よ、よかた」


 わたしとイーリアレの反応に男の子はふにゃりと笑い、右手に石を作り出しました。その石を見た途端、わたしの背すじに走る特大の寒気。


 それは濃紺の石。


 じりじりと青白い電流を纏い、周囲の空気が、いえ、周囲の空間がその石に引き込まれていくような、強烈な存在感を放つ石。


 わたしの目の前で紺色の石は膨張変形、柄付きの小さな鐘になり、そして――


「っ!?」


 男の子が鐘を振った瞬間、大気から全ての音が消えました。頭が痺れ、一瞬後、全身に響くコーンという金属音。


 その衝撃に驚き、わたしが目を白黒させていると、


「爺ちゃん!」


 嬉しそうな声と共に、ヴァヌーツのツェンテさんが降ってきました。筋肉。ツェンテさんはその男の子を抱き上げ、思いっきり頬ずりを始めて、


「デン爺ちゃん!」

「テンテン、テンテン」


 男の子がツェンテさんの抱擁に嬉しそうに応えると、周囲に次々と着地する新たな影が。アルカディメイアの男衆が見る間にその数を増やし、男の子を揉みくちゃにしていきます。


「爺ちゃん! 爺ちゃん!」

「爺ちゃん! 爺ちゃん!」

「あの、ツェンテさん。こ、これは一体……?」


 既視感のある大騒ぎに嫌な予感を覚えつつ、わたしが尋ねると、ツェンテさんは大興奮なお顔で振り返り、


「デン爺ちゃん! デン爺ちゃんが来たんですよ!」







「あまーい! つめたーい!」

「流石爺ちゃん! 流石爺ちゃんだ!」


 夕暮れの砂浜。目の前には白い袋からソフトクリームをすくい、顔をほころばせているお兄さんたち。男衆のこの喜びよう、察したくはありませんでしたが、もうわたしにも分かりました。


 あの男の子は五海候、塵海のゼイデンさまだったのです。


 わたしは砂浜に突っ伏し、頭を抱え、


「ほわっちゃー!」


 ソーナお兄さんのお客さんということでもっと警戒しておくべきでした! ていうかソーナお兄さん不在でアルカディメイアの夜はどうするのでしょうと思ってましたが、お客さまが五海候なら超納得です!


 ごごご五海候との接触は必要最低限! いえでも、これはソーナお兄さん個人的な問題で、ゼフィリアが引き留めたわけではありませんし、セーフ? アウト? どちらなのでしょう?


 ていうか、ゼイデンさまは五海候の中で最も注意せねばならない人物だったはず。その理由は確か……、


『ゼイデン様との接触は絶対に避けねばならぬ。いや、あの方自身は無害でちょーかわゆいんじゃが、石がマズイ。あの方の石を利用しようとする女が現れんとも限らん。それだけは絶対に避けねばならぬ』


「これは僥倖」

「んああああフェンツァイさん! いつのまに?! あ、こんにちわ!」

「フッ、こんにちわ。そう、アイサツは大事」


 砂浜で金髪の塊になったわたしの背後に、いつの間にかフェンツァイさんが。筋肉。わたしが、「何故こちらに!?」と立ち上がると、


「島中に響く音に驚き急ぎ駆けつけたまで。五海候、それも塵海の御方となれば、我々タイロンも動かねばなるまい」


 それは女性も夜の海に討って出るべき、というこの世界の島々にある思想。そしてゼイデンさまの作った得物があれば、それが叶うかもしれない、という考え。


 わたしがどうすべきか慌てていると、フェンツァイさんはゼイデンさまの前で片膝を突き、


「お初にお目にかかります、塵海のゼイデン様。私はタイロンのフェ……」

「スンスン、スンスン」


 アイサツの途中でゼイデンさまに頭を撫でられ、フェンツァイさんはその動きを停止。


「スンスン、スンスン」


 ゼイデンさまは撫で撫でを続行。なすがままのフェンツァイさんのお顔にドブバと噴き出す大量の情熱。比喩でもなんでもなく、橙色の砂浜が真っ赤に染まっていきます。


 わたしがお二人のやり取りにおろおろしていると、


「こんにちわ、アンデュロメイア様」

「ちょりっす」

「ホウホウ殿! レンセン殿!」


 話の通じる男性代表、タイロンのお二人が参上です。ゼイデンさまはフェンツァイさんの頭を撫でながら、お顔だけこちらに向け、


「センセン、ホウホウ。ホウホウ、スンスン」

「ああ、デン爺ちゃん。これは母上ではありません。シェンスンの娘、俺の姉上。名をフェンツァイと言います」

「スンスン、娘。アイアイ……」


 紫色の瞳を潤ませ、ゼイデンさまはとても優しげに笑い、


「アイアイ。よ、よく育た」


 それから、その小さな体が鼻血で汚れるにも構わず、フェンツァイさんをふわっと抱きしめ、


「い、生きてる。偉い……」







「はあ、そんなことになっていたのですか……」


 夕暮れの砂浜。ホウホウ殿はソフトクリームの匙を咥え、かわいく呆れました。脳内保存。


 男性の作る特殊な石があれば、女性も夜の海に討って出られるはず。その意見から生まれる不和を何とか出来ないものかと困ったわたしは、ホウホウ殿に事情をお話ししてみたのです。


 あと案の定ですが、男性陣は陸の事情を殆ど知らないようでした。


 ちなみに、出血多量でイキかけたフェンツァイさんは砂浜に横になり安静中。たまに、「はいかわいい! はーいかわいい!」とビクビク悶えてるので、心配ないと思います。


 そんなフェンツァイさんを完全無視したレンセン殿とホウホウ殿は、


「無理じゃね?」

「無理でしょう」


 お顔を見合わせあっさり却下。


 ホウホウ殿はソフトクリームを食べ終え、気込め石で器を消し、


「百聞は一見にしかず、と申します。デン爺ちゃん、鎚を一振り作って頂けますか?」


 ホウホウ殿がゼイデンさまのもとまで行き、そう頼むと、ゼイデンさまは右手に石をあっさり作成。そしてその手の上で起こった現象に、わたしは息を飲みました。


 紺色の石がみょいんとひとつ増えたのです。


 複数生産というより、石の分化。これがリルウーダさまが仰っていた、ゼイデンさまの危険性。一つしか石を作れなくなってしまった五海候の中で、唯一石を量産出来るお方。それがゼイデンさまなのです。


 ホウホウ殿がその石を起動させると、柄の長い紺色の鎚が出現。わたしが止める間もなく、ホウホウ殿はフェンツァイさんの傍らに立ち、


「どうぞ、姉上」

「私がお姉ちゃんです」


 よく分からない発言と共に、フェンツァイさんはスバッと起立。超嬉しそうなお顔でその鎚に手を伸ばし、


「流石はホウホウ。なんだかんだ言っても私のこふにゃあ!」


 しかし紺色の鎚はどすんと音を立て、フェンツァイさんの手から落ちてしまいました。


 意味不明な光景。鎚の一点が地面にぶつかった瞬間から、そこに固定されたように動かないのです。ていうか、おかしいのがまずその質量。ありえない量の鋼をひとつところに纏め、圧縮しているような……。


「ぐぬ、ぬ……」


 砂浜に落ちた鎚を何とか持ち上げようとするフェンツァイさん。しかし、フェンツァイさんが両手を使っても、鎚はぴくちり動きません。


 選ばれし者でなければ引き抜けない剣。頭の中の記憶にそんなお話があったように思いますが、まるでそのお話の一場面のようです。


 ホウホウ殿はそれ見たことかと言わんばかりの冷たい瞳で、


「それが担げんようなら無理でしょう。俺ですら身を削って扱う得物を、女性の姉上が扱える訳が無い」


 それから、ホウホウ殿はわたしを振り返り、


「女性が夜の海に出る。そのような気を起こさぬよう、俺が母上やその他の島主に言って聞かせます」

「ありがとうございます、ホウホウ殿!」


 わたしは両手を組んで超感激。流石ホウホウ殿! これで国際問題がひとつ解決です!


 わたしとホウホウ殿が視線を戻すと、フェンツァイさんは肩で息をし、悔しそうに鎚から手を離し、


「無念……」

「もうよいですね?」


 その鎚を片手でひょいと持ち上げるホウホウ殿。こういう姿を見ると、やはりホウホウ殿も男性なのですね、と改めて思い知らされてしまいます。


 ホウホウ殿がゼイデンさまに石を返すと、砂浜がまったりモードに突入しました。


 砂浜に寝転ぶお兄さんたち。眠そうなお顔でぼーっと海を眺めるレンセン殿。ゼイデンさまと何かをお話しているホウホウ殿。砂浜に正座し、ちゃっかりソフトクリームを楽しんでいるフェンツァイさん。


 わたしとイーリアレも存分にソフトクリームを堪能して大満足。海風とソフトクリームの甘さがいい感じにマッチして、実にいい感じでした。


「あの、アンデュロメイア様」

「何でしょう、ホウホウ殿」


 ゼイデンさまとのお話を終えたのでしょう。ホウホウ殿はいつの間にかわたしのお隣に。

 橙色に染まる空。

 紫から紺に色を変えていく、一面の海。


 ホウホウ殿は長い三つ編みを揺らしながら、かわいく頭を下げて、


「デン爺ちゃんのことで、アンデュロメイア様にお願いがあるのですが……」





 読んでいただきありがとうございます!


「いいね! 続きが気になる!」と思った方は、

挿絵(By みてみん)

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凸凹探索者夫婦のまったり引退ファンタジー!
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