父を誑かして養女になったメイドが好き勝手やらかした結果
廊下を行き交う使用人たちの走る足音に何事かと目が覚めました。こんなことはあり得ません。
廊下を走らない。それが屋敷内で働く使用人の第一条件です。
ですが、足音は一つではありませんでした。
いくつもの足音に異常事態だとわかりました。
異常がまかり通っている我が家で今更、何が起きてもおかしくありません。
異常ですか?
行儀見習いで上がったメイドが養女になったのです。
それだけなら才気溢れる麾下の家の娘を養女にしたと見向きもされないことですが、今回は違います。彼女は父を誑かしたのです――私の婚約者を誑かしたように。
そして、彼女を虐めたと私は悪役にされました。
婚約者を寝取るわ、濡れ衣を着せるわ、どちらが悪役なのでしょう?
私が持っていた物すべてを欲しがる彼女は、婚約者だけでなく、父や宝石やドレスを奪っていきました。母も苦言を呈してくれていましたが、メイドは巧妙に立ち回って私に取られた物を取り返しているだけだと言い張ります。父は若い愛人の意のままで、仮面夫婦である母の言うことには耳も貸さず、屋敷にいることさえ苦痛を感じます。
ですから、女主人である母よりも元メイドのほうが権力を握っているこの家は異常なのです。
今度のことも、あの元メイドがらみのことでしょう。夜会でも人気者で、王子の傍に侍っていても物足りなかったようです。
父や婚約者があの元メイドの部屋で過ごしていて、何か突拍子もないお願いでもしたのでしょう。
母は夜中に庭の噴水で水浴びしていたのを見て、別宅に移りました。使用人以外の目にもつくところで醜態を晒すなど、まるで狂人です。
私もそうしたほうがいいですね。これでは眠れません。
そう思っていました。執事が指示を仰ぎに来るまでは。
「お嬢様、どう致しましょう?」
そう言われても困ります。何度か気を失った後、先程、目にした光景で吐き気を堪えているだけで、何も考えられません。
思い出しただけでまた喉元まで戻ってきます。
あの元メイドの部屋には父も婚約者もいました。それはもう、修羅場が展開された後らしく、ひどい荒れようでした。
状況的に見て、父と元メイドが同衾していたところを発見した婚約者が逆上して殺したようです。――まだ私の婚約者のはずなのですが、何故か彼女の部屋を知っていて、案内を頼まなくても今日のように普通に出入りしていますが。
まあ、婚約破棄も時間の問題でしたし、父を殺しましたし、どうでもいいです。
後始末ですが、執事が既に王宮に助けを呼びましたし、後することは思いつきません。
ああ。婚約者の家にも連絡を入れないといけませんね。ご子息が痴話喧嘩の末に殺されたと。不貞の部分も強調しておきましょう。父を殺したのは婚約者のようですし。
婚約者は私を蔑ろにしていたのは公然の秘密ですし、王子すら籠絡している女も生きていませんから、父が一方的に迫ったのだと言い逃れもできないでしょう。
「彼の家に連絡して。愛人の取り合いになって、父を殺して死んだと」
どちらが先に死のうが、かまいません。むしろ、二人同時に亡くなってくれて助かりました。
同居していなかったら、こんな面倒もなかったでしょうね。
え? 婚約者と父親が死んで、どうしてショックを受けないのか気になります?
二人のことはもうどうでもいいことなのです。
そういう風に悟れるくらい、彼らはやらかしたのです。
今の関係は同居しているだけの相手と、軽蔑している相手。どうでもいいです。
ホント、どうでもいい。
今の私にとって、吐き気が治るほうが重要です。
血も涙もないかと思われるでしょうが、それ以上考えていては辛いだけでした。
何故、その女の言いなりになるのでしょう?
何故、私のことを信じてくれないのでしょう?
何故、その女のほうを大切にするのでしょう。
何故、何故、何故、・・・
詮無きことです。いくら考えても、自分が辛くなるだけです。
二人の心には元メイドしかいません。
何をやっても無駄でした。
二人から痛めつけられた私はこれ以上、傷付かない為にいらないものを捨てることにしました。肉親の情も、これから家族となっていくだろう情もすべて捨て去りました。
それらを捨て去った結果、二人が死んでもなんとも思いません。すれ違っただけの名前も顔もおぼえていない人が死んでも可哀想だとしか思いませんが、元メイドのやらかしたことと、現場の惨状が生々しさに同情も憐憫の情も吹き飛びました。
ただ、その死の光景で気持ち悪いばかりです。
◇◇◇
僕はこの家の少年従者。元は派閥の下っ端、男爵家の次男坊。ついでに姉が最近この家の養女になって王子の愛人になった。なんか色々、波乱万丈だったりする。
今、この屋敷で殺人事件が起こり、王宮から来た騎士たちが状況を確認している。それはそうだろう、王子の愛人が死んだのだから。しっかり調べるように圧力がかかっているに決まっている。
それに死んだ状況が状況なので、余計に熱が入っているようだ。王子の愛人が男二人と死んだのだから。片方とは正に浮気真っ最中。もう片方も婚約者を蔑ろにして、取り巻きをしていたと有名な男。
片方は愛人の養父で、片方は養家の娘の婚約者。この屋敷に居てもおかしくないが、この時間帯にこの部屋に居るには不適切な人物だ。
「この家の主人がどうしてこんなところで死ぬことになったのか?」
その質問は騎士たちの疑問でもあるのだろう。興味津々だ。
女主人とその娘の意向に従い、僕はありのままの事態を話す。
「姉が――この家の養女になった姉が、今度も行儀見習い先で主人を誘惑して、お嬢様の婚約者にも手を出していたのです。お二人は姉の愛人が互いにご自分だけだと思っていたらしく、遭遇してこのようなことになったようで」
王子の愛人になったものの、今までのように他の男と縁を切れる状態でなかったことに姉は大喜びだったに違いない。若い愛人とお金を持っている愛人。二人から欲しい物だけを貰って、楽しく暮らしている今の生活が。王子に気に入られたのも一因かもしれない。
今まで行儀見習い先で主人や子息を誘惑して、そこの女主人の逆鱗に触れて追い出されることを何度も繰り返したのを、養女にしてもらうことで追い出される危険がなくなったのだから、姉にとっては願ったりの状況としか思えない。
「お前はこの女の弟なのか?」
「はい、そうです。姉は素行が悪いので、監督できるように僕が働いている家で雇っていただいたのです。それが――」
苦しげに顔を顰めてみれば、騎士たちも気遣わしげな表情に変わる。
これできっと、痴情の縺れで何事もなく終わることだろう。王家が願っている結末通りに導くのが僕の仕事。
何故なら、王子を誑かした相手がいつまでも生きていることは王家にとっては不利益にしかならないから。誑かされている王子は別でも、これは王家の意向。
本来、この家のご令嬢が婚約していた王子の側近の家が問題で、彼を遠ざける必要があった。一時でかまわないので、腑抜けになってもらおうと姉を彼が出入りするこの家で雇ってもらったところ、主人ものめり込んで養女に迎えてしまった。
更に王子まで篭絡されてしまい、計画は姉の排除へと急遽変更された。
まったく、うまくいかない。
ついでに、邪魔な側近と姉を排除したら騒ぎ立てそうな主人も一緒に消えてもらうことにした。
主人と同衾する頃合いを見計らって、側近を呼び出す。後は側近が来て騒ぎ立てている隙に部屋に入り込んで、全員に死んでもらう。
油断しているところを襲ったとはいえ、三人相手は大変だった。
まあ、この家での仕事もしばらくはないだろうし、気楽な少年従者でいられるだろう。王家からの次の指示が来るまでは。




