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<05>剣を捧げて

 酒場は一番忙しい時間帯をむかえ、席も殆ど埋まっていた。

 木のドアを開けると、来客を知らせる鈴が鳴る。それを聞いて顔を上げた先客たちが、シャンテナの顔を見て声を上げた。


「お、シャンテナ! なんでい、お前さんが顔を出すたあ、珍しいな!」

「なんだなんだ、そっちのひょろひょろは。見ろ、顔にあざなんざこさえて」

「さては、兄ちゃん、シャンテナに殴られたな! 痴話げんかもほどほどになあ!」


 大きな声で笑ったのは、酒場の一角を陣取った屈強な男たちだった。

 彼らはこの町の職人たちで、職種は違えど職業上シャンテナとはなんらかの関係がある。もちろんそれはシャンテナの表の職業「彫金師」としてであるが。

 全員酔っている上に、そろいもそろって声が大きい。

 シャンテナはそれを上から一睨みし、つかつかと離れた空席へ向かった。後をおどおどしたクルトが着いてくる。


「おっかねえなあー、相変わらず。シャンテナよ、たまにはにっこり笑ってやったらどうなんだい。おやっさんたちだって、あんたが可愛いからちょっかいかけるんだ。女の子なのに看板背負ってるなんて珍しいからなあ」

「これとこれとこれ。それからターヴィ酒」

「ったく、そっけねえなあ。兄ちゃん、こんなんでも健気なんだ、親父さんの後継いで。気は強いがよろしく面倒見てやってくれ。……はいはい、そう睨むな。もう行くよ」


 注文状を片手に、酒場の給仕が厨房へ引っ込む。

 最初に野次を飛ばしてきた別席の職人たちも、すでにに別の話題で盛り上がっている。


 人いきれと喧騒で独特の雰囲気に満ちた酒場を、クルトはきょときょとと見回した後、正面で慣れた風にくつろいでいるシャンテナに視線を転じた。


「何?」

「意外だなあ、って思って。シャンテナさんこういうところ来るんですね」


 突然、名前で呼ばれてシャンテナは一瞬眉間にしわを寄せたが、さほど不快ではなかったので、訂正させはしなかった。酒場のおおらかな雰囲気がそうさせたのかもしれない。


「父に連れてこられて以来、月に一度は。他の職人と一緒に話をするのも必要なのよ。原料の値上がり、新たに取り締まられるものの情報、得意先の負債の状況。情報が必要なのは、軍人だけじゃない」

「はああ、大変ですね。お仕事熱心だし」

「あなたも熱心よ、十分。そんなあざできるほど殴られても着いていくわけでしょう。よっぽどいい上司なんでしょうね」

「いやー……。まあ、性格はかなりあれです」

「……認めるんだ」


 クルトはこめかみを掻きながら苦笑した。


「認めますよ。わがままだし、人の迷惑考えないし。あ、そりゃ一緒の意味か。もう、とにかく、言いたい放題やりたい放題。でも、俺はついていくって決めたんで」


 迷いはありません。


 言い切るクルトにシャンテナは白けた一言を返す。


「まだ素面のはずよね、私たち」

「あははー。そうですね。まあ、でも、命を助けられたら、命を返すっていうのが俺の信条なんです」


 丁度そのとき注文したものが届き、ふたりの食事が始まった。

 ターヴィ酒はかなり強い酒で、喉を焼くような辛さがある。それを勢いよく飲み干して、シャンテナは行儀悪く肘をついた。

 羊肉をつつきながら、眼前でパンにかぶりつく灰色の目の青年に問うた。喧騒にまぎれるくらいの小声だ。


「個人的なことを聞くけど、その命を助けられたって言うのは?」


 クルトはいっぱいに頬張っていたものを飲み込むと、長い袖を軽くめくった。それは一瞬で、しかもシャンテナにしか見えないように気を配った動きだった。

 そこにあったのは、剣を持つ四翼の獅子の刺青。刺青は完全ではなかった。焼き(こて)を当てられたように、醜く一部が焼け(ただ)れていた。傷口はかなり古そうだった。

 シャンテナは瞠目(どうもく)し、クルトの灰色の目を見た。

 クルトは少し寂しげに笑んでいる。


 刺青は、獅子剣神団の団員の証だ。

 獅子剣神団は剣技を極め、精神と肉体を鍛えぬく事で、剣神ヴァルーガと国王に仕えるという特殊な僧兵団である。

 その剣技は神速とも謳われ、語り継がれていた。実際、その剣の真髄を習得できる者は、入門者のほんの一握りだけだとも。

 屈強で、かつ信仰心と愛国心に溢れた僧兵団。

 当然のように、この僧兵団も三十年前の異教徒狩りで廃絶されている。

 だが、どう見てもクルトの年齢は三十に届かない。

 エヴァンスの血脈のように、獅子剣神団の生き残りも、地下で息を潜めていたのだろう。


「俺が八つのとき、地下神殿が見つかっちゃったんですよ。それまで、みんなそこで生活しながら技を磨いていたんです。その時最年少だったのが俺で、長の養子だったのも俺。だからかなあ、みんなが必死になって逃がしてくれて。でも結局捕まっちゃったんですよね」


 ほら、俺、鈍臭いから。

 自嘲の笑みを浮かべ、彼は再び杯を傾けた。

 その後は聞かなくてもわかる。さっきの火傷跡のような無数の古傷が、無数に彼の体を覆っていることだろう。


「まあ、八つの子供だから、大人の事情なんかわからないし、世間のこともわからないし。改宗すれば助かるとか、そんなこともわからなかったからただ耐えてて。でも自分が酷い目にあっていることだけはわかってたかなあ。流石にこりゃ駄目かあって思ったところに、助けに来てくれたのが今の上司なんですよ」


 酒盃をあおると、クルトの顔があっという間に赤くなった。顔に出る体質のようだ。

 しばらくクルトは話さないで、酒盃だけを見つめていた。


 シャンテナは、まだ名前しか知らない彼の主のことをぼんやり考えた。

 彼の主は、どんな理由で彼を拾ったのだろう。


 地位ある人物が、しかも、次の王となるべき王太子が異教徒の子供を手元に置くとなると、かなりの危険が伴う。


 その弱みを衝いて()れ枯らしの摂政が、彼を廃嫡に追い込むことだって考えられた。

 なにしろ、ベルグ王太子はフラスメンが手を焼くほどの行動家であると聞く。そのからめ手を摂政がみすみす見逃すはずが無かった。

 そして王太子はそれをやり込めたのだろう。

 だからこうしてクルトがいる。

 その一連の出来事がクルトの忠心の源泉に違いない。

 これでクルトにもっと賢さがあれば、最高の忠臣なのだが。


「今となっては、団の剣術を受け継いでいるのは俺だけ。いつかそれを誰かに継承したい。あの人はそれを実現できる世を作れるかもしれない。そして、それをあの人自身が望んでいる。だから俺は命を賭することも厭わない」


 クルトの灰色の目は、酒のせいか妙に熱っぽかった。

 シャンテナは視線を逸らしてため息をつく。彼の顔を直視したくなかったのだ。

 なんとなく、気恥ずかしい。


「剣術を継承したいなら、命は守りなさいよ」

「あっ……。そうだった。死んだら終わりだ」


 今まで気付かなかったらしい。

 照れ笑いするクルトに、酒瓶の最後の酒を振舞って、シャンテナは天井を振り仰いだ。


「シャンテナさん? 酔いが回りました?」


 シャンテナは迷っていた。

 懐にある、小さなものの感触。

 慣れ親しんだ翡翠の首飾りではない、異物。この存在を、眼前の男に話すべきか、否か。

 酒のせいだろう。

 いつもなら『顧客の情報は守秘』と、選択肢すら自分に与えぬ彼女は今、どういうわけかその選択肢の前で足踏みをしていた。


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