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<37>崩落と再会

 何度か、土砂に塞がれた道を迂回したせいで、目的地についたのは、予定よりかなり遅れてだった。

 連続して歩き続けたために、足のまめがつぶれてしまって、シャンテナは一度その手当のために、足を止めなければならなかった。

 

 到着したその聖堂は、遠見の魔術で投影したものと同じ、手つかずの姿で残っていた。

 切り出した石を組み合わせて作られた壁。蔦模様が彫り込まれた柱。よく研磨され、滑らかにされた石の床。

 その先に、完璧な姿の獅子の像があった。


「獅子剣神団の僧兵は修行のために、この広い地下神殿の聖堂すべてを巡礼するんです。ここは、その最後にまわる、一番深い場所にある聖堂です。道を熟知してないと入れません。さすがフラスメンも手を出せなかったんですね」


 クルトは、無事だった柱を懐かしそうに手で撫でた。

 シャンテナは、最奥にある獅子の像に歩み寄った。厳かに水を吐き出し続けている獅子の像。その像の背後に回ると、石盤がはめ込まれていた。シャンテナの広げた両手より、少し大きいくらいの石盤だ。

 表面に彫り込まれた文字を読むと、これは石像から排水するからくりを手入れするとき開ける蓋らしい。

 力を入れて、それを上に引き上げる。すると、石盤は思っていたより軽い手応えで外れ、手の中に収まった。

 

 外した石盤の奥には、空洞があった。その中にあったのは、排水のための管やそれを閉める栓、そして麻布の包み。経年と湿気で、包みは緑とも茶色ともつかない色になり、腐臭を放っている。眉を顰めながら、シャンテナはその包みを取り出した。

 

「うぇっ」

 ねちゃっとした嫌な手触りに、背筋が粟立つ。

「俺がやりますよ」

「大丈夫だから」


 包みを床に置く。持った感じでは硬いものが包まれているようだった。

 クルトと目が合い、頷きあう。深呼吸して、シャンテナは一気に包みを開けた。


 そこには、白味の光をたたえた、たがねが、(のみ)が、鉗子(かんし)があった。魔法文字が刻まれた表面は、まるで今作り上げられたように滑らかだ。銀の工具、一式がずらりと揃っている。

 シャンテナのものと違うのは、柄の装飾にフォエドロ家のものらしい(かもめ)の家紋が刻まれているところだった。

 

「これだわ。これできっと封印が解ける!」

「やった! 歩いたかいありましたね、シャンテナさん! すぐに城に戻りましょう。ここから地上に出れば、城の近くです」


 クルトも顔をほころばせていた。

 シャンテナは荷物から取り出した清潔な布を、像から吐き出される水で濡らし、工具を丁寧に拭き清めていく。


「であれば、先に殿下に報告して、作業の用意をしてもらったらどう」

「そんなことできるんですか?」


 シャンテナは、今しがた手に入れた、フォエドロの工具の中から、鉗子を選んで手に持った。


大気の精(アトモスフィール)よ、お前の唇を」


 銀の鉗子が淡く輝き、音叉のようにきいんと高く鳴った。音は消えることなく、輪唱のように鳴り続けている。不思議な酩酊(めいてい)感を伴う音の波だ。

 

 シャンテナは再度、安堵した。ちゃんと魔力を増幅するので、破損の心配もなさそうだ。他の工具もあとで調べてみなければ。魔力を込めたときの手応えが若干違うのだが、別の家系の工具なのでそんなものだろう。むしろちゃんと扱えてよかった。


 呼びかけに対する相手の反応はすぐにあった。


『なんか、耳鳴りがすんな……』


 少しくぐもっているが、聞き覚えのあるベルグの声が鉗子から響いた。

 クルトが目を丸くする。


「殿下、シャンテナです。今よろしいですか」

『シャンテナ……?! なんだ、これ。魔術の一種か? こんなことができるのか。便利だな、お前さん』


 感心したように上機嫌な声音で、王太子は答えた。姿が見えないので彼が何をしているのかわからないが、受け答えできる状態ではあるのだろう。


「殿下、クルトです。今しがた、フォエドロ家の工具を回収しました。地下神殿です。ミュテシーの鍵に関する手がかりも、一応手に入れました。シャンテナさんが、できれば帰ったらすぐに、作業にかかりたいということでご連絡したんですが」

『よくやった。準備の件は任せておけ。なんなら、出口に人をやる。場所はどの辺りだ?』

「城の東の、リッツ川につながる下水道が……」


 急にクルトが押し黙った。


「クルト?」

『どうした』


 表情を厳しく一変させ、彼は聖堂の出口に視線をやっている。

 

「誰か来る。逃げましょう」

「え、ちょっと」


 強く手を引かれ、魔術が中断される。甲高い破裂音を立てて、鉗子の光は消失し、音も止んだ。


 彼女の鉗子も荷物も取り上げ肩に担ぐと、クルトは小走りに駆けだした。鉗子を懐にねじ込んで。

 手を掴まれたシャンテナも慌てて着いていく。彼女には、足音や、ましてや人の気配なんてかけらも感じられなかった。


 だが、クルトは敏感になにかを察しているようだ。聖堂を出てすぐの曲がり角で立ち止まると、逡巡(しゅんじゅん)の後、来たときとは反対側に進む。どんどん、早足になった。


「クルト、本当に誰か来るの? 入り口に見張りの人たちがいるのに」

「別の入口から入ったのかもしれないし、彼らはもう殺されたのかもしれません。とにかく、急いで」


 口答えを許さぬ語調だった。殺された、という言葉に、シャンテナの心臓が跳ねた。追いかけてくる相手が誰かはわからないが、不安は大きくなっていく。

 駆け足になった。

 また、曲がり角だ。右に曲がると、緩やかな上り坂の一本道が続いている。その時点でもはや、シャンテナは、あの聖堂からどこをどう通ってきたか、わからなくなっていた。

 息が上がり、苦しい。それでなくても、ずっと歩き通しだった。少し、足を緩めてくれないか、そうクルトにお願いしようとしたときだった。


「危ない!」


 クルトが振り向き様にシャンテナを突き飛ばした。

 その瞬間、彼女の耳元を、猛烈な早さで熱の塊が通り過ぎて行った。

 轟音が、空間を支配した。


「きゃっ……!」


 土砂が激しく飛び散った。もうもうと土煙が上がり、視界が塞がれる。熱風が肌を舐める。

 シャンテナは突き飛ばされた勢いと、爆風のあおりで、床に叩き付けられた。なんとか腕で顔をかばい、吹き荒れる風と石つぶてから身を守る。


 やがて、風が収まった。焦げた土の臭いが立ちこめている。

 そろそろと顔を上げると、眼前に土砂の山があった。天井が崩落したのだ。まだ、ばらばらと小石や土がこぼれてきている。通路は完全に土砂に埋まっていた。

 そして、先行していたクルトの姿が、――ない。


 土砂の山に、跳びついた。

 顔に土が落ちてきて、目に入った。涙が浮いてくる。


「クルト? クルト!?」


 返事がない。通路が塞がれてしまったせいなのか、それとも――。

 土砂に手を突っ込み掘り返す。


「クルト! 無事なの? 返事をして! クルト!」


 彼の名前を呼びながら土砂の山を拳で叩く。

 やはり、返事はない。


「やっと、再会できましたね、タッセケイルさん」


 背後からしゃがれた声がしたと思ったら、強い力で髪の毛を引っ張られた。シャンテナは悲鳴を上げ、あらがったが、自分の髪が抜けるぶつぶつという音と痛みを生んだだけで、結局は無理矢理立たされた。

 自分を掴み上げた相手を、睨みつける。そこに見知った顔があった。服装こそ執事ではなく、護符や数珠を身につけた、古式ゆかしい魔術師のそれだが、穏やかな品のいい笑顔は、いつかメルソの工房を訪ねてきた、アーメインだった。

 

 配下の者だろう、ふたりの屈強そうな武装した男を付き従えて、満足げに笑っている。片手でシャンテナの髪の毛を、もう片方では、魔術に用いるために、儀式用の細身の剣を握っていた。剣の刃には、青白く輝く魔力の揺らめき。切っ先は、シャンテナの喉元を押さえていた。儀式用とはいえ、刺されれば死ぬ。


「まさか、ご同業とはね」

「一緒にはしていただきたくありませんね。私は、教会にも認められた、特別司祭です。この力は魔術などといういかがわしい代物ではなく、奇跡です」


 余裕たっぷりに彼は笑った。シャンテナも、鼻で笑い返した。


「なんでもありね。その奇跡とやらで、自分で国璽(こくじ)を水晶庭から取り出せば手っ取り早かったのに。そうすれば、主に怒られずに済んだのでは?」

「我が力は、芸術家きどりの細工屋のように、利益のためだけに用いるものではありません。この国を導くために、剣としてこそ生きるのですから」


 魔術には系統や特性がある。シャンテナは物質操作を得意とする系統だ。アーメインは放出に優れた系統にあるのだろう。使いようによっては、攻撃にも使える能力で、過去、そういった魔術を修めた魔術師たちは、後衛として戦場に出ることもあったという。

 魔力放出の残滓(ざんし)が、剣の切っ先から感じ取れて、シャンテナは歯がみした。


 おそらく、地下神殿に入ってから、ずっと追跡されていたのだ。自分の魔力の残滓を追って。シャンテナが工具を探すためにしたように、この男もシャンテナの使用した魔力の残滓を、まるで猟犬のように追ってきた。

 そして、シャンテナを殺すため、魔力を放出した。クルトが突き飛ばしたので、それは成らなかったが、代わりに、天井に当たったに違いない。


 うかつだった。敵方に魔術師がいることは想定していたが、まさか追跡してくる役を買って出るとは思わなかった。血筋で適性が決まってしまう魔術師は、禁止される前から貴重な人材だ。前線に出すことは避けたいはず。それを自分の追跡に割り当てるということは、フラスメン側はベルグが国璽の欠片をすべて手に入れ、さらにそれを修復しようとしていることを知っているのかもしれない。確かめるすべは今はなく、もしそうだとしても、どうやってフラスメンがその情報を入手したかもわからないが、たしかにそれなら、自分の追跡にアーメインを引き当てた理由もわかる。

 

 入り口で見張りをしてくれた護衛たちも、優秀な人材だっただろうが、しかし、魔術で不意を突かれたら、どうなるかわからない。無事だったとしても、地下の深部での異変には気付きようがないだろう。

 どうやってこの場を離脱するか。手段が思いつかない。

 

 シャンテナはきつく奥歯を噛んで、拳を握った。今はこんな連中の相手をしている場合ではないのに。

 アーメインと目が合った瞬間、頬を張られた。鼻の辺りでぬるりとした感触がする。睨み返す。精一杯の怒気を込めて。


「同行の男はどこへ行きましたか」

「逃げたわ」

「本当に? この下敷きになったのでは?」


 そう言って、男がカンテラで足元を照らした。人の体らしきものはなく、また、血が流れていることもなかった。

 心の底で、シャンテナは少しだけ安堵する。

 

「まあいい。男の行方は私が探しましょう」


 髪をぐいっと引かれる。アーメインの配下が、手早く、シャンテナの両手を後ろ手で縛り上げた。


「連れて行きなさい。くれぐれも逃さぬように」


 アーメインの配下に縄を引かれて、シャンテナは歩き出した。

 首の痛みを堪えて、振り返る。土砂の山は無慈悲にも、変わらずそこにあった。


 ――どうか、無事でいて、クルト。


 シャンテナは、祈った。今この瞬間、自分の身の安全はどうでもよかった。


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