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<35>地下神殿探索

「無理ですよ」


 ばっさり、間髪入れずに返されて、シャンテナはむっとした。


 夕食をすませ、宿の部屋で荷解きをしたあとだ。昨日のように二間続きの部屋のある宿ではなかったので、ベッドが二つ並んでいる広めの部屋を押さえてもらっていた。それぞれのベッドの上に靴を脱いで上がり、クルトはあぐらを掻き、シャンテナは膝を抱えて座っている。今や同じ部屋で過ごすのもすっかり慣れたものだ。

 ついでに言えば、シャンテナの睨みに対するクルトの耐久力も上がっているようで、彼女が目を眇めても、無反応だった。


「でも、テオが言っていたのは、きっと、獅子剣神団の団員のことでしょう。団員の誰かが持っていたとしたら、それを手がかりになんとか探し出せるんじゃないの」

「たしかに、俺も、預かった人間がうちの団員だっただろうとは思います。だからこそ、無理ですって。たとえサイクスでも、生き残りを探したりできないと思います」


 クルトは困った顔をして、肩を竦めた。


「獅子剣神団の人間は、俺以外の人間はほとんど死んでます。生き残りの話は聞いたことがない」

「それじゃあ、完全な手詰まり? 心当たりはないの?」


 シャンテナが顔を険しくすると、クルトは顎に手をあて、少し考えた。


「隠す場所だったら、きっと、地下の神殿ですけれど……」

「だったら、その地下神殿へ行きましょ、明日、朝一番で」

「地下神殿は、ラーバンがそっくりそのまま入るほどの広さがあって、とても入り組んでいるんです。俺も全部は把握できていない。そんな場所から、ふたりで工具を探し出すなんて、何年かかっても無理ですよ。まずは、宮殿に戻って、殿下に報告しましょう。失せ物探しなら、殿下にお願いした方が確実ですよ」

「私に任せて。方法は考えてある」

「どうするつもりですか?」


 あぐらを掻いた膝の上に手を置き、クルトが少し体を後ろに傾けた。

 

「魔術で探し出せると思うの、おそらく」

「おそらく……ですか」


 彼は顎に手をあて、考え込むように目を伏せた。しばらくそのままだったが、ややあって、あまり浮かない顔で首を横に振った。

 

「やっぱり、駄目ですよ。あそこは危険です。あちこちが破壊されていて、崩落の恐れがあります。シャンテナさんは連れていけません」

「そんなこと言ったって、殿下やサイクスが人海戦術で探したとしても、見つからないかもしれないじゃない。私が魔術で探索したほうが確実よ、断言する。入り口近くでいいの。そうしたら、探し出せるから。道がわかるあなたがいれば、案外あっさり見つかるかもしれないし、行く価値は絶対ある」

「そんなに前のめりにならないでください」


 またもむっとしてしまった。クルトのくせに、と久々に思う。しかし、彼は今、真剣な面持ちだった。

 

「シャンテナさんは、工具が見つかるかもしれないからって、ちょっと気負いすぎてますよ」

「フラスメン側に横取りされたら、どうするの?」

「俺の任務は、あなたの護衛ですから、みすみす危険な場所に踏み込むわけにはいかないですよ」

「違うでしょ、クルト。あなたの仕事は、国璽(こくじ)修復に必要な工具を探す私の護衛。国璽の修復ができなければ、王太子殿下にとって、私に護衛を付ける価値はない。なんでそんなに渋るの? もうすぐ目的を果たせるかもしれないのに」


 深い溜め息が、クルトの口から漏れ出た。わずかにそこにいら立ちの色を感じ取り、シャンテナの眉間にしわが寄った。

 

「いいですか、無理はしないと約束してください。もし、崩落の危険を感じたら、絶対に俺の指示に従って、避難を最優先にしてくださいよ」

「わかってる」


 互いに口調が棘々しくなった。

 だが、ふいにクルトが頬を緩めた。苦笑の形に。

 

「まったく。仕方ないなあ、シャンテナさんは。工具に掛ける想いは、誰にも負けませんね」

「そうじゃなかったら、ここまで来ないで、とっとと姿をくらましてたわよ。家が荒らされたときにね」

「そうでしょうね。……いいですよ、お付き合いしますよ。でも、ちゃんと約束は」

「守るわ。でないと、ロリメイ観光もできなくなっちゃう」


 つんと澄ました顔を作ったシャンテナを見て、クルトは肩を竦めた。


× × × × ×


 湿った空気が頬を撫でて去っていく。

 下水道特有の、生臭さがしていたのは少しの間で、何度か道を曲がっていると、やがてそれは消えてしまった。

 鼻が馬鹿になったわけではなく、この地下道の構造が臭いを堰き止めているらしい。

 いつの間にか、ただの下水道の汚れた煉瓦の壁から、ひび割れた大理石の壁に変わっていた。苔むしたその壁をところどころ透明な水が流れ落ち、床で集まって、下水とは比べ物にならない清潔な水流を足元に一本作り上げている。ふたりが並んで歩いて、少し余裕があるほどの道幅だ。街の下水処理のために作られた下水道と比べると、明らかに作りが違う。石の様子から、その作られた年代も違うようにみえた。


 カンテラを掲げて前を行くクルトに手を引かれ、滑りやすい道をシャンテナは歩いていた。

 ようやく暗闇に慣れてきた目は、大理石の壁にうっすらと彫刻が施されているのを見取っていた。それはいつか、酒場でクルトが見せてくれた四翼の獅子の紋だ。


「下水道が地下神殿とつながってるなんて、想像もしなかったわ」


 宿を出て、クルトはシャンテナを町外れの下水道の点検溝へと誘った。まさか、地下神殿への入り口が下水道だとは思わなかったシャンテナは、その立ちこめる臭いと湿った空気に一度はひるんだが、気合いをいれて、侵入したのだった。

 他の護衛たちは、下水道の入り口で待機し、入る者がいないか見張っていてくれている。

 

「俺たちは有事の際、ここを通って目的地に駆けつけていたんです。だから、街の至るところに出入り口があるんですよ」


 地下神殿は、地下に張り巡らされた道とその途中にある全施設を含めた総称らしい。施設の種類は、簡易の宿泊所や聖堂、鍛錬場など、多岐にわたるという。


「だからといって、便利なものでもないんです。なんていっても複雑に入り組んでいるから、迷ったら、本当に死んじゃうときもあるんですよ」


 明るく、ぞっとすることを言うので、シャンテナはクルトの顔を仰ぎ見た。


「ちゃんと、道を覚えているの?」

「この辺は大丈夫です。子供のころ嫌って言うほど通ったし。何より――」


 あの日もここを、走ったから。


 言葉尻は不明瞭だったが、音を反響しやすいこの空間では、シャンテナの耳はちゃんと彼の言葉を捕らえていた。

 シャンテナは黒い目で、隅々に闇が(こご)った通路を見回す。ここが、獅子剣神団が最期を迎えた場所。そう思うと、急に、足元の闇が質量を増したような気がした。


 クルトは、今日はあまり話さない。複雑な道を間違わないように、記憶を呼び起こすのに集中しているのか。


「このままいくと、聖堂に出ます。作業ならそこでできるんじゃないかと思うんですが」

「ええ」


 しかし、たどり着いた場所に聖堂はなかった。

 いや。あったにはあったが、すでに聖堂の形を成していなかった。


「ひどい」


 シャンテナの口からは、無意識にその言葉が溢れた。自分の銀の工具を奪われたときと同じ、胸を焼くような怒りが湧いてくる。

 クルトの目指していた聖堂は、さほど大きなものではなかった。

 一般市民の家を二つ繋ぎ合わせた程度の敷地だ。円形の敷地の外周を、正円の水路が通り、中央の四翼獅子の像の口から、水が流れ出して水路に到達する仕組みになっている。水路は通ってきた道のおれとつながっているらしい。

 獅子の像の周りには、剣を模した石器が置かれている。

 天井がそれなりに高くとられているところをみると、気付かぬうちに少しずつ地面の中を降っていたのだ。その天井には、染料で古代の文字を用いた獅子剣神団の聖典が記されていた。


 ただそれだけの聖堂だった。

 豪奢なガラス細工も無い。尖塔もない。旗も無い。建物の規模すら小さく、それは外に顔を出すことも無い、ひっそりとした信仰の場。


 その秘密の場所の守り神は、顔の上半分がなかった。

 空洞になった口から、間欠泉のように、間の抜けた調子で水を吐き出している。

 剣を模した石器には、数々の鉄の槍や剣が刺さり、無残にひび割れ砕けていた。原型をとどめているのは、わずかに二本だ。


 破壊の跡地。シャンテナは、きっと眦をつり上げた。叫びだしたいほどの、熱い塊が腹の底でぐつぐつ煮えたぎっている。


 クルトが神像へと歩み寄った。ゆっくりと落ち着いた歩調で。

 神像の前にたどりつくと、彼は徐にしゃがみこみ、カンテラを横に置いて、腰の剣を抜き放った。剣はカンテラの光で橙色に光る。その刀身を縦にして、クルトは額を刀身に押し当てた。


 神像の吐き出す水の音だけが、聞こえる。

 シャンテナは、その神聖な儀式を、じっと見守った。

 剣を鞘に収め、しゃがんだときと同じ様にゆっくり静かに、クルトは立ち上がった。肩越しに振り返る。その顔は、力ない笑顔だった。

 

 見てはいけないものを見たような気がして、シャンテナは目をそらした。


「すみません、つい」

「謝ることじゃないでしょ。……さて、やるわよ」


 カンテラの灯りを頼りに、ふたりは肩を並べて座った。目の前を、円形の水路が通っており、水が流れていく。

 シャンテナは髪から銀の棒簪(ピン)を引き抜いた。黒髪がばさりと背中に流れる。円形の水路に近寄って、ピンで優しく水面をなでた。


水の精(アンディーン)、お前たちの囁きを」


 水に触れている面から、銀の針の魔法文字が発光しだす。

 そして、そこから細波がさっと水面を走り、聖堂へ繋がっている地下道の水面へと散っていった。

 細波が消えた後も、シャンテナは動かない。じっと水面を見つめたまま、発光し続ける銀針を水にさらしている。

 地味に見えるが、実はこの魔法はとても大掛かりで集中力と体力のいるものなのである。本来、銀の針一本で行使するものではない。もっと銀の使用量の多い大型の工具で魔力を増幅するべきものだ。すぐに、額には珠のような汗が浮かび、顎まで滴りだした。


 それを見て、クルトが慌てた。


「大丈夫ですか?」

「黙って」

「は、はい」


 鋭く叱咤されて、クルトは口をつぐむ。恐る恐るシャンテナの隣までやってきて、水面を覗き込み、別段代わったところが無い事を確認すると、ますます困惑した表情を浮かべた。

 たっぷり一刻は経ったころ。


「……わかったわ」


 ようやくシャンテナが、銀針を手放した。

 それまで堪えていた荒い息が漏れ、がくりと地面に這い(つくば)る。


「うわあっ! ちょっと、大丈夫じゃないじゃないですか! こっちで休んでください」

「そうもいかないわ。これを見て」


 駆け寄り、抱き起こそうとしてくるクルトの腕を払って、彼女は再び銀針を手にした。

 クルトは心配げにそれを見つめる。


火の精(サラマンデル)、お前の炎を」


 水面に向けて差し出された銀針はまた光を灯した。

 すると、水面にある場所が映しだされた。それは、まさにこの水路だった。しかも水面すれすれの、低い視点から聖堂内部を見上げているような状態だ。


水の精(アンディーン)を通じて、地下に残っている、魔力の反応を探したの。水晶庭用の工具は、それ自体に魔力反応があるから、ある程度場所が近づけば、探し出せるかもしれないと思ったの」


 ふたりの目の前で、水面の映像が変化していく。

 水の精が辿っていった、一本の水の道。その水の精が見てきた風景が映しだされているのだ。

 シャンテナには、三度ほど角を曲がった辺りで方向感覚が危うくなってしまう道だった。凝視しているクルトは、確かめるように、指を折って何かを数えている。


 大理石の通路がやがて汚れた煉瓦の道になり、煉瓦の壁を伝って落ちてくる汚水を伝い、水の精はある建造物の中へもぐっていく。細い排水溝は暗く長い。しかし、それをぬけると、明るくはないが広い場所へ出た。

 ここと同じような聖堂の一つらしく、建造物などの作りはよく似ている。ただ、違うのは、そこが荒らされた形跡がないというところだ。綺麗なまま建造物が現存しているのであれば、目指す物が無事な可能性は十分ある。

 水の精は、聖堂にある獅子神像の周りをゆっくり旋回する。その像の中に、魔力の反応を感じるのだ。


「かなり深い場所にある聖堂です。ここからは歩いて半日がかりです」

「場所はわかるの?」

「ええ、それは問題なく。ただ、本当にここにその工具があるんですか? 別物だということは?」

「それは、たしかにあり得るけれど、行ってみる価値はあるでしょう」


 どうする? と視線で投げかけておいて、シャンテナは腰に手をあて、促すようにクルトに顎をしゃくってみせた。


「……もう、わかりましたよ。ただし、もし危険だと判断したら、すぐに引き返します。それに、探し当てたものが別物だったら、そのときも諦めていったん城に戻ると約束してください」

「わかった」


 クルトが疲れたようにため息をつく。


「まったく、あなたは……」


 苦笑まじりに言われて、少しだけ和んだ気がしたのは、シャンテナだけだろうか。


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