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<28>かたわらの赤毛の剣士のみたものは その1

閑話、クルト視点です。四話で終わります

 馬房にマルクリルを預けた後、宿の本館の受付で宿泊名簿に記名した。隣で荷物を抱えているシャンテナの視線を手に感じながら、クルトは彼女の姓を自分と同じものにする。


「ご夫婦で?」

「そうです」

「……はい」


 受付の愛想のない太鼓腹の初老の男と同じ、いや、それ以上に無愛想に、シャンテナが返事をした。渋々というような感じで。今、彼女は防寒対策と見せかけた視線よけに、頭からすっぽりスカーフを被っている。その下でどんな苦い顔をしているか、想像するとクルトは気分が滅入りそうになった。

 

 彼女を伴って、この宿ではそこそこいい部屋に入り、ドアに鍵をかけた。ベッドが二つ並べてある。念のため、窓の外を確認し、人が侵入しやすい位置、あるいはこちらが脱出しやすい箇所を探しておく。窓の鍵のかかりや、ドアの鍵の強度も見ておく。


 クルトが一連の作業をこなす間に、シャンテナはベッドの上に自分の荷をひろげ、黙々とその確認をしていた。スカーフは脱ぎ、外套も脱いだ格好だ。少しほつれた黒い髪が、一房頬にかかっている。その横顔をつい熟視してしまった。

 

「なに?」


 目が合うと、不快そうに睨まれた。

 

「いえ、すみません。夕食あとで取ってきますから、ゆっくりしててください」


 返事もろくにない。クルトはこっそり肩を落とした。


 このところ、彼女との関係は良くなってきたような気がしていたのだが、それはすっかりぶち壊しになってしまったらしい。昼間、自分の言動が彼女の逆鱗に触れたようだが、一体何を間違えたのだろう。見間違いでなければ、彼女はあのとき薄っすら涙ぐんでいた。よっぽど無神経なことを言ってしまったらしいが、思い返しても、よくわからなかった。

 

 お前は本当に頭が鈍いよなっ、と苛立ちを顕にするベルグの顔を思い出した。ベルグと話していてもこういうことはよくある。いつもその原因はあとから、もしかしてこうだったのだろうかと、ぼんやり思い浮かぶのだが、そのときは既に遅いのだ。相手はその時のことをもう乗り越えた後だったり、あるいは別の件でクルトに腹を立てたりしている。謝ると、今更蒸し返すなと叱られるのが落ちなのだ。

 

 今回もおそらくそうなるのだろう。

 

 察しが悪い自分に嫌気が差す。

 こちらに背を向け、荷物の整理をしているシャンテナの後ろ姿を盗み見て、彼はもう一度ため息をついた。もちろん、こっそりと。

 

× × × × ×


 うわ、この子、怖い……。

 

 それが、シャンテナに対する第一印象だった。

 こんな大きな任務を負うのは初めてで、しゃっちょこばってメルソまで出かけていったクルトは、そこで不信感の固まりを抱えたような娘と対峙してびびった。

 ドアを開けて出てきたのが、むくつけき大男――職人というものに対する勝手な思い込みの像である――ではなく、年頃の、若い娘だったのにも驚いたが、その娘に最初から敵意むき出しで睨まれ、追い出しにかかっているのだとわかる態度で接されてさらに困惑した。

 砂糖菓子のように着飾ってふわふわした笑顔を浮かべている、お花のような令嬢たちは城で山程見てきたが、着古した作業着で、殺気に近いものを込めて睨みつけてくるような子にはお目にかかったことがない。商店の、きっぷのいいおかみさんたちの迫力ともまた違う。

 結局まんまと言い負かされて、すごすご帰ることになった。取り付く島もないとはあのことだ。

 

 ――ちなみに後日、思い出したようにシャンテナから「重要な案件を玄関先で話すのはいかがかと思う」と苦言を呈されたが、周辺に人の気配がなかったのは、警戒していてわかっていたので大丈夫だと伝えた。気を遣うところが違うと一蹴された。ぐうの音も出ない。

 

 そして、彼女を上回るような冷たい視線と言葉と熱い鉄拳をベルグから投げかけられ、またメルソにとんぼ返りすることになった。そのときにはサイクスが、メルソの水晶庭師が仕事を引き受けるには、水晶庭の元の持ち主の契約書が必要だという情報を入手し、シュプワ氏の契約書を手元に用意していてくれた。

 

 それを抜きにしてもお前もっとうまくやれよと、色んな人間に言われまくって、クルトは多少凹んだ。


 サイクスに無能呼ばわりされるのはよくあることなので気にもならないが、カークにまで「女の子に言い負かされるなよ、お前」と呆れられたのは痛かった。言われてみればそうである。情けない。だがベルグが言うように、なんなら脅しつけても言うことをきかせろというのは気が進まなかった。殴られれば誰でも痛いのである。

 

 シャンテナには、ちょっと渋られたが、なんとか希望の作業をしてもらえることになった。

 

 水晶庭師が、魔術師の末裔という知識はあったものの、実際にどういうものか、もちろん知らなかった。今現在、水晶庭師を名乗っている人間はいないし、魔術の徒もいないのである。


 無理を言って踏み込んだシャンテナの作業場で見たのは、不思議な光景だった。


 作業場に置かれている工具はほとんどが鉄製だ。だが、娘がごそごそ取り出したのは、綺麗な銀の工具だった。銀では通常、柔らかすぎて工具に向かない。

 しかし、シャンテナが手をかざし、言葉をつぶやいた途端、細かな光の粒子が収斂して輝くようになったその工具は、いとも簡単に水晶に刺さった。よく見れば、水晶の表面が細波(さざなみ)立って、工具を挿し込んだ周囲が液体のようになっているのだ。高く澄んだ、りんという音が、彼女が工具の角度をわずかに変化させるたびに鳴った。

 シャンテナの、夜のように黒い目が淡い赤色に輝いている。日焼けがほとんどない白い肌に照射される光で、その輪郭が金色に染まっていた。彼女を照らす光は、室内の他のものにもあまねく降り注ぎ、棚で出番を待っている工具や、図案集や、加工途中の宝石たちもきらきらとさせる。

 

 すぐに、シャンテナの額に珠のような汗が浮きはじめた。しかし彼女は瞬きも少なく、息を詰めるようにして、作業を続けた。背後にいるクルトの存在など忘れたような緊張感を持ったまま。一瞬、ハンカチを手渡そうか考えたクルトだったが、彼女の作業に水を差すのを恐れ、黙ったままその工程を見つめた。

 

 魔法って、綺麗なんだなあ。そう思った。神聖で、厳かで、そして繊細だ。


 なかなか面倒な任務だと思っていたが、この瞬間に立ち会えたことはよかったのではないか。そうでなければ、こんな、自分まで息を潜めて見つめてしまうような、誰かの作業風景を知ることは、一生なかっただろうから。

 

 そのとき、クルトの中でのシャンテナの位置付けが、おっかない女の子から、おっかない職人気質の女の子に変化したのだった。まさかそのときは、彼女と一緒に旅をすることになろうとは、想像もしていなかった。

 

× × × × ×

 

 旅自体はそこそこの回数をこなしているので、大きな不安はなかったクルトだが、そこにシャンテナという異物が加わることで、一気に心配事が増えたのだった。

 まあ、なんとかなるだろうと気安く構えていたのは、メルソの町境までだ。

 マルクリルにまたがった彼女を、背後から抱えた時、驚いた。

 

 え、華奢すぎないか、と。

 もちろん、鍛えている軍人である自分よりは小柄なのはわかる。しかし、それにしても。

 そこではたと気づいたのだ。この子、普段の態度が大きいので、見た目より大きく見えるだけで、実際は他の女の子となにも変わりないんじゃないかということに。


 いささか動揺しながらも、緊張が触れ合っている部分から伝わってくるほど体を強張らせているシャンテナに、それを気づかれたら、よけいに緊張させてしまうだろうと、気を引き締めた。

 それでも、本当に女の子とふたり旅なのか、という遅れてやってきた衝撃はなかなか緩和されず。

 

 メルソの隣町、スラの宿屋で一室しか空きがないという事態に直面して、ついに表面化してしまったのだった。


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