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少女転生  作者: まーくん
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 もう時刻は深夜をとっくに過ぎていた。家族は心配しているだろうかと思ったが、携帯に連絡が入っていないところを見ると案外自分の不在に気付いていないのではないかと直人は思っていた。

 こちらから無事を伝えようかとも考えるが、連絡を入れれば今どこで何をしてるのかと聞かれるだろう。今病院で怖いおじさんたちと一緒に居ると言って信用されるだろうか。信用されたとして両親はパニックを起こさないだろうかと考えると、このままこっそり帰って寝床に潜り込むのが良い気がした。

 高多クリニックと言う名前のこの病院は、どうやら怖いおじさんたちと顔馴染みのようであった。血塗れと男と少女が運び込まれても警察に通報されると言うことはなかった。

 直人に関する処置は簡単なものだった。顔の痣程度の傷しか負っていなかったので当たり前だが。そのため、彼は暇を持て余していた。

 病院のソファーで仮眠を取ろうと横になり、寝付けなくて体を起こし、携帯を弄って無駄に眺めたり、そしてまた寝ようとして諦めると言ったことを繰り返している。綾のことは任せて帰ってしまうことも考えたがなんだか薄情な気がして気が咎めていた。

 むしろ自分の存在が忘れ去られてしまっているのではないかと直人は思い始めていた。病院のスタッフも、怖いおじさんたちも誰も自分を訪ねてこない。本当にどうしたらいいのだろうとまごまごしていたそんな時、杖を突いた老人が直人の目の前に現れた。

「彼女が目を覚ましたらしいよ」

 柔和だが威厳のある低い声音で老人はそう言った。

「そう……ですか……」

 なんとも言えず直人がそう答えると、老人はすっと身を正すと深々と頭を下げて来た。

「今回の騒動、身内のいざこざに巻き込んでしまって本当に申し訳なかった」

 声をかけて来た時と正反対の畏まった固い声に、直人は逆に恐縮してしまった。

「あ、いえ、そんな、大丈夫ですから……」

 怖い人の大親分に平身低頭謝罪されると言うのも、根拠なく恐ろしい物を感じてしまう。

 身を起こすと老人は難しい顔をして顎に手をやった。

「常々ウチの者には、他人様に迷惑が掛かるようなことはするなと言い伝えてはいたんだが、何分末端の方にまで目を光らせるのは難しい。本家があまり口うるさいと煩わしく思う者もおるからな……」

 と、気付いたように再び老人は頭を下げた。

「いや、これは言い訳だったな。忘れて欲しい」

 そう言って懐に手を入れる。

「これはお詫びの気持ちだ。些少で申し訳ないが受け取って欲しい」

 取り出された茶封筒の厚みにぎょっとする。優に紙の束が数百枚入っていそうなその貫禄に足がすくむ。

「い、いえ! 貰えません、こんな……」

 貰ってはいけない金のような気がする。しかしうろたえる直人の手の中にそれをねじ込んでくる。

「いや、これでも足りないくらいだと思っている。怪我はもちろんのこと、怖い想いもさせてしまった。金で解決するようで心苦しいが、慰謝料と思って受け取って欲しい」

 紙しか入っていないはずのそれはずっしりと重い。その重さと同じように事態の重さも感じさせる。

 無理やり直人に封筒を持たせると老人は続ける。

「あの男の処遇については私たちに任せて欲しい。行いに見合う償いを課すことを約束しよう」

 そして再び頭を下げる。

「今夜あったことは忘れて欲しい。それがお互いの為だと思う」

 つまりは、封筒の中の重みの中には口止め料も含んでいると言うことなのだろう。手の中の重みが増す。自分が汚れた人間のように思えてしまう。

 その想いを知ってか知らずか、老人が微笑みかけて来る。

「彼女に顔を見せてあげるといい。きっと安心するだろう」

 老人は笑顔を曇らせる。目を細め、悲しげにも見える顔で直人を見つめた。

「あの娘の事、よろしく頼むぞ」

 言い残して老人が去っていく。

 手の中を眺めるとそこには封筒に入った金しかなく、汚れたところなど何もなかった。それでも直人はじっと眺め続けた。


 直人が綾が居る病室に入ると、彼女は話と違って寝ているようだった。一度意識を取り戻して再び寝てしまったのだろうか。

 彼女は血だらけだった服を着替えさせられ、病院の寝間着になっていた。彼女の顔は痣だらけで、頭には包帯を巻いている。改めてみるとかなりの重傷に見えた。無傷の美人だった顔を思い出すと痛々しさがさらに増した。

 寝ている彼女の姿にヤクザの事務所で暴れていた時の荒々しさの面影はもうなかったが、それでも彼女の恐ろし気な咆哮が耳に残っている。

 彼女は一体何者なのだろう。病院で暇を持て余している間ずっと考えていた。

 彼女はお金持ちのお嬢様で、可憐で、清楚で、教養のある才女。そんな漠然としたイメージだけで今まで付き合ってきた。これまではそれで良かった。だが高校の入学式から今日までで、それまでとは違った彼女を見せつけられて直人は分からなくなっていた。そして思い知らされた。彼女のことを何も知らない。

 彼女はどういった人間なのか。どういった家に生まれて、どう育ってきたのか。家族は? 趣味は? どんなことに怒り、どんなことに喜ぶのか?

 尋ねたこともなかった。自分はただ浮かれていた。お嬢様と言う華々しいブランドが自分のモノになったと勘違いして、ただはしゃいでいただけだった。

 今まで付き合っていた彼女が彼女じゃなかったのなら、自分は今まで一体何と付き合っていたのだろう。疑問が過る。

 では今の彼女が本当の彼女なのだろうか。ヤクザと問題を起こし、人間離れした身体能力で男たちをボコボコにする彼女が……?

 分からない。

 直人は手近にあったパイプ椅子に頭を抱えながら腰かけた。ポケットに入れている分厚い札束が違和感を与えて来るのが不愉快だった。

 ヤクザの目的が綾であるようなことを言っていたのを思い出す。おそらく自分が原因ではないだろう。自分はヤクザに絡まれるような覚えはない。ヤクザに絡まれる前にヤンキーとモメたことを思い出したが、あれがヤクザと仲間だったというのも違う気がする。

 ヤクザとお嬢様と言う言葉が頭の中で関連付けられる。ただ漠然としたお金持ちと言うイメージが、危なげなものへと変わっていく。それはあり得ることなのか、それとも馬鹿げた妄想なのか。どちらとも言える気がして答えが出ない。

 この先今までのように彼女と付き合える気がしない。どう接していけばいいのだろうか。本当に今日の事は忘れて今まで通りに接するのがベストなのだろうか。

 益体もない妄想と、解決しなければならない問題がごちゃ混ぜになって頭をグルグル駆け巡っている。いくら脳内で混ぜ合わせてみても答えが出ないのは分かっているが、頭からそれらを追い出すのは困難だった。

 疲れた面持ちで、抱えていた頭を持ち上げて彼女を見ると、彼女の両目がこちらを見返していてぎょっとした。直人はうろたえながらも取り繕う。

「あ、えっと、お、起きてたんだ……ビックリしたよ」

 我ながらぎこちない笑顔だなと思いながら直人はそう言った。

 彼女は悲し気な表情を浮かべながらちいさく、ごめんねと呟いた。傷だらけのはずの体を割と平然と言った様子で起こした。

「起きて大丈夫なの?」

 直人が尋ねると、

「平気よ、全然痛くないし」

 拳銃で撃たれてそんなわけないはずなのだが、彼女に傷を痛がる素振りは微塵もない。直人を安心させるように気丈に笑って見せていた。

 何とも言えず直人は「そう……」と呟くだけだった。それきり会話が続かず黙ってしまう。

 気まずい沈黙の中、何か会話しなければという使命感のようなものがあったが、これと言って特に話すことも思い浮かばない。思い浮かんだとして、聞いても差しさわりの無い話ではなかった。今思い浮かぶものと言えばやはりさっきまで思い悩んでいた内容の物ばかりだった。

 かと言って、唐突に関係のない話をするというのも不自然な気がする。明日の天気は晴れるかな、なんて言えば間抜けに見えるような気がする。

 病室から窓の外を眺める。闇に沈む空は特に雲もなく晴れそうではあった。

「ねえ……今、何時ごろかな……?」

 声を掛けられ振り返ると、綾は直人と同じように窓の外を眺めて居た。

「え……さ、さあ、どうだろうね……」

 唐突に問いかけられて直人は思わず適当に答えてしまった。言ってから、彼女の意図を捉えかねて考える。本当に時間が知りたかったのか、それとも自分と同じように適当な話題が欲しかっただけなのか。

 携帯を取り出して確認しようか迷っていると、彼女はすっと視線を戻して直人の顔を見つめ返してきた。

「行きたいところがあるの」

「え……?」

 怪訝に思い、彼女の言葉に聞き返す。

「こんな時間に……?」

 彼女はこくりと静かにうなずくと、そのままベッドから降りようとした。

「だ、ダメだよ! 寝てた方がいいって!」

 慌てて押しとどめようと手を差し出す。と、彼女はその手を握りしめて来た。突然のことに思わず肩を跳ねさせてしまう。

 彼女が真摯な瞳で見つめて来る。

「お願い……一緒に来てほしいの……」

 思いつめた様子の彼女に少し不気味な物を感じる。こんな時間に怪我を押してまで行きたい場所と言うのもさらに拍車をかける。

 断りたい気持ちはあったが、彼女の真剣さも伝わってくるため、何やら断りにくい雰囲気を感じていた。さらにぎゅっと握られる手に体温を感じる。脅されてるわけでもないのに脅されているような気がしていた。

 我ながら流されやすいとウンザリしながらも、直人は小さく頷いていた。そんな直人に綾は小さくありがとうと呟いた。

 綾の事を頼むと言う老人の言葉が頭を過る。

 ポケットの中の札束が重い。

 金で買収されたようでなんだか居心地が悪かった。

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