表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
少女転生  作者: まーくん
14/19

13

 おかしい。自分はなんでこんなところに居るのだろう。目の前で熱唱を続けている綾の姿を眺めながら、直人は考えていた。

 今日直人は普通に朝に目覚め、普通に学校へ登校した。いつもある綾からのおはようメッセージがなかったことを訝しんだが特に気には止めていなかった。綾がその日学校を休んだのを知ったのは、学校に到着してからのことであった。

 どうしたのかと携帯でメッセージを送ってみても返事はなく、そのまま時は流れていった。そうして日は暮れて、自宅で何をするでもなく携帯を眺めながら時を過ごしていると、唐突に綾からの返信があった。

 ごめんなさい、話がしたい、外で会いたい、と言った内容のメッセージだった。

 もうその時既に夜中をかなり回っていたため、正直今から出かけるのは憚られた。高校生が出歩くような時間帯ではない。それでも直人が家を抜け出してきたのは、綾の様子からただならぬ物を感じたからだった。

 しかし、直人は何故かここに居た。カラオケボックスの一室で、顔に負けないぐらいの美しい声で熱唱する綾の姿を、呆然とした面持ちで眺めながら、腑に落ちない気持ちを抱えていた。

 一曲丸々歌い上げて、満足そうに座席に戻ってくる彼女に対して、直人は怪訝そうに尋ねた。

「ねえ、何か話があるんじゃなかったの?」

「ん? 別になんでもないよ。ただ直人くんと遊びたかっただけ」

 彼女はあっけらかんと言ってのけた。

「ねーねー、お腹減ったしピザでも頼もうよ。それに歌ったら喉乾いちゃった」

 陽気そうにペラペラとメニュー表をめくる綾。髪や衣装やメイクなどは大人しいままだったが、雰囲気はなんだかまたギャルっぽさが戻ってしまった気がする。

「本当に……? 今日休んだことと何か関係があったんじゃないの?」

 もう一度確認する直人に、やはり笑って綾は答えた。

「本当になんでもないって。ただちょっと気分が乗らなかっただけ。さ、カラオケもっと楽しもっ♪」

 そう言って先ほどと同じ曲を入力すると、綾はマイクを持って行ってしまった。


 直人はすっかり笑顔でカラオケ店から出てくると、何かに気付いたようにハッとした。

 いけない。ついつい流されて思いっきりエンジョイしてしまった。場の空気に流されてしまうのは自分の悪い癖だと直人は反省した。

 しかし考えてみれば、こういったところに綾と一緒に来るのは初めてだったかも知れない。今まではほぼ校内での付き合いに留まっていた。そう考えると、初めて恋人らしいデートができた気がしてちょっとうれしかった。ちょっとくらいハメを外すのも悪くないかもしれない。

 だが、これ以上はさすがにマズい気がする。この時間帯に警官か補導員にでも見つかれば一発でアウトだ。そんな憂き目にあえば、彼女の家族にも自分の家族にも合わせる顔はない。こんなでも一応真面目人間で通しているのだ。

「ねえ、もうそろそろ帰った方がいいんじゃないかな? もうこんなに遅い時間だし……」

 それとなく直人は促したが、いやいやと綾は直人の腕にしがみついてきた。

「やーだー。直人くんと一緒にいたい」

「いや、でもさ……」

 直人がなおも説得を試みようとすると、彼の腕に綾が顔を埋めて来た。

 そのまま数秒沈黙する。綾の息遣いが聞こえる。

「お願い……今日は帰りたくない……」

 そんなドラマ張りのセリフを言われるとは思ってもみなかった。普段ならその滑稽さに思わず笑ってしまったかも知れないが、なんだか綾の艶っぽい声に直人は息をのんだ。

「ね? いこっ♪」

 ぱっと顔色と声音を切り替えてニッコリとほほ笑みかけて来る綾。そのまま直人の腕を引っ張って歩き始める。

「ちょ、ちょっと……」

 抗議の声を上げるが無理やり歩を止めるほどではない。直人は何となくついて行ってしまった。

 やや歩いていくつか路地を曲がると、直人は目に飛び込んできた刺激的な風景にぎょっとしてしまった。

「こ、これは……」

 やたらにピンク色の看板が多い路地だった。通りに歩く者は、男女の二人連れや酔っ払いらしき数人の団体が多かった。高校生が立ち入ってしまっていい場所ではない。倫理的に考えて。

「あそことかどうかな?」

 言って何気なく指さす彼女。そこは明らかにラの付く宿泊施設だった。

「いやいやいやいや、ダメでしょ!?」

 飛び退るように綾の体から離れる。すると彼女は怪訝そうに眉根を寄せて直人を見つめて来た。

「どうして……?」

「どうして……って……」

「直人くんは……嫌なの……?」

「いや、そういうわけじゃないけど……」

 言い淀んでいると、再び彼女は静かに体を寄せて来る。そうして頬を染めて、直人の服の裾を指先で握りしめて来る。

「私は……嫌じゃないよ……?」

 ヤバイ、と直人は思った。何がヤバイって自分の理性が吹き飛んでしまいそうなのがやばかった。理性と欲望の間で足がガクガクと震えていた。もしかしたら怖気づいているだけかも知れない。自分の心中の複雑さに直人は煩悶した。いたいけな男子高校生にこの誘惑を振り切るのは不可能に思えた。

(俺は悪くない……!)

 何もかも他の何かのせいにしてしまいたかった。生唾を飲み込んで、彼女を抱きしめようと心が傾きかけた時だった。

 どんっと背後から誰かに押される。倒れてしまいそうになって、彼女の体を抱えた。なんとか踏みとどまって背後を見やった。

「ンだコラァ……ッテェなァ……ッ!」

 品のない剣呑な声音に、ひやりと肝を冷やした。明らかにガラの悪い大学生ぐらいの集団だった。強面のからチャラ男のようなのまでいる。明らかにアルコールを含んでいて目が座っていた。

「テメェ! ぶつかっといて詫びの一つも無しか!?」

 明らかにぶつかって来たのは相手の方なのだが、言って聞き入れるような人間には見えない。体を左右に揺すっているのは威嚇の現れなのか、それとも単に酔っているからなのだろうか。

「す、すみません……」

 情けないと思いながらも謝ってしまった。しかし問題を大きくして綾を巻き込んでケガなどさせられない。そもそも自分より頭一つ分大きい年上連中に勝てるはずもない。生まれてこの方喧嘩らしいものなど一度もしたことがない。

「お前、中学生か?」

 それでも腹の虫が収まらないのか、ぶつかって来たスキンヘッドの男は直人の胸倉を掴み上げて来た。確かにどちらかと言えば童顔で華奢な方である。中学生に見えなくもない。実際少し前までは中学生だったわけだが。

「ガキがこんなところ女連れでウロチョロすんじゃねぇ! 生意気なんだよ!」

 直人は男の振り上げる拳に頬を殴り飛ばされた。視界が飛び、地面に倒れ伏す。

 恐怖に戦慄しながら男に視線を戻すと、そこに男の姿はなかった。何故か男も自分と同じように地面に伏していた。

 そして自分の前には拳を振りぬいた形で綾が立ちふさがっていた。

「ウチのカレシに何してくれてんだコラ。ぶっ殺すぞテメェ!」

 今まで聞いたことのない声と恐ろしい形相だった。我を忘れたような般若の顔で、続けざまに足の底を倒れ伏した男の顔面にめり込ませた。顔を潰された男が地面をのたうち回る。

「な、なにしてくれてんだこのアマァ!」

 にわかに色めき立った男たちが綾に殺到する。面倒くさそうに眺めると、綾はとびかかってくる男たちを順に叩きのめしていった。

 二人、三人と捻り潰されていく仲間たちの姿に、男たちの気勢がそがれた。彼女を取り囲んではいるが、飛び掛かっていくのを躊躇っているようだった。

 その中の一人が懐からナイフを取り出した。人を脅すにはちょうど良い、ちっぽけな飛び出しナイフだった。ちらつかせるように刃先を左右させる。そのナイフを見て、綾は若干目つきを変えた。

「……ンのヤロォ……調子のんじゃねえぞ!」

 男が綾に躍りかかる。ナイフを人に向けるのは初めてなのか、それとも綾の迫力にビビっているのか、その突進は腰が引けていた。

 その突進よりも数段早く、綾は男の懐に滑り込んだ。次の瞬間には男は地面に叩きつけられ、ナイフは綾の手に移っていた。そのまま男の腕を捻りあげてうつぶせにすると、後ろ手に男を組み敷く。手の中のナイフを躍らせて逆手に持ち替えると、閃くナイフを振り上げた。

 あっと声を上げる刹那の瞬間――止める間もなかった。肩甲骨のちょうど後ろの辺りを刺し貫かれ、男が絶叫を響かせた。

 綾が身を起こす。肩を貫かれて激痛にぎゃーぎゃー喚き続ける男を、彼女は冷ややかに見降ろしていた。ただ無表情に。その姿からは感情らしいものは見受けられない。

 直人は胃の底にぞっと冷たい物を感じていた。今しがた人を刺した人間の反応ではない。まるで流れ作業をするような面持ちで、彼女は佇んでいた。そのままの視線を、残りの男たちへ向ける。

 男たちも同じ不気味さを感じたのだろう。すっかり戦意を喪失した様子で、男たちは倒れている仲間のことなど無視して散り散りに逃げ去って行った。

 綾はそちらのことなどまるで興味ないようにそっぽを向くと、最初に叩きのめした男の方へと歩み寄っていった。血みどろの顔面を押さえてうずくまる男の腹を蹴り上げる。

「ほら、謝んなさいよ。私のカレシに謝りなさいよ」

 それでも痛みに呻き続ける男を、綾は何度も腹を蹴り上げ続けた。

「謝れよ。謝んなさいよ。あーやーまーれーよーォ!」

「は、はぅ……」

 声を漏らす男に苛立たし気に舌打ちすると、綾は胸倉を掴み上げて固めた拳を男の顔面に叩き込んだ。新たな鮮血が飛び散る。

「人の彼氏に手ェだしといて、いつまでもウネウネしてんじゃねぇよコラァ!」

 男は何本か歯の欠けた口から何とか声を絞り出した。

「うう、あ……もう勘弁してください……」

 その言葉を聞くなり綾は男の顔面を非情にももう一度殴りつけた。

「このハゲェーッ! ちーがーうーだーろォー! 違うだろォッ!」

 マウントを取りながら男の顔面をボコボコに歪めていく。

 それまで呪縛にかけられていたように動けなかった直人ははっとして飛び起きた。打楽器のような軽快さで男を折檻し続ける綾を後ろから羽交い絞めにする。

「ダメだよ! それ以上やったら死んじゃう!」

 なんとか彼女を引き上げると、直人は辺りを見渡した。さすがに周りはちょっとした騒ぎになっていて、中にはこちらに携帯のカメラを向けている者も居た。

「行こう!」

 強引に彼女の手を引っ張って直人は走った。夜の繁華街の路地をいくつも曲がる。人気がない所を求めて走れば、自然と裏路地のような道へ導かれていった。

 誰も居ないのを確認してから直人は息を吐いた。

 先ほどの光景はなんだったのだろう。信じられない想いで震える腕を抑えた。まるで彼女の中に潜む獣を見たようだった。お嬢様の彼女とも、天真爛漫なギャルの顔とも違う。闇を纏った黒い獣だ。

(やっぱり普通じゃない……!)

 改めて確信する。今まで感じていた違和感の正体を見たような気がした。

 だがそれを知られてしまえば殺されるような気がして――そんな根拠のない強迫観念に突き動かされて、わけもなく綾に笑顔を向けた。

 不意に、すっと、綾の手が差し伸べられる。ぞっとして背筋が凍り動けなくなる。その指先は先ほどの男たちの血で濡れていた。

 そのまま首筋に手が当てられ首を絞められる。と思ったがそうではなかった。血の付いていない手のひらで直人の頬を包み込んで、優し気に微笑みを浮かべる。

「ダイジョウブ……?」

 言葉の意味が理解できるまで数秒かかった。彼女は少し痣が残った直人の頬を気にしているようだった。

「う、うん。大丈夫だよ」

 もとより酔っ払いの腰の入らない一撃だった。大したことはない。それよりも叩きのめされた男たちの怪我の方が心配だ。

 今更あの場を逃げ出したことを後悔し始める。あの男たちは野次馬の通報で救急車が来るから大丈夫かもしれないが、当事者である自分たちが逃げ出したのはまずかった。もしかしたら野次馬にバッチリ写メられたかもしれない。逃げ出したのはまずかっただろうか。

「大丈夫だよ」

 不安を払拭するようにもう一度口にする。安堵するように彼女は目を閉じた。

「良かった……」

 瞬間、路地の闇から躍り出た影が、彼女の頭を打ち据えた。鈍い音が響いて彼女が地面に倒れ伏した。

 訳が分からず戸惑っていると、直人は突然後ろから羽交い絞めにされた。抵抗しようにも絡みつく腕は直人の物とは比べようもない野太い剛腕だった。

「間違いありません、この女です!」

 フードを目深に被った男が、倒れた綾の顔を覗き込んでいた。得意げな顔で男は続けた。

「格好は前と違いますが確かにこの顔です。これでも俺、女を見る目だけは間違いないんで」

 よく見ればその男だけ周りの男より小柄で、ホストのような風貌をした男前だった。

 直人は周りを見渡す。屈強な男たちが数人、綾と直人を取り囲んでいる。さっきの酔っ払いの仲間たちかと思ったがそれとも違うような気がした。先ほどの男たちより数段は人相が悪い。有体に言ってチンピラではなく本職の方たちのように見えた。

「な、なんなんだお前たち!」

 誰かに気付いてほしくて多少大げさに騒ぎ立てる。が、男の一人がすっと閃く刃を取り出し直人の腹に押し当てた。ナイフとは違う、白木の柄で肉厚な刃物だった。

「騒ぐな、面倒が増える」

 脅されて、直人は黙るしかなかった。どう考えても尋常な人間たちではない。

「お前はなんだ。この嬢ちゃんのオトコか?」

 ドスを握る厳つい男が尋ねてくる。直人はただ黙って頷いた。

 男はしばし考え込んでいるようだった。まさか逃がしてくれるのだろうか。そう直人が考えていると、男はあっさりと言った。

「連れていけ」

 手に持つ刃物で近くに停めてあった車を指す。

「俺は少し楽しんでいくからよ」

 にやりと下卑た笑みを浮かべる。それが意味することは語らずとも想像できた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ