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少女転生  作者: まーくん
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 とある雑居ビルの最上階のオフィス。そこで男が来客の対応をしていた。スマートに着こなされたスーツにはクリーニングに余念がない。いかにも生真面目そうなビジネスマンと言った風体のその男は、見た目とは対照的な剣呑な眼差しを向けながら、くいっとメガネを上げる仕草をした。威嚇しているわけでもないが、その仕草に相手は僅かばかりの敵意のようなものを覗かせていた。

「どうぞ、お掛けになってはいかがですか。なんならお茶もお出し致しますが」

 相手が断るだろうと分かりながら、男は自分が座っている対面の接客用ソファーを示した。

「いや結構。お宅がここの社長さんか?」

 相手は挨拶もそこそこに本題を切り出してきた。

 相手は二人だった。街中で一般人が会ったなら思わず避けて通りたくなるような人相の年配の男と、まだ青臭さが抜け切れていないような青年の二人組だった。二人は刑事だった。応接間に通す前に年配の男に警察手帳を見せられたが、見せられなくても大体想像が付いた。こんな人相の悪い人間はヤクザか警察関係者かに決まっている。

 にらみを利かせて来る刑事に対して男はにべもなく答えた。

「いえ、社長は現在社用でこちらには居られません。私は臼井と申します。接客や経理と言ったことをやらされる、言わば雑用係ですかね」

 自嘲気味に笑って見せたが、相手は面白くなさそうに鼻を鳴らすだけだった。

「警察にご厄介になるような商売をしているつもりはないんですがねえ……。御用件をお伺いしておきましょう。社長には後程お伝えしておきます」

「例の件に関してだ」

「例の件……ですか……? 一体何のことでしょう?」

 あからさまにとぼけた態度を見せると、刑事はますます機嫌を損ねたようだった。

「先日捕まった詐欺グループの事件に関してだ! お前たちと奴らが繋がってることなんてわかってるんだぞ!」

 強面の刑事の後ろから、勇み足を見せ身を乗り出して若年の刑事が割り込んでくる。その青二才の脇腹を苛立たし気に脇腹を小突いて黙らせると、ベテランの刑事が後を継いだ。

「その主犯格の男、ここから金借りてるらしいじゃねえか。それも相当な額の……」

「さあ、どうなんでしょうね。存じかねます。ニュースなどで事件のことは知っておりますが。こんな小さな事務所ですが、顧客一人一人の情報を覚えて居られるほど事業規模は小さくはないのですよ」

 ことさらに嫌味を含んだ口調で言い放ち、またメガネをくいっと上げる。

「つまり何が言いたいんですか? 詐欺グループがここから金を借りていることに何か違法性が?」

 お前らが指示を出していたんじゃないのかと、そう言いたげな眼差しを刑事たちは向けてきたが、さすがにそれを口にすることはなかった。証拠はないのだから。

「詐欺を働いて借金返済に充てていたのかも知れませんが、そんなのウチには何の関係もありませんよ。お金に色はないのですから。大体こちらとしても、あらぬ疑いを掛けられていい迷惑ですよ」

 言って、ニヒルな笑みを浮かべる。が、もう刑事はこちらの挑発には乗ってこないようだった。ただ冷淡な眼差しで見つめ返してくるだけだった。

 代わりに若い方の刑事がまたしゃしゃり出て来る。

「しかしあの男への貸付はどう考えても不自然だろう! 担保も無くあんな大金貸すなんてどうかしてるとしか思えない!」

「だから何だと言うんですか。アナタは我が社の社員ですか? それとも転職をご希望で? 我が社の経営やリスクマネジメントに対して意見される覚えはありませんが」

 冷ややかに臼井が言い放つと、ベテラン刑事は深くため息をつくと若い刑事を押し戻した。それを眺めて、臼井は満足げに笑みを投げかけた。

「おっと失礼。社長への伝言でしたね。ご用件は?」

 言いたいことの大半を潰され、他に言うべきことなどなさそうにも思えたが。ベテラン刑事はぼそりと呟いた。

「詐欺グループのメンバーが一人、未だに逃走中だ。奴の身元は割れてるが、身辺を探しても見つからん。どこか心当たりはないかと思ってな」

「知るわけがないでしょう? 私たちは何も関係ないのですから」

「……詐欺グループの連中をボコった方も未だ不明だ。こっちも心当たりは無いか?」

 それに関しては本当に何も心当たりがなかった。商売敵の横槍と言う可能性はあるが、わざわざ女子高校生を装って邪魔してくるとも思えない。

 臼井はため息をついた。

「私の意見を述べるなど僭越でしたね。私はただの雑用係なのですから……。承りました。社長に伝えておきましょう」

 言うと、すっくとソファーから立ち上がり、事務所の出入り口を手で示した。

「他にご用件がなければお引き取りください。金融業は信用が命なんです。痛くない腹を探られて警察にうろつかれて、営業妨害も甚だしい」

 警察が出入りしている金融屋などと噂が立てば、どんなに金に困っている人間も寄り付かなくなってしまう。臼井は語気を強めて抗議を露わにした。

「どうぞ、お引き取りください」

 もう一度促すと、刑事たちは何も語らずそのまま事務所を立ち去っていった。

 その後姿を見送った扉をそのまま数秒眺める。刑事たちが階段を下りていく音を確認してから、臼井は事務所の奥へと足を向けた。そこには別室に通じる扉があった。

「警察の奴らは追っ払って来ました。諦めたかどうかは分かりませんが……」

 告げながら扉を開ける。そこには黒皮のソファーに身体を沈めた、いかにもチンピラ上がりのヤクザと言う風体の男と、地べたに正座させられたホスト風の若者が居た。ヤクザの方はこの会社の社長の黒澤だった。

 臼井はホスト風の若者の方に怪訝な目を向けながら言い放った。

「何故この男が居るんですか……」

 難問に直面したような面持ちで、頭痛のする頭を押さえる。その男は、警察が目下捜索中の詐欺グループの残りの一人だった。

 無論事情を知らないわけではない。警察に追われているから泣きついてきたのだ。だが臼井はそのことを言っているのではない。

「こいつらとウチらは関係ないと言う建前でやってんですよ。ここに入れたら意味ないじゃないですか」

 正直苛立っていたが、臼井はそれを表に出さないように努めて冷静に語った。

「指示が形に残らないように連絡手段も限定するように図らったというのに……。大体、こことの繋がりはリーダーの男しか知らないはずなんだがな……」

 ちらりとホスト風の男の様子を覗き見る。彼は正座しながら小刻みに震えているようだった。今更ながらここに逃げ込んだことを後悔しているのだろう。手放しで歓迎されるとでも思っていたのだろうか。

「オイ」

 聞こえているのかいないのか反応のない、黙したままの若者に近づき、足で軽く脇腹を小突いてやる。彼はことさらに驚いた様子で小さな悲鳴を漏らして事情を説明した。

「あ、あの……あの人に気に入られてたみたいで……俺にだけこっそり教えてくれたみたい……です……」

 消え入りそうな声は聞き取りにくくて余計イライラしたが、それでも辛抱して臼井は思考を巡らせた。

「じゃあ他の奴らは知らないんだな?」

「……はい……と、思います……」

 この話、どこまで信用していいものだろうか。リーダーの男は思ったよりもバカな人間だったらしい。これだからチンピラどもは信用ならないのだ。無能な馬鹿などもはこんな簡単な秘密も守れないのだろうか。最悪メンバー全員に漏れている可能性はある。奴らの自白だけでどこまで立件できるかは怪しいものだが、懸案事項であることには違いない。警察の庇護にあるので直接手を下すのは難しいが、弁護士を通じて脅しの言葉を送って釘をさしておくぐらいことは必要かも知れない。

「そちらの方は何か手を打っておきます」

 向き直って、ソファーにふんぞり返ってる男に告げる。返答はなかったが、反対の弁はないようなので任せると言うことなのだろう。

「この男の処遇に関してはどうしましょう?」

 相変わらず正座して縮こまっている男を示しながら、社長に尋ねる。

「会社との繋がり知られちまってる以上、このままサツに突き出すわけにもいかねェだろ」

 気のない様子でタバコを吹かしながら、社長はホスト風の男をじっとりとした暗い眼差しで眺めた。

「匿う気ですか? いっそバラした方が早くないですかね」

 警察にチクると言う意味ではない。この稼業はそんな甘くはない。

 それを察したのか、ホスト風の男はさらに怯えて、額を床にこすり付けた。

「絶対に……絶対に警察には吐きません! ですからどうか……!」

 言葉が出てこないのか、後はブルブルと震えあがっているだけだった。

 これだけ脅しが効いているのであれば、この男が警察に自白することはまずないように思えた。あとはこの男が警察に見つからずにここから出て行って出頭してくれれば一番面倒が掛からない。幸い事務所に入ってくるところは見られなかったようだ。確信があるならば先ほどの刑事たちはこの部屋に押し入っていたに違いない。しなかったということは見られなかったということだ。

 あとはこの男をどう見られずに建物から出すかだ。方法はいくつかあるが、一番妥当なところでは、ビルの下層階に入っている店の物資搬入に紛れ込ませると言う手だろうか。表面上は別経営と言うことになっているが、組がすべて牛耳っているというのが実情である。これくらいの工作ならば容易だ。警察に張られているかもしれない事を考えると、リスクと天秤にかけて出来るギリギリのところがこの辺りだろう。

「まあ待てよ臼井ちゃん……」

 唐突に、悠長に構えていた社長がむっくりと起き上がった。煙をくゆらせながら、ゆっくりとホスト風の男へと歩み寄っていく。何か嫌な予感がする。

「キミさ、名前、なんて言ったっけ?」

「……ハヤト……です……」

「そうか、ハヤトくん……」

 しゃがんでその若者の顔を覗き込み、タバコの煙を浴びせかけながら、黒澤はポンポンとハヤトの頭に手を乗せる。やられた当人は猛獣に前足を掛けられたような絶望したような表情をしていた。

「場合に寄っちゃあ助けてやらんでもない」

「……本気ですか社長?」

 臼井は怪訝な表情を向けた。黒澤はそのまま続けた。

「お前らをボコった女の顔は覚えてるか? そいつ攫ってこいこい。見つけて来るだけでも構わん」

「社長……!」

 たまらず臼井は非難の声を上げた。

「確かにあの女の事は気になりますが、今動くのはリスクが高すぎます。その件に関しては現状放っておいても良いでしょう」

「何言ってんだ馬鹿野郎」

 黒澤はおもむろに立ち上がると、適当な床に吸っていたタバコを叩きつけた。続けざまに近くにあったテーブルを蹴り上げると、癇癪を起して怒鳴り散らした。

「あの商売が年間いくら稼ぐと思ってんだ! 極道がチンピラ風情の小娘に舐められたんじゃメンツが立たねえだろうがよォッ!」

「しかし今は警察の目がありますし、ハデに動くのは――」

「うるせえわボケ! テメエは黙ってろ!」

 黒澤は吠える勢いそのままに、ハヤトの側まで近寄って胸倉を掴み上げた。

「いいか? まず娘が先だ。探してこい。もしトチって警察にパクられても口割るんじゃねえぞ。もしゲロっちまったら……テメエの問題だけじゃ済まなくなるぜ」

 その姿を眺めながら、臼井は思っていた。もう我慢の限界だ。今日の出来事の話ではない。ここで働くようになってからずっとしてきた忍耐の限界だ。

(極道のメンツだって? 下らない……。だからヤクザって奴は嫌いなんだよ)

 ヤクザではない自分にとっては理解できない発想だと鼻で笑った。チンピラと大して変わらない、粗暴で非合理的な発想だ。

 臼井は少なくとも、自分が組のメンバーになったつもりなどなかった。ただ仕事の手際が優秀で、器用になんでもこなす彼が重宝されていただけだ。実質組織のナンバー2のような位置に立っていたが、名義上は副社長でもなければ若頭になっていたわけでもない。それは意図的に臼井が避けていたというのもある。こういう場合に困るからだ。つまりは、この男を見限る時のことだ。

(そろそろ潮時か……)

 こんな馬鹿どもを制御して、なんとか金を稼げるように纏めていた自分の忍耐に敬意を表したい気持ちだった。黒澤としては自分の手腕と思っているのかも知れないが。

 そもそも、自分はこんなところに居るべき人間ではなかったのだと臼井は思った。エリート街道を順風満帆に進んでいた自分が、たった一度の過ちでこんな肥溜に落とされてしまった。それに関しては何度思い返しても腸が煮えくり返るが、当時自分を貶めたクソジジイどもには組の力を利用してきっちり復讐し破滅させておいた。多少は溜飲が下げられる。

「臼井、こいつの面倒を見てやれ。必要なら組のモン何人かつけてやっても構わん」

 黒澤は言うと、放り投げるように若者の身体を押し付けて来た。それを臼井は抱き留めるように受け取った。

「分かりました」

 如何にも快諾したと言った様子で臼井は答えるが、心の中では無能がと罵っていた。

 この問題、実は警察だけが問題ではない。もっと厄介な懸念もあった。聞くところによると、この組の元締めである組織の大親分が、仁侠を信条とする昔気質の人間だと言う話なのだ。カタギに迷惑が掛かるようなことは基本御法度なのである。つまり、カタギの人間を狙う詐欺などはアウト、女を攫ってくるなどもっての外なのである。だから事件とは無関係を貫くのが重要なのだ。そのことを黒澤は分かっているのだろうか。前と後ろから挟まれて、背後から撃たれるかも知れないと言うのに。

 臼井にはもうそのことを尋ねる気もない。もう自分には関係ない。どうなろうと知ったことか。ここ数年の働きをみても、自分は十分に義理を果たした。これ以上面倒など見て居られるか。

(退職届を出そう)

 そして退職金も貰っていく。黒澤は自分が居なければ金がどこにあるかさえ分からないだろう。数年掛かりで地道に綺麗にした金が数億はある。それを貰ってしばらくは優雅に暮らすつもりだ。そう不敵にほほ笑む臼井に、ハヤトは不気味そうな顔をしていたが。

 最期の義理に、とりあえずはこの男をここから出してやるかと、臼井はさらに優し気に笑みを浮かべた。

 ハヤトはさらに怯えたが。

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