第7話
「眠れん…」
ここはミュランサ家の中にあるゲストルーム……のさらに中にある使用人の部屋。
『ミウ様はレン様の使用人という立場になりますので、この部屋に併設さてれています使用人の部屋を使っていただきます』というリーサの言葉に異論を唱える訳にはいかず、渋々ながらも了承した蓮と未羽だったが、未羽を狭い部屋へと追いやることのできなかった蓮は、未羽にゲストルームを使わせ、自分は従者の部屋を使用することにした。
「魔界か…本当に魔界に来てしまったんだよな」
激動の一日が過ぎ、休まる時間ができたことで逆に今日のことを振り返って考え込んでしまう。
「親父には困ったもんだが、アリスに拾ってもらえて助かった…」
勝手の違う魔界に来て、アリスの様な人物に出会えたことは、蓮にとって幸運と言えるだろう。
「アリスに恩返ししたいのは確かだけど、オレが選定戦に勝つのは……まぁムリだよな…」
魔界の人々がどのくらいの戦闘能力を有しているかは不明だが、ドラゴン相手に逃げることしか出来ずにいた蓮からすれば不可能なことに思えた。
-トントン-
ドアをノックする音が聞こえる。
「はい。どうぞ?」
-ガチャ-
入室の許可を得て、おずおずとした様子で入って来たのは、隣の部屋で寝ていると思われた未羽だった。
「どうしたんだ?何か問題でもあったのか?」
未羽を小さな頃からよく知っている蓮だが、こんな事態は初めてだったこともあり、不安を隠しきれずに尋ねたものの、未羽は首を横に振った。
「違うの…ただ、今の内に蓮に話しておかないといけないことがあって…」
「話?明日じゃダメなのか?」
「うん…そうじゃないと私、どうすればいいか分からない」
「分からない?どういうことだ?」
「………………」
それは答えられないことなのが、未羽は口をつぐんだ。
歯切れの悪い言い方をしたりと、いつもならハッキリと物事を言う未羽の珍しい態度に、蓮は追及することを止めた。
「話ってなんだ?始めに言っておくがオレは魔界に関することは知らないぞ」
「そんなのは期待してないわよ。そうじゃなくて、私が聞きたいのは蓮自身のこと…」
「オレ?」
「アンタ、あの子の『役に立てないか』なんて考えてるんじゃないでしょうね?」
「!!!!」
それは今まさに蓮の中にあった悩みだった。
「やっぱり…蓮…アンタのそういう部分は悪くないと思うけど、今回ばかりは状況が違うわ」
「そりゃ戦いはムリかもだけど、オレでも何か出来ることがあるかもしれないだろ?」
「ここは魔界なのよ?蓮が関わる必要ないじゃない。蓮には医者になる夢があるんだし、日本に戻って医大を目指しましょう?おじさんには私からも口添えするから……」
「未羽………」
未羽の言葉は提案というより、お願いするかのように切実で、蓮の心を激しく揺り動かした。
「私から言いたいことはそれだけ…それじゃあ、おやすみ」
「あっ…あぁ…おやすみ…」
-ガチャ-
何もかも普段の様子とは違う未羽に、蓮は戸惑いを隠せないまま、それを見送った。
「未羽…?お前、どうしちゃったんだ…?」
蓮はその後も未羽の様子と言われた言葉が気になり、まともに寝ることができなかった。
-翌朝-
「レン様?顔色が優れないようですが、大丈夫ですか?」
「あぁ…よく眠れなくてさ」
リーサに呼ばれ、朝食のために食堂に行くと、既に来ていたアリスが蓮を見て心配の声をあげる。
「情けないわね。アリス、こんなヤツ心配するだけ無駄よ」
「未羽…お前なぁ……」
蓮に続いて入室したメイド服姿の未羽が呆れ顔で言う。
蓮からすれば『誰のせいだ!!』という感じはあったが、アリスのいる前で昨夜のことを話題にする訳にはいかなかった。
「ところでレン様。本日の祝賀会なのですが、午後からになっておりますので、それまでに準備をお願いいたします」
「準備っていってもオレはこのままで出るつもりだったからな~…」
「荷物の中に入っていた服は着ないのですか?」
アリスが言うように、蓮が持ってきた荷物の中には祝賀会用と思われる服が入っていた。
「いや…ちょっと『アレ』はさすがに厳しいんだけど…」
その服は装飾華美で『どこぞの成金』にしか見えなかった。
「お似合いだと思ったのですが。残念です…」
「まぁお似合いよね。滑稽な感じが」
同じ『お似合い』だが全く違う感想を二人が述べる。
「(これも魔界と人間界の文化の違いだな)」
その後、三人は軽い会話を交えながら朝食を取った。
朝食を終え、食後のお茶を飲んでいると、アリスが残念そうな顔をしながら言った。
「昼食もご一緒したいのですが、わたくしも準備がありまして…昼食と祝賀会の時間にはリーサを向かわせますので」
「何から何まで悪いね」
「いえ、レン様が選定戦をどうなさるにしろ、客人であることには代わりありません。もちろんミウ様もです」
その言葉に蓮と未羽は顔を顔を見合せて、そして頷いた。
「アリス。付き合いは短いかもしれないけど、オレ達はアリスのことを友人だと思ってるよ」
「そうよ。だから他人行儀な言い方しないで」
それを聞いたアリスは、一度は驚いたような表情を見せた後、本当に嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとうございます。とても嬉しいです」
魔界大統領になるような人物の娘だけあって、友人に恵まれなかったアリスにとって初めてのことだった。
「ですが…」
アリスの否定的な言葉に二人は不安を覚える。
しかし、次の瞬間には表情を変え。
「レン様には友人より是非とも夫になっていただきたいですが♪」
その表情は本当の意味で『小悪魔の笑み』に相応しく、蓮もドキリとする。
-ピキッ-
魅了されかけていた蓮が、すぐそばから聞こえてきた音に正気を取り戻し、音の方向を向くと、そこには悪魔より悪魔らしい表情をした人間がいた。
「ふふふ…アリスったら冗談なんか言っちゃって……ねぇ蓮?蓮はどう思ってるのかしら?」
「いや…!?オレは…その……」
蓮が返答に困り、助けを求めてアリスの座っている席を見ると、そこにはもう誰もいなかった。
「……………(オレ、選定戦前に死んじゃうんじゃないかな?)」
蓮の祝賀会当日はこうして波乱含みで始まったのだった。




