第1話
オレ、小春蓮は、両親が変わり者だということを除けば、ごく一般的な家庭で育ち、特に表立ったこともなく普通の生活を送ってきた。
しかし、高校に入学して最初の夏、オレは生死をさ迷う程の大きな事故にあった。
その時に執刀してくださった外科医の先生の尽力のお陰でオレは命を拾うことができ、その経験から『先生の様な医者になりたい』という夢を持ち医大を目指して勉強に打ち込んだ。
しかし高校2年の春、オレの学生としてあるべき日常は、想像すらしなかった非日常に塗り替えられることとなった。
「父さん、リストラされちゃった♪」
おおよそ、肉親に伝えるものとは思えないテンションで、朝っぱらからさらりとハードなことを言った職業不詳なものの、一家の大黒柱の親父(もはや血縁関係を疑いたい)の言葉にオレは言葉を失った。
「あらあら~♪それは大変ね~♪」
対して専業主婦の母さん(こちらも血縁を疑いたい)はご近所の世間話でも聞くかのように軽い返答を返した。
しかし、今まさに一流医大を目指して猛勉強中のオレには冗談ではすまされない程の衝撃があった。
「いや~。実は父さん、魔界で議員秘書をしてたんだけどさ~。人間界でいうところの政権交代があってさ。父さんを雇ってた議員さんも負けちゃって」
魔界?議員秘書?(よし!もし血縁関係があっても施設に送ろう!)
「あらあら~♪魔界も転換期なのかしら♪」
おいおい…母よ…戯れ言に乗っかるな(施設送り2人決定の瞬間)
「悪い…頭痛がしてきたからとりあえず今日は休ませてもらっていいか?」
前々から冗談の多い両親ではあったが、もはや冗談どころか本気で病院に連れていかなくてはならないかもしれない。
その為には、まずはオレがしっかりと体調を整えなければならない。
「そうは言うが蓮。お前の進路についても話があるんだ」
『進路』
医大を目指すオレにとっては、例え親父の妄言であっても聞き逃すことは躊躇われた。
「わかったよ。まぁまともに話す気があればだけど」
「うむ。とりあえず大学は諦めてくれ」
「はぁぁ!!さっそく何のつもりだ!!」
「その代わりといってはなんだが、父さんが最高の就職先を見つけてきてやった」
「ドヤ顔やめろ!!自分の仕事さえクビになった奴が自慢げに息子の就職先を探してきてんじゃねぇよ!!」
「まぁ落ち着け。お前にも悪い話じゃない」
「???」
『悪い話ではない』と言ってはいるが、まだ高校生であるオレがまともに働ける場所などあるのだろうか?
しかし、一度話を聞いてからでないと、医大を目指すというオレの主張も通しづらい。
「とりあえず聞くけどさ…で、就職先って?どんな職種?」
「それはな……玉の輿だ」
「はぁ?」
「さっきも言った通り、魔界の政権交代で新しい代表が誕生したんだが。今度、その代表の一人娘の婿を決める選定戦が開かれことになってね」
「……また魔界とか…じゃあオレに選定戦を勝って玉の輿に乗れとでも言いたいのか?とりあえず明日は病院に行こうな…」
「蓮。お前は去年の事故から医者になる為に頑張っているようだが、その憧れは本物だろうか?」
「どういうことだよ?」
医者を目指し、あの先生のようになること。
救ってくれたことへの憧れに嘘などない。
「お前は気づいていないようだが。あんな事故に遭えば普通は即死だからな」
「だから運が良かったってことだろう?」
確かに大きな事故だったみたいだし即死していてもおかしくはないが、それでも生還できたのは、先生の尽力と運が良かったからだと思う。
「いや、普通の人間なら死んでいたってことだ」
「普通の人間ならって。オレはちゃんと生きてるし」
「うん。だから蓮は父さんの血を引いてて半分は悪魔だからな」
「母さんは普通に人間よ~」
キッチンの方からのんびりとした声がかかる。
ってか母さん、話を聞いてたのなら止めてくれ…。
「じゃあ何か?オレには先生の治療は必要なかったって言いたいのか」
「あぁそうだな。だって蓮のケガは病院に運ばれた時には治っていたから(笑)」
「(笑)じゃねぇよ!!それにオレが目覚めたときはベットの上で完全に固定されていたじゃないか」
「うん。世間の目もあるし、父さんが気をきかせて重症っぽく見せてみた♪ぶっちゃけ、みんなドン引きだったからな♪」
確かに大きな事故にあった割りには痛みとかはなかったけど…いや!でもこんな親父の話を信用する訳にはいかない。
「とにかくだ!!魔界とか玉の輿なんて冗談を言ってないで親父は仕事を探すか入院するかしてくれ。オレの進路の件はそれからだ」
「蓮ちゃんったら容赦ないわね~♪」
「母さんも親父を更正させるか一緒に病院行きだからな」
「まぁそう言うな蓮。とりあえず、これを持ちなさい」
そう言った親父が差し出したのは少し小さめのリュックサックだった。
「なんだよこれ。また何かの冗談か?」
「その中には一通り必要なものが入っているからなくすんじゃないぞ」
まるでキャンプ道具を渡すかのような親父の言葉に不信感が増していく。
「親父。もういい加減に…」
言葉を続けようとしたが、口をうまく動かせない。
それどころか視界も歪みだした。
「全ては荷物の中の手紙に書いてある。あとは頼んだぞ蓮」
近くにいるはずの親父の声が遠くに聞こえる。
「…ぉ…ぃ………ょ…」
そして何も出来ないまま訳の解らない暗い闇へと眠るように吸い込まれていった。
「ふぅ…」
蓮のいなくなったリビング。
蓮の父、正一(人間界での名)が一つゆっくりと息を吐く。
「アナタ。お疲れ様でした」
続いて寄り添うように妻の華(こちらは実名)が正一に声をかける。
「まぁ蓮ならなんとかしてくれるだろう」
「まぁ蓮は私達よりしっかりしていますから」
-ピンポーン-
二人が似合いもしない感傷に浸っていると、おもむろに家のチャイムが鳴った。
「あら、未羽ちゃんかしら?」
華の言葉を聞いた正一は時計を確認する。
「もうこんな時間だったが。未羽ちゃんには上手く言っておこう」
そう言うと正一は玄関に向かい扉を開ける。
そこには蓮と同じ高校の制服に身を包んだ少女が立っていた。
「あっおじさん。おはようございます。蓮はまだですか?」
少女の名前は瀬川未羽。
蓮の幼なじみで、同じ高校でクラスメイトの女の子。
女性としては少し高めの身長にシャープな顔立ちと茶色がかった髪を後で一つにまとめていて、同い年ではあるが蓮にとっては姉のような存在だった。
「やぁ未羽ちゃん。おはよう。蓮は今日から海外留学に行っていてね」
やや厳しい言い訳ではあるが【魔界=海外】という考え方をすれば、あながち間違いとも言えないかもしれない。
「留学ですか?そんな話、蓮からは聴いてませんでしたけど?医学の勉強なら別に海外じゃなくても…」
さすがに同じ時間を一緒に過ごしてきただけあって、未羽を納得させるには厳しいものがあった。
「未羽ちゃんおはよ~♪」
するとそこへ華がいつも以上の笑顔でやってくる。
「蓮ちゃんはお嫁さんを連れてくる為に留学したのよ♪」
その時、華以外の時間が止まった。
いや、実際には未羽の眉間に青筋が立っている。
「留学までして嫁探し………」
未羽が前回こうなったのは去年、クラスメイト女子が未羽に内緒で蓮の病室に抜け駆けでお見舞に行った時だった。(そのクラスメイト女子がどうなったかは想像にお任せする)
大抵、こういう場合には母親の方が鋭いケースが大半だろうが、小春家にとってはその限りではないようだ。
「おじさん…どういうことですか?」
「未羽ちゃん…落ち着いておくれ……」
正一が一人の女子高生から後ずさる。
もはや、どちらかが悪魔で、どちらが人間か解らなくなりそうな光景だった。
「私は落ち着いてますよ……だから落ち着いている内に話してください」
「………はい………」
悪魔さえも屈服させた未羽が事情を聞き出し始めた頃。
蓮はだだっ広い草原の中にポツンと立っていた。
「…………………」
見渡す限り建造物等は何もない。
「ここ……どこ……?」