9:我、神話語りに耳を傾ける-①
「始めに、ボク達はただそこに "在った" 」
なんだか突然美人さんの語りが始まりました。
我に関係なさそげじゃね? と思わないでもないけど突っ込んだりせずとりあえず拝聴します、我も空気くらいは読める気がしないでもないですから。
でもリンゴを齧るのはやめませぬ、しょりしょりしょりしょり。
「最初は本当にただそこに在るだけでさ、ロクに自我もなかったんだ。 何をするでもなく、っていうかそもそも何かをするっていう思考自体なかったんだけど」
今のころころ変わる表情や仕草からは想像もできんとです。
あ、ところでリンゴのおかわりお願いします。
「そうだね、ボク自身あの頃と今の自分が同一の存在だなんて信じられないし」
答えながら宙空からリンゴを取り出し剥き始める美人さん。
どうやらなんのかんので甘いというか面倒見はいいっぽい?
あ、今度は食べやすいようにさっきの半分くらいにカットしてくださいな。
「…キミ、いい性格してるって言われない?」
記憶がないのでなんとも?
「そういえばそうだったね、もういいよ……。 で、どこまで話したっけ?」
美人さんが悪の秘密結社の総帥を討ち取る為にチャイナドレスでルンバに乗って万里の長城を爆走し始めたところまで。
ゴスッ。
……無言で峰打ちは酷いと思うんだ、我。
「刃を落とされた方が良かった?」
我、きっとオイシクナイヨ?
「大丈夫、最悪ここの薔薇の養分くらいにはなれるから」
それ大丈夫言わない!
我みたいにちんまいのじゃ大した栄養にならないからお勧めしないよっ!?
「試してみないと分からないと思わない?」
わ、我今すっごくさっきのお話の続きが聞きたいなっ。
自我とかがなくて何かをするっていう思考もなかったって言ってたけどそれがどうして今みたいになったのか、我とっても気になりますっ!
「口は災いの元、理解できた?」
できました。
でもきっとまた余計な一言を口走ったりいらない事言ったりすると思います。
「…まぁ、いいんだけど。 次は毟るからそのつもりで」
お口チャックで拝聴致しますです、サー。
「サー、でなくマムね。 で、ボク達が変わった切っ掛けだけど」
あ、その前に質問であります。
自我がなくて思考自体持ってなくてただ在っただけなのに "達" って言ってるって事はほかの神様を認識できてたん?
自我がないのに個の認識とかおかしくない?
「んー、正直記憶自体が曖昧っていうかあやふやなんだけどね。 なんとなく異物感っていうか、混ざってるみたいな印象があったんだ」
混ざってる?
「あの頃はボク達、カタチも持ってなかったからねぇ」
そう言う美人さんが手を宙空に翳すと大きな画用紙が出てきた。
ちょっと美人さん、リンゴを剥く手が止まっちゃってますよ?
「この画用紙がボク達。 で……」
宙に浮かぶ画用紙に美人さんの指が触れる度にその箇所に銀、赤、青、紫と色が付いていく。
指先が触れた場所ピンポイントでなくそこを中心に滲んで少しずつ広がっていっている。
「ボクがこの銀だとして、だけど同時にこの画用紙そのものも自分っていう認識があったんだ」
今一つ分かるような分からないような……。
とりあえず画用紙も自分と認識してたから赤と青と紫を異物と感じた、でいいの?
「多分?」
互いに首を傾げ合いながら疑問の投げ合いぶつけ合い。
美人さん本人もよく分かってないようだしそういうものなんだ、位に考えておこう。
「ウニはこの画用紙を原初、もしくは根源って言ってたけどそれも便宜上の仮称みたいなものだしね」
うに?
「ウーニー=ピキュロス、始祖神って呼ばれてるボクのお仲間だよ」
なんだか凄そうな肩書きである。
偉いの、その神様?
「ボク達に優劣や序列とかはないよ?」
始祖神なんていう大袈裟な名前なのに?
「豊穣神にこてんぱんにのされる闘争神もいるし」
闘争神、弱っ!?
いや、もしかしたら豊穣神が異常に強いのかな?
「両方かな? ま、とにかくこの原初だか根源だかがボク達の大元で……」
美人さんの右手にはいつの間にか鋏。
その鋏でチョキチョキと画用紙の色のついた部分を人型に切り抜いていく。
あの、説明もいいんですけどそろそろリンゴ剥きの続きも……。
「そこで多少なり自分を認識できた存在がカタチを持って分かたれたのがボク達って訳」
あ、無視ですかそうですか。
切り抜かれた人型は宙空で各々動き回っている。
紫が赤を踏み付けているように見えるんだけどあれは一体なんだろう。
さっきの説明から考えたら赤が闘争神で、紫が豊穣神?
「まぁこんな風にカタチを持ったのはもっと後の話なんだけどね。 ここに至るまでに色々あったから」
そう言って美人さんが指を鳴らすと画用紙と人型が消えた。
同時にガラスか何かで出来た透明な正方形の物体が現れる。
どうやらまだ神話語りは続くようである。
そして我のリンゴお預けも続くようである、ちくせう。