閑話:『獣人国家アラケル、狂帝ガオル=ガオランの場合』
「あぁ? 進軍速度を速めろだぁ!?」
ミラ=フォールンが兵を率いてミラ法国を発ったとの報を受け、ガオルは待っていたといわんばかりに舌なめずりをしながら先代より仕える梟の獣人、ゲオ=ルホゥに挙兵を告げる。
受けたゲオが溜息を漏らしながら部下に指示を送り、兵站を整え。
明けて翌日これ以上は待てんとばかりにガオル以下血気盛んな兵共が勝手に出陣をしたとの報告を受け、血を吐きながら各所に陣触れの令を発し輜重隊と共に王へと追い縋ったのが初日。
それから三日、ミラ法国目掛け全力で進軍しようとするガオルを必死に宥めすかしながら行軍を続けてきたゲオの今までとは真逆の指示。
国家の舵取りから民への令、果ては他国への応対に至るまで完全にゲオに丸投げしていたガオルも流石にこれには首を傾げる。
二日前、ガオルは 「こんなちんたら進んでたんじゃ萎えちまう」 、と足の早い種族の兵を率いて先行、露払いを行うと提案。
が、それはゲオの 「そのまま突っ走ってミラ法国へ攻め入る気でしょう? 認める訳ないでしょうが」 の言葉で却下された。
ならば戦闘部隊全員で突貫なら、とガオルからすれば名案と思える提案をした訳だが…───。
「…大量の兵站を積んだ輜重隊にどうやってそれと同等の速度で進軍せよと?」
「なんとかなんだろ?」
「なってたまるかーーーっ!!!」
と、いったやりとりの結果こちらも却下され、挙句勝手な行動をしたら私は迷わず舌を噛み切りますので、との脅しまで受け渋々と従いこの退屈極まりない行軍の中鬱憤を溜め込んでいた。
そして日も暮れ兵達が野営の支度を進めている現在、最早我慢の限界に達し誰でもいいから目があった輩と戦り合おうと血走った目を周囲に走らせていたガオルにとってこの指示は正に願ったり叶ったりであったのだが、それ故にゲオの意図が読み取れない。
「おいじいさん、急にどうしたんだ?」
結果、自分の頭で考える事を初手で放棄しゲオの元へ赴き問い質した。 馬鹿の考えなんとやら、これが一番間違いがないと経験で理解しているのである。
……王としては正直どうよ、と思わなくもないが。
閑話休題、王? と首を傾げたくなる程のフットワークの軽さで陣中を駆けゲオの元へ向かったガオルの言葉に、部下への指示出しを一時中断しゲオが向き直る。
ただしその顔はこの数日ですっかりとやつれ、頬はこけ落ち、目の下には立派な隈が出来ていた。
「…じいさん、大丈夫か?」
「…ええ、大丈夫デスヨ?」
あんたが王らしくどんと構えて阿呆な事を言い出さずにこちらの言葉に素直に従ってくれていればここまで苦労はなかったんですがね、と喉まで出掛かった本心を飲み込みやつれた顔で笑みを浮かべるゲオ。
言った所で意味がない事くらいは長い付き合いで嫌と言うほど理解しているし、下手に叱り付けて不貞腐れたこの脳筋が何かしでかすくらいなら己が血反吐を吐く程度で済んでいる現状を良しとするべきである。
「そっか、ならいいや」
ちったぁ気遣えや、と再び喉まで出掛かった言葉を必死に飲み込み。
「進軍の理由はミラ=フォールンによるガオルーン皇国侵略の速度が常軌を逸している為です。
このままでは下手をすればこちらがミラ法国へと到達する前に皇都まで攻め入られかねません」
と、先程通信魔導兵より受けた報告を元に己の意見を述べる。
何故その報告が王にまで伝わっていないのか、は敢えて言葉にするまでもないと思うので割愛する。
「は? ガオルーンってそんな弱国だっけ?
いくらなんでも食い込まれ過ぎじゃね?」
「…国土が広大であればある程、一つ処の守りはどうしても薄くなるものなのです。
今回はミラ法国の宣戦布告があった故にそちらへと兵力を回しはしたのでしょうが、それでも他の守りを疎かにする訳にいかない以上限度があったのでしょう。
況してやミラ=フォールンの率いる軍勢はかの "国墜とし" 、生半な兵力では足止めにもなりますまい」
あんたそれガオルーン皇国の人間に聞かれたら戦争だからな!? と叫びたい衝動を堪えつつ告げるゲオの言葉にふーん、と興味無さそうに相槌を返し。
「けどさ、皇都に攻め込まれる前にどっかで張って主力をぶつけるもんじゃねーか普通?
本土決戦とか有り得ないだろ」
珍しく、まともな意見を述べるガオル。
こと闘争に関してのみであれば、ガオルの脳筋も多少は仕事をするのである。
「理由は幾つか思いつきますが、それはこの際さておくとしましょう。
重要なのは今の進軍速度では此度の進軍の主目的が達成できない可能性がある、という事実です」
「今回の進軍の主目的、って……居残ってる強そうなのとケンカするついでに領土奪還して森人に返してお礼に酒大量ゲットだろ?」
「あんた馬鹿だろ」
仏の顔も三度まで、というがゲオに三度目の言葉を飲み込む程の度量はなかった。
寧ろ二度、喉まで出掛かった言葉を飲み下しただけでも褒めてほしいくらいである。
「私、しっかりと説明しましたよね!?
ミラ=フォールンとその軍勢がガオルーン皇国の内部まで食い込み戦線が伸びた所で本拠を強襲。
背後に気をとられ攻め手が雑になればそれだけでガオルーン皇国への支援としての義理は十分に果たせ、万が一侵攻を中断し取って返してくるようであればガオルーン皇国と協力し挟み撃ちにして一網打尽、どちらにせよガオルーン皇国へと十分に恩を売ることで今後の交渉を有利に進める、と」
「そーだっけ?」
「もうやだこの脳筋……」
あっけらかんと言い放つガオルと泣き崩れるゲオ、いつもの光景に部下達はゲオへと憐憫の眼差しを送る。
そこで助け舟を出したりは一切しない辺りいい性格をしているというべきか、はたまたゲオを取り巻く環境に目を覆うべきか。
「…兎に角、明日からは進軍速度を速めます。
そうすればそれだけ開戦が早まります、ヨカッタデスネ?」
脳筋にも理解できるように分かり易く、相手の興味を引くような言葉を選ぶゲオ。
だが、ゲオはまだ理解していなかった。
目の前に興味を引くものをぶら下げられた時の脳筋の行動力を。
「応、さっさと暴れられるならそれは良い事だ。
じゃあ明日からは全速前進だな」
「おい馬鹿やめろ誰がそんな指示出したよ速度を速めるだけだよもっと考えて喋れよ舌噛み切るぞこの馬鹿」
「? …だから足を速めるんだろ?」
「速めると全速前進は別物だって理解しろよボケ」
精神的な負荷が限界を突破した為か王への対応を忘れ抑揚のない声音で毒舌のゲオと小首を傾げるガオル。
国元でもよく見られるその光景に部下達ははい撤収、巻き込まれる前に各所に指示出していくぞー、と解散し持ち場へと戻っていく。
後に残されたのは精神負荷で若干脳のバグったゲオと、そんなゲオを相手に頓珍漢な問答を繰り広げるガオルの二人だけだった。




