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80:我、不在だと途端に元気を取り戻すシリアスさんに一言申したい所存。


 戯言をほざきながら不貞寝をした毛玉が悪夢に魘され身悶えるのと時を同じくして。

 ガオルーン皇城会議室には昨日と同様に主だった重鎮一同が集まり、しかしてその場の熱気は昨日の比ではなかった。


 「先日の報より暫くの後、アシュタロン砦が陥落した事が確認された」


 諜報局の長、鴉の獣人であるリヒトが口火を切ると同時に会議室の扉が押し開かれる。


 「伝令! アシュタロンを落とした敵勢力はその後砦を占拠する事無く前進、城砦都市パラフィを攻め落としたとの事です」


 そして伝令を受けた兵が会議室へと飛び込みそれを告げれば───。


 「急報! ウディール領より救援信号、敵勢力が領内に潜入し次々に都市を落としているとの事です」


 汗だくの通信魔導兵が伝令兵を押し退け会議室へと飛び込み息も絶え絶えに報告をする。


 「馬鹿なっ! アシュタロン砦からパラフィまでは馬速でも二日はかかるのだぞ!?

  何をどうすれば一昼夜の内にパラフィを落とした上でウディール領まで侵攻できると言うのだッ!!」


 獅子頭の騎士団長ハートレオンが怒声を張り上げれば、まるでそれを待っていたが如く。


 「急報! ウディール領主ディールス子爵軍、敵対勢力と会戦。

  敵勢は小勢、白い全身鎧の兵が凡そ二百と明らかに人を素体とした合成獣(キメラ)……禁獣二千ほどからなる部隊との事ですっ!!」


 喧々囂々、会議室内には急報を告げる伝者とそれを受けた一同の怒号とが響き渡っていた。

 矢継ぎ早にやってくる伝令はすべてが悪い報せであり、民を、国を、食い荒らされているという悪夢を否が応にも知らしめる。

 文官が慌しく卓上に広げた地図に目を走らせ駒を動かし、武官はそれを食い入るように見つめ渋面を浮かべる。

 そんな様子を、皇帝ウシュムと皇子ヴォイド、そしてシェラの三名は一歩距離を置いた場所から見やっていた。


 「戦闘能力だけでなく速度まで人外の領域か、嫌になるな禁獣ってやつは」


 「それもだけれど、それ以上の問題は相手に輜重隊が存在しない事ね。

  兵站の概念がなければそちらに戦力を割く必要も行軍速度をあわせる必要もない。 そして何より……」


 「輜重隊がいない、という事は物資は現地調達となりますね。

  武具は言うに及ばず、糧食に至るまで」


 ウシュムの言にヴォイドが自身の意見を述べ、シェラがその意見を繋ぐ。

 会議室内の喧騒に耳を傾けながらも飛び交う応酬には耳を傾けず、三者はそれぞれの意見を紡ぎながら情報を整理していく。


 「連中は陥落させた要所をすべて占拠する事無く進軍を続けている。

  そして後詰めらしき軍勢はない、となれば……」


 「将兵から民に至るまで皆殺し、その上で足が鈍る事無く侵攻を続けていられるという事は余計な荷を増やしてはいないということ。

  ……蛮族が上等に見えそうね、彼らに比べれば。 人命を奪う蝗の群れとでも認識するべきなのかしら?」


 渋面を浮かべ歯噛みするウシュムを和ませるべくおどけてそう言ってみせるヴォイド。

 二人とも、情報を整理しつつも踏み込んだ推測は決して口にせずにいる。


 …禁獣の群れにとっての糧食が何に当たるのか、それを口にしてしまえば冷静でいられる自信がないと互いに理解しているからこそ。



 「それよりも問題は彼らの移動方法かと。

  単純な俊足程度であればまだいくらもましですが、もし飛行能力を有しているのであれば城壁がほぼ無力化されかねません」


 二人の思惑を察したシェラが水を向ければ二人はそちらへと思考を切り替え新たな推察に移る。


 「そして、それ以上にひとっ飛びで王都へと攻め込んでくる可能性もある、か。

  まぁ連中が律儀に進軍をしている所を見れば仮に飛行能力があっても長時間維持はできないんだろうがな」


 「あら、そう思い込ませるための罠かもしれないわよ?

  こちらがそう判断して戦場を選定、軍を展開させるのを見計らってがら空きの王都へ攻め込む可能性もあり得るわ」


 楽観視した意見を口にしたウシュムは、応じてヴォイドの紡いだその言葉に唇を閉ざし思考の海に沈む。

 ひとしきり黙考し、やがて大きく溜息を吐き、ヴォイドへと視線を向ける。


 「…ヴォイド、ナイスだ。 お前のお陰で致命傷は避けられた」


 「…ええ、ワタシも言った後で鳥肌がたったわ」


 現在、敵性勢力の驚異的な侵攻速度に会議室に居並ぶ重鎮は王都へ攻め込まれる可能性を十二分に認識させられ、それを阻むべく全軍を王都より徒歩で五日ほどの距離があり、遮るものなく万の兵を展開できるソルダート平野へと集結させる方向へと話が進んでいる。

 もしも仮に、それが相手の狙いであるとすれば。 後に続く展開は先程ヴォイドの口にしたそのままになっていた事だろう。


 よくよく考えてみれば最初からおかしな話なのである。

 いくら個の戦闘能力が高かろうと、二千と少々の寡兵が行儀良く侵攻し数万の兵と真正面から事を構えようなどと思うか?

 その疑問は、桁外れの速度で進軍する輜重隊の存在しない軍勢であるという事実を加味する事で更に加速していく。

 兵站を現地調達に頼るという博打じみた行軍、そしてそもそも物資という荷がないにも関わらず馬鹿正直に一直線に王都を目指すその進路。


 もし、そのすべてがこちらを欺く為の軍略だったとすれば?

 禁獣の身体能力ならば、そもそも征路を外れ人知れず王都へと迫る事も十分に可能なのではないか?

 更に湧き出で来たそれらの疑問に、神を名乗るあの女の性質を加味した上で思考を加速すれば、導き出される結論は……。



 「…全将兵に通達、戦場は王都だ。 ディールスにも撤退を命じろ、間に合えばの話だがな。

  通信魔導兵はウディール領から王都に至る道程の領地に避難勧告を。 蒙る被害や戦後の復興は皇帝の名に於いて保障する」


 「合わせてトリュケシア帝国へも通信を飛ばしなさい。 駐屯予定地は変更、そのまま王都を目指して進軍するように、と。

  道程にある領地にはワタシの名前で通行許可を下した旨の連絡も忘れないように」


 ウシュムとヴォイドの言葉に、会議室内はしん、と静まり返り……一拍を置いて、怒号と熱気に包まれる。

 それらをシェラの殺気と手にした戦斧が鎮め、静寂を取り戻したその空間にウシュムとヴォイドの考察の声が響き。

 蜂の巣を突いたかのような騒ぎと共に、三者を除くすべての者が会議室を飛び出し各自の持ち場へと駆け去っていった。


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