76:我、出番なし。
ガオルーン皇国北方の国境を護る砦、アシュタロンより敵の襲来の報を受け。
城内の主だった者達に緊急の召集をかけ、集まった一同を前に。
ガオルーン皇国皇帝、ウシュム=ガオルーンは頭痛を抑えるかの如く己の額に手をあてながら口を開く。
「…今から凡そ一時間前、アシュタロン砦より敵襲の報が届いた」
ウシュムの言葉に俄かにざわめく一同を手で制し、続いてウシュムは憂鬱そうに言の葉を吐き出す。
「…で、現在アシュタロンとは音信不通だ。
都合のいい方向に解釈するなら魔術妨害を受けて通信魔術が遮断されている、だが……。 恐らく、アシュタロンは墜ちた」
吐き出され、零れ落ちたその言葉はあまりにも衝撃的で。
一同が先程以上にざわめく中、皇国近衛騎士団長ベン=フォルルグルが挙手する。
「何故、墜ちたと?
魔術妨害の可能性を考慮するのであれば即座に近場の拠点より兵を送れば……」
そこでベンは口を閉ざす。
視線の先の主が溜息を吐きながら頭を振るその仕草に、陥落と決定付ける何らかの理由がある事を察した為である。
「…アシュタロンからの報によれば敵性勢力は二千少々。
大多数の白いローブで全身を覆い隠した集団と少数の白い全身鎧に身を包む一軍を率いていたのは暗紅色の髪の女だそうだ」
ウシュムの言葉に、その場にいた全員が言葉を失い。
誰かが唾を嚥下する音ですら響き渡る程の静寂が支配する中、ふむ、と声を漏らしたのは皇国宮廷魔術師長ルールゥ=ルーロゥ。
森人とは思えぬ程に鍛え抜かれた肉体を誇るガオルーン最強の魔術師(物理)である。
「化け物女の率いる白一色の軍勢。
かつて彼の国の要求を断ったビホースやラテラウムを滅ぼした "国墜とし" 、かしら?」
…尚、彼女は女性である。
例え身長が2メートル近くあろうと二の腕がシェラ=フォーンの胴体よりも太かろうと胸囲と書いて胸板と読もうと女性なのである。
「特徴は一致している、その上であの化け物が率いているという事実。
間違いなく神兵とやらだろうな」
「つまり、あの国の掲げるお題目の元に各国から引き抜かれた信徒とやらの成れの果て、という事ね」
ティセリナ様もその一人になる可能性があった、とは流石に言葉にしなかったが。
ここにいる者は皆、あの国の実態と神を気取る化け物の素性を知る者ばかりである。
故に、敢えて口にするまでもなく先程のルールゥの一言でその可能性に辿り着くことは容易であり。
静寂の支配していたその空間は、今や怒気と殺意に満ち満ちていた。
「純粋な身体能力だけでも十分に脅威足るべき存在ではあるが。 嘘か誠か、連中は首を斬り落とそうが心臓を貫こうが死なんらしい。
今までは取るに足らない噂だと思っていたが、実際にあの化け物女が首を落とされても平然としている姿を目の当たりにした現状一笑に付す訳にはいかん」
「ミラ=フォールンが規格外なだけという可能性は?」
「その可能性もない訳ではない。 が、どちらの可能性もある以上は最悪に備えるべきだ」
緑アフロ……もとい、ガオルーン皇国第一皇子ヴォイド=ガオルーンの発言をウシュムが否定すれば、それもそうねとヴォイドも首肯する。
「まぁ、所詮はヒトガタだ。 死なんのならば数で囲み封殺するなり大地に射止めるなり遣り様はある、幸い数の差はこちらが圧倒しているからな。
問題は化け物そのものだ、あれに関しては多分数の優位なんぞ通じんだろうからな」
「数頼みで完封できる程度ならビホースやラテラウムが素直に滅ぼされる筈がないものねぇ」
ヴォイドの言葉にああ、と頷き、ウシュムは室内の一角へと目を向ける。
その視線の先には、居並ぶ皇国の重鎮と比べると明らかに場違いな装いをした女性がいた。
「…正直、切り札の禁呪がない現状であれを倒せる可能性があるのはお前だけだ。
すまん、国の為に死んでくれんか?」
そう言って頭を下げるウシュムの言葉に顔色一つ変える事無く
「頭を下げる必要も謝罪も不要です。
ただ一言死ね、と命じるのが王の務めです」
咎めるようにそう言い返すシェラの目に悲壮の色はなく、ただ怒気の色が篭もっていた。
ああ、これは後でまたお説教だな…、と呟いたのは果たして誰であったか。
その一幕でどことなく張り詰めた空気も緩み、一同は意識を切り替え頭を突き合わせ、対ミラ法国の会議は夜遅くまで続く事となった。
その結果…───
夜遅く、会議を終え自室へと戻ったシェラを出迎えたのは鳥籠モドキの中、お腹を鳴らしながら涙目で扉に蹴りを繰り出す毛玉の姿だったとかなんとか。




