72:我、ささやかな復讐を果たす。
「遅いですわよ、シェラ」
食べた気のしない朝食に眉根を顰めつつシェラさんに抱かれてお部屋に戻ったら縦ロールさんがいました、室内に。
なんでせう、メイドさんって人権とかプライベートとかないのかしら?
それともこの縦ロールさんがお姫様だから特別なの?
「人様の部屋へ無断で入り込むなど礼儀がなっていませんよ、アンフェイナ様」
…どっちでもなく単純にこの縦ロールさんが俺様な性格なだけみたいね。
てゆーか昨日も無断で侵入した挙句我を虐待して、今日また懲りずに侵入してるせいでシェラさん割と本気で怒ってるっぽい。 こめかみがヒクヒクしてるし、青筋浮かんでるし。
「貴女と私の仲じゃない」
そんなシェラさんに気付いていないのかなんだか寝言をほざきやがられながらウィンクまでかます縦ロールさん。
うん、とりあえず合掌。 ……した瞬間、一瞬身体がブレた気がして。
気付いたら縦ロールさんがうつ伏せ状態で床に押し付けられ、その背に片膝を乗せたシェラさんが我を持った手とは逆の手で縦ロールさんの右腕を極めていた。
見事に骨格さんアウトオブ眼中な曲がり方してるけども、折れてないヨネ?
額に脂汗をびっしり浮かべた縦ロールさんが声にならない絶叫をあげてるっぽいけど、だいじょーぶナンデスヨネ?
「 『親しき仲にも礼儀あり』。 …ご理解頂けましたか?」
慈愛に満ちた笑顔を浮かべ、優しげな声音でそう問い掛けるシェラさん。
その部分だけを見れば菩薩様~、とか言いたいところなんだけども片膝で押し潰されて脂汗を浮かべて必死に頷く縦ロールさんの存在のお陰でお寺とかで見かける四天王像みたくなってるでござる。 鬼とか踏んづけてるアレね。
呻き声すらあげられないご様子の縦ロールさんへちらりと視線をやれば、明らかに曲がっちゃいけない方向に曲げられつつある右腕も嫌でも視界に入る訳で…ってなんだかミチミチといやんな音がしてますね、右腕さん。
もしここで縦ロールさんが呻き声でもあげてたらそれ以上いけない、って言えるんだけどもねぇ…。 呻き声あげてないから無理ですね、残念無念。
え? お前そもそも喋れないだろうって?
細けぇこたぁいいんですよ。
数分後、ようやくお仕置き完了なのか縦ロールさんを解放するシェラさん。
やり遂げた、とばかりに満足そうなお顔のシェラさんとは裏腹に解放された縦ロールさんは床に突っ伏したまま小刻みに痙攣している。
…折れてないよね?
つんつん。 うん、この感触折れてはなさそう。
いや、骨が折れてる時の感触とか知らんですけども。
あれです、ちっちゃい子がなんにでも興味を持って触っちゃうやつ。 我の今の行動もそんな感じのアレなんです。
だから縦ロールさんや、そんな鬼の形相せずにちみっこのお茶目なイタズラだと思って笑って許してくれてイーンダヨ?
別に我、鳥籠壊された事を根に持って仕返ししたとかそーゆーんじゃないんですだよ?
(マスター、口元が笑っていますよ)
おっといかんいかん。
まぁ人間には兎の笑顔とか見分けつかないだろうからたぶん大丈夫だろうけども。
なんて事を考えながらも一度つんつん、そしてぺちぺち。
あ、縦ロールさんの身体がめっさびくんって跳ねた。
流石にぺちるのは痛かったみたいですね、ゴメンネ~?
(後で報復されても知りませんよ?)
これはせーとーなる復讐なので我悪くないもん、逆恨みされたらシェラさんに泣きつくからいいもん。
(メイドの威を借る兎?)
メイドの威ってなんやねん、ってツッコミがきそうだねそれ。
そんな風にいつものようにルカと会話しつつ縦ロールさんの右腕で両前足を支えて二本足立ちになっていた我の頭上に不意に現れる影。
なんぞ? と見上げるとそこには推定縦ロールさんの左手。 そして視界の端には般若面も裸足で逃げ出す形相の縦ロールさん。
ルシェルー、またそっちに行くから飲み物の準備よろー。
届くのかどうかは知らないが心の中でルシェルにそうメッセージを唱えながら我はそっと目を閉じ、握り潰される未来に痛いのやだなぁなどと覚悟を決めていた訳だけども。
よく考えれば当然のお話、シェラさんがそれを看過する筈もなく、縦ロールさんの手は空を掴み我は首根っこを摘ままれシェラさんの手の中でにゃんこ状態に。
「シェラ、お放しなさい。 ソレを殺せませんわ」
「嫌ですわ、アンフェイナ様。
仮にも一国の皇女がたかが小動物のやんちゃを笑って許せる度量をもたないだなんて器が知れますわよ?」
にこにこ笑顔で嗤いながらそんな言の葉を紡ぐシェラさんと、目に涙を浮かべながら我を射抜かんとばかりの鋭い目つきの縦ロールさん。 …嗤う、は誤字違うですよ?
口であーだこーだ言いながら行動に移さない辺り、シェラさんに対する畏怖&まだ右腕がゆー事きかないんだろなぁ。
…別にザマーミロとか思ってませんですじょ?
─ 同刻・某所 ──
「ルシェルが私を呼ぶなんてどんな風の吹き回し?」
一面に咲き乱れる色とりどりの薔薇の園に設けられた東屋。
そこに設置された椅子に向かい合って腰を下ろし、ティーカップを傾けている水色の髪の少女と銀髪の少女。
水色の髪の少女がティーカップをソーサーへと戻し問い掛けると、途端に銀髪の少女の表情が曇る。
「…別に。 ただどこぞの害獣がお茶の用意しとけって言っておきながらドタキャンしたから処分する為に呼んだだけよ」
明らかに不機嫌な声音、膨れた頬、苛立たしげに机を打つ人差し指。
そんな銀髪の少女の姿に珍しいものでも見るような目を向けながら首を傾げた少女は、やがてああ、と声を漏らす。
「もしかしてお相手はあの子?」
「そう、あの毛玉よ」
吐き捨てるようにそう言い放つ銀髪の少女に、水色の髪の少女は一瞬驚いたように目を丸くし、次いでくすくすと笑った。
「…何笑ってんのさ」
不機嫌そうにジト目で睨め付けてくる銀髪の少女の姿は、それまで己の見てきた少女の姿とはまるで違っていて……。
「楽しそうだな、と思っただけ。 あのルシェルが他者にそこまで執着するなんて奇跡」
水色の髪の少女がそう答えると、銀髪の少女は顔を赤くし何か言わんとばかりに口をぱくぱくと動かし、しかしてその口から声は紡がれず。
「…アレにはボクを殺して貰わないといけないんだから、当然でしょ」
ぷい、とそっぽを向きながらそんな言葉を漏らす。
そんな少女の姿があまりにも可愛らしく、またくすくすと笑うと銀髪の少女は 「あ゛~っ」 と声をあげる。 どうやら恥ずかしさを誤魔化したいらしい。
これも今までの彼女にはあり得ない行動であり、水色の髪の少女はまた満足げに笑う。
「あ~もうこの話やめっ。 さっさと飲んでさっさと帰れっ」
「自分から呼びつけておいて、その言い様はあまりにも身勝手?
もっと話しましょう? 色々と、じっくりと。 ね?」
そう言ってくすくすと嗤う水色の髪の少女に、銀髪の少女は頬を引き攣らせ後ずさるのであった。
銀髪の少女は後に語る、あの時のウニの目は獲物を前にした蛇の目であった、と。




