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閑話『トリュケシア帝国の戦馬鹿閣下殿』


 大陸南方に位置する、周囲を山河に囲まれた天然の要塞国家、トリュケシア帝国。

 守るにやすく、攻めるに難いその地形は他国の侵略を拒み、トリュケシア帝国は平穏と安寧……を享受しようなどという発想は微塵も無く。

 初代から脈々と続く、ただの一度として穏健な人物を輩出した事の無い狂戦士の血統である歴代皇帝の音頭の元、延々と侵略と膨張を繰り返している。


 時に大敗し、多くの土地を失い。

 時に思わぬ反撃を負い、多くの将兵を失い。

 時に敵対勢力同士が手を結び、帝都を除くすべての土地を奪われ。

 それでも立ち止まる事もなく、膝を折る事もせずただ戦い続け、最後には必ず失った以上の戦果を得、支配領域を増やし続けるもはや何かのバグとしか思えないこの変態国家。

 当代の王である女帝、カミラ=トリュケシアもそんな変態の血脈を身に宿す、生粋の狂戦士であった。




 「じい、ミラ法国とガオルーン皇国に使者を。

  前者には皇国への宣戦布告の取り下げ要求及びそれを聞き入れぬ場合皇国の友軍として参戦する旨を、後者にはその面白そうな喧嘩に一枚噛ませろ、とだ」


 腰下まで伸びる薄水色の髪、気性の強さを示すつり上がった(まなこ)、そしてトリュケシアの血脈、魔の血が混じってある事を示す金色の瞳と、その周囲の本来であれば白目である部分を一色に染める漆黒。

 黒目、縦長の金色の瞳。 トリュケシア帝国の王祖、グラフ=トリュケシアがヒトの母と悪魔の父から生まれ落ちた事により現れたその身体特徴はそのまま王家の血統の証明であり、トリュケシアの血脈にその瞳を持たぬ者は決して生まれない。

 その瞳の齎す恩恵は頑強な肉体、強靭な膂力、そして悪魔が王祖が母に授けた一振りの魔剣の主の証明。

 トリュケシアの血統ならざる者が触れればたちどころにその魂を喰らい尽くす(のこぎり)の如く等間隔に刃の生えたその大剣は敵対する者を切り裂き、その魂を啜る程に切れ味と頑強性を増していく。

 その魔剣の性質と体内に流れる血潮に混ざる魔の気質。 それらが合わさる事でトリュケシアの血脈は狂戦士として、またその狂気に魅入られし者を率いる王として完成に至る。


 …どこぞのキチガイ種族といいこの血族といい、なぜ未だに淘汰される事無く現存し続けているのかは永遠の謎である。

 多分あれである、憎まれっ子世に憚るとかなんかそんな感じ。



 「神に戦を仕掛けるおつもりで?」


 閑話休題、カミラのその発言を受けた老人は一つ首を傾げてみせ、カミラへと問い返す。

 髪も髭も白一色に染まり、老いに負け草臥(くたび)れた枯れ木の如きその老体。 しかしてカミラを見返すそのギョロリとした(まなこ)には確固たる意思の光が宿っていた。


 「神気取りの(ヒト)、の間違いであろう」


 つまらなさそうにフン、と鼻を鳴らすカミラ。

 その回答に満足したのか皺だらけのその顔に笑みを浮かべ、老人はぱち、ぱちと拍手をする。


 「…じい、いい加減その小馬鹿にしたような子ども扱いはどうにかならんか。

  余とていつまでも世間を知らぬ童女ではないのだぞ?」


 「我輩にとって姫は姫。

  たとえいくつになろうと我輩から見れば可愛らしい赤子のままですぞ」


 端正な顔立ちを不快の色に歪め、頬を膨らますその姿に更に笑みを濃くしながら老人が答える。


 「姫と呼ぶな、姫とっ!!

  …まったく、このジジイはっ……!!」


 「そこまで我輩に不満がおありでしたら罷免するなり首を斬るなりなさればよろしいのでは?

  我輩、姫の決定であればどのような処分でも喜んで受け入れますぞ?」


 満面の笑みでそんな事をほざく老人に、カミラの堪忍袋の緒はいとも容易くブチ切れた。


 「個人的な理由で現役を退いても尚帝国最強の剣士を処断できるかあほたれーーーーっ!!」


 「姫、先程から口調が昔に戻っておりますぞ。

  それと、戦場(いくさば)ならばまだしもうら若い乙女が大口を開いて怒声を張り上げるのは我輩感心しませんぞ、非常に下品であります」


 「どやかましいわこの腐れじじいーーーっ!!!」


 平時は何事にも冷静沈着で一切表情の変化を見せぬ氷の乙女、しかして一度(ひとたび)戦場へと赴き剣を握ればその顔に笑みを浮かべ敵対するすべてを屠るまで決して止まらぬ炎のような荒き気性。

 故に氷炎帝、などと評されるカミラは今現在この世でただ一人、現役を退き御意見役の身の上を満喫する齢八十を超えるこの老人、ロー=フォーの前でだけはその仮面が砕け散る。

 その表情に怒気を宿し大声で怒鳴り散らす氷の乙女(笑)が感情のままに振り回す魔剣の剣閃を顔色一つ変えず笑みを(たた)えたまま容易にかわし、時に素手で払い除ける草臥(くたび)れた枯れ木の如き老体。

 それを知る極一部の者にとっての日常であり、それを知らぬ者が万一目にすれば己が正気を疑わざるを得ない光景。

 ロー=フォー曰く 『姫の可愛らしい駄々っ子』 は此度、カミラの振るう魔剣により執務室の壁床に幾筋もの爪痕を残し書類仕事用のデスクと来客応対用のソファテーブル一式が無残なガラクタへと変ずるまで続けられる事となった。



 「ぜーっ…、はーっ……」


 見るも無残な有様となった執務室内にて、両手両膝を床につけ荒い呼吸を繰り返すカミラとガラクタと化したソファーを見繕い腰を下ろす、息一つ乱さずニコニコと笑みを浮かべカミラを見やるロー。

 本人の名誉の為にも言っておくが、カミラは決して弱くなどはない。 寧ろヒト種として見れば上位に位置してもなんらおかしくなどない。

 単純にローがヒトを辞めているだけの話である。


 「さて、それでは姫の癇癪も治まったようですし伺いますが何故(なにゆえ)此度の戦に参戦を?」


 「…気に食わないから」


 「…もしそれが本音と仰るのであれば久々に "お仕置き" しますぞ? あと、口調」


 すっかり不貞腐れて拗ねた表情でそう呟いたカミラに、ローの顔から笑みが消えてスッと目が細まる。

 『お仕置き』 の一語にカミラの体がびくん、と跳ねその表情にはあからさまな狼狽の色が浮かぶ。


 「…こほん。 理由はいくつかあるが、一番大きな理由はあの国がガオルーン皇国を下し、領地と民を飲み干すのを防ぐためだ。

  現状単独であの国と戦う程の力を持つのはガオルーン唯一つ、それが敗れ取り込まれる事になれば最早あの国を止める出立てはなくなる」


 軽く咳払いと共に氷炎帝の仮面を纏ったカミラの言に、ローはふむ、と相槌を一つ。


 「確かに道理ですな。 ……で、本音は?」


 「あの国が覇権国家にでもなってしまえばおちおち戦争を楽しめぬではないかっ!」


 ふんす、と鼻息荒く言ってのけるカミラに、ローはやれやれと溜息を零す。


 「…まぁ、非常に姫らしいお言葉ですな。 その言の裏に彼の国の行っている亜人迫害が加速する事への懸念、万一敗れ支配下に置かれた際にガオルーンの民の辿る末路を回避する為、などといったものも忍ばせているようですが」


 「ば、ばば馬鹿を申すな。 余がそのような些事に心を砕くはずが……っ」


 「姫が心優しき名君として育って下さったこと、我輩感激でありますな」


 「聞ーけーよー、人のはーなーしーを~~~っ!!」


 纏い直した仮面が剥がれ落ちるまで僅か数分、それを取り繕うことすらせずうがー、とローへと食って掛かるカミラ。

 胸元を掴まれ、がっくんがっくんと揺さぶられながらなんら意に介さずほっほっほと笑うロー。

 トリュケシアの戦乙女、無慈悲なる氷炎帝などと呼ばれる女帝、カミラ=トリュケシア。

 かつて戦場の死神と呼ばれた元帝国騎士団長、ロー=フォー。

 諸国から畏怖と共に語り継がれるその二人の、本来の姿を知る者は多くはない……。








 尚、この使者がガオルーン皇国へと辿り着いたのは縦ロールことエンフェイナ=ガオルーンの帰国の翌日であり、その使者から告げられた内容にウシュム他ガオルーン皇国首脳陣は再度頭を抱える羽目になったとかなんとか。


所々でガオルーン『皇国』をガオルーン『帝国』と書いていたのを修正。

読み直し、ジッサイダイジ。

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