閑話『獣人国家アラケルの狂犬閣下殿』
大陸西方に広がる広大な森林地帯、その奥に獣人国家アラケルは在る。
現元首は狼の獣人であるガオル=ガオラン。 …そこ、いるのかいないのかハッキリしろ、などと言ってはいけない。
…こほん。
さておき、周囲を木々に囲まれ大軍を阻むその地形と木陰と木立の生み出す視野の阻害により敵性勢力を拒む立地。
更に悪路を物ともしない獣人の特性も手伝い、この国は建国以来攻め入られる事なく平和を享受し続けていた。
三度の飯より闘争を好む一部を除いた獣人の性により戦火と無縁でありながら民ひとりひとりですら異常な錬度を誇るこの戦闘民族ども。
そんなキチガイ連中の中でも特に気狂いで、好戦的で、尋常ならざる戦闘力を持つ者。
それが元首に求められる資質であり、そういった意味において今代は歴代元首を凌ぐ王の器である。
で、そんな元首は今現在王の居住である闘技場奥の一室にて側近であり知恵袋でもある、キチガイの手綱係と顔を突き合わせている。
…うん、そこで疑問を感じた諸兄はこのキチガイ国家の住人でなく良識を持った一般的なヒト種なのであろう。
キチg…もとい、獣人国家アラケルにおいて王の居城なるものは存在しない。
王が在るのは国の中央に建てられた闘技場、それが終の住処にして墓標である。
この国において国家の元首になる方法はただ一つ、『闘技場にて一対一で元首に挑みそれを屠る事』である。
どう考えても蛮族です本当に(以下検閲削除)。
元首に求められる事は誰よりも強い事、そして挑んでくる者すべてを拒む事無く全力で応じる事。
国家運営? 何それ強さに関係あるの? が代々の元首の思想であり、そういった頭を使う仕事はキチg…獣人の性である闘争本能の薄い種の獣人に丸投げが伝統である。
…ぶっちゃけとっとと滅んじまえこんな国家、と思わないでもないが罪なきnotキチガイな獣人の為にも敢えて口には出さないでおく。
さて、少々脱線したが話を戻す事にして闘技場奥の一室にて。
キチガイチャンピオンことガオル=ガオランと手綱係達へと目線を戻してみようと思う。
「……っつー訳で近々あのバケモンが下僕どもを連れてガオルーン皇国を攻める事になる、ここまではいいか?」
「…はぁ」
なんだか虚ろな目でガオルの言葉に相槌を打つのは先代元首の時世より勤める手綱係の一人であり梟の獣人、ゲオ=ルホゥ。
他の手綱係はその背後に控え、時折ゲオが救いの眼差しを向ける度に一糸乱れぬ動きで目線を合わさぬよう一斉に顔を反らせている。
眼前のみならず、同胞にも味方はいないと嫌が応にも理解してしまい、それが更にゲオの生気と理性をゴリゴリと鉋の如く削っていく。
「オイ、聞いてんのかじいさん?」
「…聞いていますよ、心底嫌ですが」
「ならいい。 で、あのバケモンが兵を率いるって事ァその間あの国は手薄になるってこった」
よくない、私はよくない。
キリキリと痛む胃に顔を顰めつつ、こちらの皮肉などお構い無しの暴君に批難がましい視線を送るもそんなものに気付く程繊細な神経などこのキチガイが搭載している筈もなく、ゲオはもうなんだか無性に泣きたくなってきた。
先代のキチガイチャンピオンも大概ではあったが、少なくともこちらの意見に傾ける耳程度は持ち合わせていた。
だが今目の前にいるこのキングオブキチガイにはそれすらない。
こちらが何を言っても 「そうか、じゃあ頑張れ」 である。 そこで尚も食い下がって意見を出しても 「じいさんなら多分なんとかなんだろ」 とにこやかにこちらの肩をポン、と叩いて終わりである。
もう嫌だ、逃げたい、超逃げたい。
と、いうか本来ならこのキングオブキチガイが先代を屠った時点でゲオは引退する気満々だったのである。
それを他の手綱係がこんなのの相手など自分達には不可能だと嫌がるゲオを無理矢理残留させた挙句手綱係筆頭を押し付けてきたのである。
これ、私、亡命しても許されるんじゃね? などとゲオが絶賛現実逃避中も眼前のキチガイはベラベラとくっちゃべっている。
実際、ゲオは一度本気で準備を整えて亜人でも受け入れてくれる土壌があり、尚且つ歴代元首が仕事をしない所為で面識のある皇帝に縋れれば、とガオルーン皇国へと亡命を企てた事がある。
結果? 今ゲオがここにいる事がすべてである。
もう少し詳しく言えばゲオを除くすべての手綱係が手を組み、兵を率い、全力で山狩りをした結果哀れにも捕縛され連れ戻されたのである。
ゲオは泣いてもいいと思う。
「よって、あのバケモンの出兵確認後即挙兵してあの国落とす」
私、何か悪い事をしたかなぁ。 ここまでの目に遭う様な事を前世ででもしでかしてしまったのかなぁ。 と、死んだ女房に問い掛けていたゲオの思考はガオルのその一言で現実に引き戻された。
「…すみません。 今、なんと?」
どうか聞き間違いであって下さい、お願いしますと何かに願いつつも問い掛けたゲオに返ってきた言葉は、無常極まりないものであった。
「あのバケモンのいない間に巣穴を攻め滅ぼす」
オブラートすらなくなった遠慮も容赦もないその言葉にぷつり、とゲオの意識の糸が途切れる。
暗転する視界、暗く深く沈む意識。
途絶えかけたゲオの意識の端に僅かに引っ掛かった疑問は、ここで私が意識を失った後あのキチガイに誰が異論を挟むのだ? であった。
そんな疑問に連動して浮かぶは自分と同じ手綱係の要職に就いている筈の同胞たちの顔。
( ア カ ン )
ここで私が気を失えばどうしようもなくなる、その一念でゲオは途切れた糸を掴んで無理矢理引き寄せた。
代償として恐ろしく鈍い痛みが頭に走るのと、心臓が痛い程に強く鼓動を打っているが今は無視しておく。 後で病院へ行こう。
「…お言葉ですが、王よ。 仮にあの者が不在であれ彼の地にはあの者が不在を任せる程の存在が残されている筈です。
策も無く、情報も無いままに兵を送っても悪戯に被害を蒙る羽目に陥りかねませんぞ」
心臓を押さえ、脂汗を滲ませ、乱れた呼吸で進言するゲオに対しガオルは
「なんとかなんだろ、その辺はじいさんに任せるわ」
そう言って、にこやかにゲオの肩をポン、と叩く。
「あっこは元々俺らの同胞、森人の聖地だしな。 奪い返して連中に渡してやりゃまたたんまりと酒を貰えんだろ?」
ニヤニヤと、取ってもいない皮算用に励むガオル。
ああ、もうこれは何を言っても駄目だ。
そう、理解してしまったが為に必死に掴んでいた意識の糸はゲオの手をすり抜け…───。
バタリ、と仰向けに引っ繰り返り意識を失ったゲオの姿にガオルは首を傾げ
「じいさん、疲れてんのかね?」
と、一言呟くのであった。




