46:我、引き続き蚊帳の外
「女の過去を詮索するなんて紳士じゃないわね」
「貴様のようなバケモノを女とは呼ばん」
わざとらしく溜息を一つ、ウシュムを責めるような目で睨んでみせたミラをウシュムは一刀両断する。
「酷い言い様ね、ガオルーン皇。
…こんな女の扱いも知らない男の嫁だなんて疲れない?」
からかうようにラヴェルナへ問い掛けるも返ってきたのは射抜かんばかりの殺意の篭もった眼差し。
その反応がつまらなかったのか軽く肩を竦め、ミラは再度ウシュムへと向き直った。
「それにしてもどうやってそこまで調べ上げたのかしら?
それを知っているのは今じゃ私と教皇しかいない筈だけど」
「国が滅びた時に運良く逃げ延びた少女を当時の皇帝が保護してな。
生憎逃げ出す時に負った傷が原因で長くは生きられなかったそうだがその少女の残した記録が今でも資料として残っている」
ウシュムの言葉にミラがぽん、と手を打つ。
「ああ、あの小娘どこで野垂れ死んだかと思ったらここに逃げ込んだの?
一切の交流を絶った引き篭もり国家の王娘の癖によくもまぁ他国に保護されるなんて選択がとれたものね」
そう独り言ちたミラが不意ににたり、と嗤う。
「…なら、もしかしたらこの国に禁呪の書もあるのかしら?」
それは、ほんの僅かな反応。
ピクリとウシュムの眉根が微かに反応した、ただそれだけ。
だが、ミラがそれを見逃すことはなく。
更に口元が裂け、一層深い笑みを浮かべ。
「この国を滅ぼす理由がもう一つ増えたみたいね」
そう言い放ち……次の瞬間、ミラの首は宙を舞っていた。
銀弧一閃、シェラの戦斧の繰り出す必殺の斬撃によって。
胴体より分かたれ、ゆっくりと宙を舞い、暫しの時を経て重力に導かれるままに落ちていくそれに信じられぬとばかりに唖然とした表情を浮かべるのは斬撃の主であるシェラ。
あまりにも呆気ない、俄かには受け入れ難いその光景にウシュムとラヴェルナも声を失い呆、と立ち尽くす。
仮にも神を名乗る、ヒト種を超越した存在がいとも容易く斬り捨てられるその光景はどこまでも現実味のない、ありえない光景で……。
「斬られた側にすれば酷い事をするものだ、といったところだけれど行動としては間違っていないわね。
寧ろ正しい選択だ、と賞賛すべきかしら」
故に、続いて起こった事象を前に三者は完全に思考を失った。
床に落ち、横たわった首が自力で起立し唖然とするシェラへと恨みがましい視線を向けながら口を開き。
首を叩き落された筈の胴体は崩れ落ちる事無く床にしゃがみ込み、両手でその首を持ち上げ頭上に掲げ、互いの切断面を重ね合わせ。
「…尤も、相手が私でなければの話だけれど」
切断面同士が触れ合う、ただそれだけで惨劇の傷痕は消え失せ。
後には、何事もなかったかのように先程までと変わらずただ嗤うミラの姿があった。
「…神、というのはずいぶんと面白い生き物なのですね」
「そんなに怯えなくても大丈夫よ、メイドちゃん。
今日は挨拶に来ただけだから戦うつもりはないから」
ミラの言で、シェラはその時初めて自分の手が、声が、震えている事に気付く。
そんな己の醜態と、それを敵性存在により指摘された事に対する怒りと屈辱にギリ、と噛み締めた歯の音を鳴らすシェラの姿に満足そうに笑みを浮かべるミラ。
目の前にいる女にとって、自分は敵と認識されてすらいない。 ミラの態度は否が応にもそんな現実をシェラへと突きつけた。
「ッ……!」
屈辱に、視界が歪む。
戦斧を持つ手はその柄を握り潰さんが如くきつく握り締められ。
先程まで感じていた恐怖でなく、その身を焦がすほどの怒りによって全身が震える。
思考が黒く塗り潰されていく、己の意識が炎に呑まれていく。
脳がただ命じる、目の前の存在を滅せよと。
故に、己の命ずるがままにシェラは一歩、足を踏み出し…──。
「 『シェラ』 」
背後から響く声に、意識を呼び覚まされる。
同時に伸びてきた手が腕を掴み、強引にその身を後方へと引かれ。
「理解しなさい、アレは無策で挑んでいい相手じゃない。
命の賭け時を違えた結末は無駄死よ」
耳元でそう語りかけて来るラヴェルナの腕中に、背後から抱き留められた。
普段とは異なる真剣な声音、決して離すまいと強く抱き締めてくる両の腕。
その何れもが己の身を心底案じるラヴェルナの強い想いをシェラへと伝えてくる……のは、いいのだが。
「…ラヴェルナ様、何故私の胸を鷲掴むのですか?
そして何故時折揉みしだくのですか?」
「…そこに乳があるから?」
「 ・ ・ ・ ・ ・ 。 」
ガッ、ゴッ、ゲシッ。
シェラの持つ戦斧の石突が三度振るわれ。
その三撃はラヴェルナの足の甲の、狙い違わず同じ箇所を三度強打し。
声無き悲鳴をあげ悶絶するラヴェルナの腕から解放されたシェラは迷う事無く石突をラヴェルナの腹部、鳩尾目掛けて抉り込む。
呻き声を漏らしながら床へ沈むラヴェルナへ、シェラはゴミでも見るような目を向け……。
「…お前ら、もういいから口を閉じて玉座の後ろにでも引っ込んでろ」
頭を抱え、絞り出すように吐き出されたウシュムの声に我を取り戻す。
「…あ~、と」
先程までの空気はどこへやら、あまりにもあまりなその光景に流石のミラも引きつった顔で頬を掻き。
「…仕切り直す?」
「…すまんが、頼む」
ミラの提案に、ウシュムは肩を落とし両手で顔を覆いながら応じた。




