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45:我、相も変わらず蚊帳の外


 「恩恵だけ受けておいて義務を放棄するのはどうかと思うわよ、ガオルーン皇」


 壁に叩きつけられ、地に倒れ伏す兵士達。

 戦斧を取りウシュムを背に身構えるシェラ。

 玉座を蹴り徒手空拳で臨戦態勢を取るラヴェルナ。

 (くずお)れ床に膝をつき、顔を伏したままのマール。

 それら一切を一顧だにせず、女……ミラ法国国主ミラ=フォールンは玉座に座すウシュムへと声を投げかけた。


 「余所の倍近い額を毎年納めている筈だが?」


 張り詰めた空気の中、悠然と玉座に構えたままのウシュムがミラに言葉を返せば……。


 「お布施は義務でなくそれぞれが自主的に行うものでしょう?

  協力のお願いをする事はあっても強制ではないわ」


 ミラは更にそう返す。

 二人の目には互い以外の姿は映っておらず、また認識しようともしない。

 ただし、そんな二人の姿には圧倒的な差があった。

 ミラは微笑を浮かべ、ウシュムは冷や汗を浮かべ対峙する。

 人と神という決して超えられない種の壁が、そこにはあった。



 「断れないような状況を作り出しておいてお願いだ、なんざ随分な言い様もあったもんだな?」


 「その辺は見解の相違ね、少なくとも私は脅しをかけたりなんてした事はないもの。

  あなたの言う状況とやらはその人達が勝手に作り上げただけのイメージでしょう?」


 そんなものを自分たちの所為にされても困る、と大袈裟な仕草で肩を竦めやれやれと言わんばかりに溜息を零してみせるミラの姿にウシュムは歯噛みする。

 確かに、公式に布施の強要などミラ法国は一切行ってはいない。

 が、ステータスボードという唯一無二の恩恵(エサ)をばら撒き神という超常の存在を王に据え有事の際には武力を行使する事になんら躊躇いを持たぬ彼の国の要請を一体どこの誰が拒否できるというのか。


 「どうしたのガオルーン皇、苦虫を噛み潰したような顔をして?

  それにその目、まるで親の仇でも見ているようよ?」


 こちらの思考など読み取れているだろう上でこの台詞である。

 戦斧を構えるシェラの手に力が篭められ、臨戦態勢のラヴェルナが怒りに震え今にも飛び出しそうになるのも無理からぬ事である。 ウシュム自身国王としての自覚がなければ歯止めが効かず罵声の一つもぶつけるか、いっそ問答無用で殴りかかっていたことだろう。

 目の前にいる存在は自分達にとって絶対の敵であり、娘を奪わんとする忌むべき存在である。

 が、その名を騙る偽物とはいえ仮にも神を称する存在になんの準備もなく無策で挑むほどウシュムは愚者ではない。

 怒りに震える拳をきつく握り締め、噴き出さんばかりの激情をその身に押し留める。


 そんなウシュム達の姿は、しかしミラにとっては愉悦でしかないのか薄ら笑いを浮かべながら見下すかのような眼差しを向ける。

 それが一層ウシュム達の感情を逆撫でし、謁見の間に漂う空気は更に張り詰め、憎悪や憤怒といった負の感情で満ち満ちてゆく。


 「まぁ、挨拶はこのくらいにしましょうか」


 重苦しい沈黙を破ったのもまた、ミラであった。

 先程までの挑発としか取れない言動をただの挨拶と言ってのけられウシュム達が一層色めき立つ姿に可笑しそうにクスクスと笑いながら、未だひれ伏したままのマールの背へと腰を下ろす。


 「あなた達の娘をこちらに寄越しなさい。

  そうすればすべてを不問にしてあげるわ」


 「「断る(寝言は寝て言いなさい)」」


 ウシュムとラヴェルナの声が重なる。

 あまりにも予想通りで、どこまでも愚かなその返答にミラの笑みは更に深くなる。


 「その選択が招く結末を理解して、その上での発言なのかしら?」


 試すように、からかうように。

 返ってくる言葉を理解した上で。

 それでも尚、愉悦の笑みを浮かべミラは尋ねる。


 「…もし、テメェが本当に神で、邪神とやらの残した穢れを完全に取り除く事ができた暁にゃ各国から掻き集めた人材も神の徒としてのしがらみから解放されて無事国許に帰されるっつーんなら多少は考えなくもねぇ。

  が、まず前提から出鱈目な時点でテメェの言葉は鑑みるに値しねぇよ」


 ……故に、ウシュムのその言葉を即座に理解することができなかった。


 「…どういう意味かしら?」


 暫くの間を置いてゆっくりと言葉を紡ぐ。

 そんなミラへと先程の屈辱を返さんとばかりに大袈裟な仕草で肩を竦め、盛大に溜息を吐きながらウシュムが口を開く。


 「五百年と少し前まで、今現在ミラ法国のある場所には国があった。

  外部との交流を拒む秘匿主義の気風と周囲を山に囲まれたその立地故に他国との関わりもなく、認識すらされていなかった小国。

  ……その国には "神" がいた」


 そこで一度言葉を切り、ウシュムの目がミラの姿を捉える。

 先程までと変わらぬ薄ら笑いを浮かべた表情からもその立ち居振る舞いからも、動揺の色は見取れなかった。


 「神の名はフェネクス、不死の命と不滅の肉体を持つ巨鳥。

  かつて彼の地に流れ着いた流民を快く受け入れ、庇護下に置き、魔物と戦う(すべ)を授け、建国後も見守り続けた。

  数々の恩恵と庇護の下、僅か数十に過ぎなかった流民は数百になり、小さいながらも国は繁栄していった。

  神に授けられた知識を元に様々な魔術が、技術が、次々に編み出されその小国は更に発展を続けていった、神が滅びるまではな」


 再度言葉を切り、ウシュムの視線が真っ直ぐにミラの(まなこ)を射抜く。

 愉快そうに微笑むその姿に舌打ちを一つ打ちながら、ウシュムはゆっくりと玉座から立ち上がりミラを睨め付ける。



 「彼の国において、絶対の禁忌とされた生命の冒涜、合成獣(キマイラ)の研究を行った錬金術師。

  その(ごう)はやがて人間を素体とした合成獣(キマイラ)…… "禁獣" を産み出し神を弑するに至った。


  ……なぁ、そうだろう。 錬金術師(ミラ=フォールン)


 ウシュムのその言葉に返事は無く。

 だがしかし、その言葉が(もたら)した変化は劇的で。


 「…それが、お前の本性か」


 先程までの微笑とはまるで異なる、口が裂けるような壮絶な笑み。

 にやり、と歪められたその口元は三日月の如く弧を描く。

 狂気を孕んだ嗤い顔、爛々と輝く濁った瞳。

 偽りの仮面を剥ぎ捨て本性を現したそれ(・・)は神と呼ぶにはあまりにも禍々しく……。


 「バケモノ……」


 誰かの零すように呟いたその言葉が、すべてを物語っていた。


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