39:我、別に無力を嘆かない。
今、我の目の前には床に正座する三人の姿。
ええ、三人です。 二人じゃありません。
仲良く並んで正座するごっついさんとちみっこ、そしてちみっこの隣に並ばされた、筋骨隆々な巨体を縮こまらせる筋肉さん。
さっきも言ったけどももう一度。
…自分で言ってて訳わからんとです、何ねこの状況?
数分前、食堂にやってきた筋肉さん。
目の前の光景に理解が追いつかず唖然とし、どうにか状況を認識しようと視野を巡らせ。
ひれ伏すごっついさんとちみっこの前に立つシェラさんを見て、「あっ…」、と小さく零した。
原因までは理解できずとも状況を理解したっぽい筋肉さんが次の行動を取るよりも先に、ごっついちみっコンビが動いた。
縋り付くような、救いを求める必死な眼差し×2。
それに射止められ、頬をひくつかせ、冷や汗を流しつつそれでも見捨てる事はできなかったのか仲裁に入り……。
「そうやって陛下が甘やかすからこの二人はいつまで経っても懲りないんです。
大体陛下はいつもいつも……」
見事に飛び火し、ちみっこの横に座らせられて今に至る。
どうやらこの世界ではおーさまよりも冥土さんの方が立場が強いらしい、冥土さんってすごーい。
…いや、だってこの状況じゃ我げんじつとーひしかできないじゃん?
おーさまとおーひさまとおーじょさまを正座させてお説教する冥土さんに抱きかかえられた毛玉。
この状況で我にどーせいと?
いつの間にか筋肉さんと一緒に食堂に来てた筈の執事なおじ様は消えてるし、使用人さんズもどうしたものかと遠巻きに眺めてるだけだし。
涙目のちみっこが我を抱いているシェラさんでなく抱かれている我を縋るように見ているが気付かぬふりでそっと目を逸らす、人畜無害の仔ラビを人様の諍いに駆り出さないでもらいたい。
ただ、まぁちみっこには助けて貰った上にクッキーをご馳走になった恩がある訳で。
うん、ここはせめて今我ができる唯一の事を為そう。
両前足を胸元に持ち上げて、左前足さんと右前足さんを合わせまして。
背筋をできるだけ伸ばして目を閉じて、合掌。
なむなむ、骨は埋めたげるから安心して成仏したまい。
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俺の名はウシュム=ガオルーン、このガオルーン皇国の皇帝である。
皇帝、つまり俺はこの国で最も偉い存在……の、筈なのだが。
今現在、俺は床に正座をさせられて目の前に立つメイドから説教を受けている。
普通の国ならば決して有り得ない事象だが悲しい事にこの国においてはごくありふれた光景である。
目の前に立つ女の皮を被った巨鬼、シェラ=フォーン。 2メートル半にも及ぶ戦斧を片手で振り回す怪物。
その義祖母であり先代の侍女頭であったノーラ=フォーン。
俺は会った事がないが祖父の代に侍女頭を務めていた先々代、マール=フォーン。
皇国の歴史を紐解いていけば代々の皇帝の影に必ず存在する、侍女頭のフォーン家。
ガオルーンの皇帝にとって決して頭の上がらない、絶対の存在の名である。
国の興りから存在し続ける家だが、貴族ではなく他家との繋がりも一切無い。
城内の一室に居を構え、婚姻を結ばず、どこからか連れてきた幼子を養子に迎え後継に育て上げる。
祖帝ガブリエフ=ガオルーンの治世、初代レア=フォーンの代から延々続く侍女頭を勤め上げる旧家、と言えばこの国において重要極まりない血筋ではあるのだが……。
『権力など面倒極まりないので御免蒙ります、貴族付き合いなど考えただけで反吐が出ます。
後継は適当に探して育てますのでご心配なく。』
祖帝ガブリエフ=ガオルーンに限らずフォーンに位や家格、称号を与えようとした皇帝はいくらもいた、というよりそれを提案しなかった皇帝は一人もいない。
それに対して返ってくる言葉は、個人により多少の差異こそあれ概ねそういった内容の返答であった。
結果として、代々侍女頭を勤め上げる家柄でありながらフォーン家の家格は貴族でなく平民だったりする。
尤も、フォーンの名を持つ者を平民扱いする愚者など皇族貴族商人民衆果ては裏家業に至るまで唯の一人として皇国内には存在しないだろうが。
初代、レア=フォーンが祖帝より賜った役割は三つ。
侍女頭、皇帝の諫め役(含・物理説得)、そして皇帝にとって害になるものに対する排除・殲滅権限。
特に三つ目の役割に至ってはフォーンがそうである、と判断した場合皇帝の命すら無視し仮に相手が皇族であろうとも執行できるというとんでもない権限である。
その権限が通用しない唯一の人物がガオルーン皇国の皇帝、である訳だが。
二つ目の役割によって何かやらかそうとした場合即座にフォーンに説得され、矯正される為歴代の皇帝に愚帝は唯一人として存在しない。
当然と言えば当然である。
単騎でドラゴンを屠る戦闘能力を侍女の嗜みであるなどとほざく輩に歯向かう馬鹿がどこにいるというのか。
確かに皇帝を処断する事はない。 が、言い換えれば死なない程度であれば物理的に性根を叩き直す程度フォーンは厭わない。
実際、鉄拳制裁を受け愚行を窘められた皇帝は何人かいる……らしい。
そんな訳で他国家と違いこの皇国においてこの光景は極有り触れたものであり、決して俺がメイドの尻に敷かれている等というわけではなく……。
「聞いているのですか、陛下!」
「はいっ、すみませんっ!!」
……チガウヨ?
俺、皇国デ一番偉インダヨ?
めいどノ尻ニ敷カレタリナンテシテナインダヨ?
そ、そう。 これは忠臣の諫言に耳を傾けているだけだからっ!
この体勢だって真摯に叱責を受け止める為に姿勢を整えているだけで決して圧力に屈して強制されてる訳じゃねーしっ!
…言イ訳シテル訳ジャナイヨ?
そう自分に言い聞かせ、俺を思い言いたくもない苦言を口にしているだろうシェラへと慈愛の眼差しを向け……。
「・・・・・」
「・・・・・」
なんか目が合った、白い毛玉と。
険しい表情で俺を責めるシェラ。
そんなシェラの胸元に抱かれこちらをじっと見つめる毛玉。
あれは……ラビか?
なんだか遠い目をしているような……、ってあいつ今、俺を憐憫の眼差しで見なかったかオイ!?
「おいシェラ、お前の抱いてるそ……」
ヒュッ! ドスッ!!
空を切る音、そして何かが突き立つ音。
一拍置いて、頬に走る鈍い痛みと頬を伝う暖かな感覚。
恐る恐る手で触れてみればその指先には朱い液体が付着し、後方の床にはフォークが突き立っている。
……ちなみにこの食堂の床は石材であり、常識で考えて純銀製のフォークが刺さるなどという事はありえない。
にも関わらず、当たり前の常識を無視してそのフォークは床に生えている。
急速に乾く喉で無理矢理息を飲み込み、ゆっくりと振り返ると。
「oh....」
背後にドス黒いオーラを纏った巨鬼の幻影を背負い、心胆寒からせんばかりの壮絶な笑みを浮かべるシェラ。
「…どうやら、陛下に言葉で理解してもらおうなどと考えた私が愚かだったようですね?」
あ、俺死んだ。
シェラの殺意の余波で嫁と娘が怯えている気配を感じたが今はそれどころではない、俺はまだ死にたくない。
どうにかこの状況を打開する手は…そう考えた俺の視界の端でシェラに抱かれたラビがゆっくりと動く。
両前足を器用に擦り合わせ、背筋を伸ばし……合掌?
嗚呼、こういう時は魔物でも合掌をするんだなぁなどと的外れな事を考えながら。
シェラが己の右手首に嵌めた腕輪に魔力を流し、戦斧へと形状変化させる様をヒクついた半笑いで呆、と眺め。
数秒の後、皇宮中に俺の絶叫が響き渡った。
……いっそ殺せ、という俺の懇願は当然ながら却下された事をここに追記する。




