35:我、神を呪う。
「い゛や゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛、ネズミぃ~~~~~ッ!!!!」
響き渡る絶叫、宙を乱れ舞う食器の数々……。
そんな中、ニンジンっぽいものを咥え厨房の床をあちらこちらと必死に逃げ回る我。
「ネズミい゛や゛あ゛ぁ゛ぁ゛っ!!!」
そんな叫び声と共に飛んできたスプーンが我を掠め、厨房の床に深々と沈み込む。 ……え、この床石材だよね?
あまりにも在り得ないその現象に呆然としながら振り返った我は。
フリルとレースがふんだんにあしらわれた、ハートマークの意匠のピンクエプロンを装着した身長2メートル強のアフロマッチョと視線を交じわす。
…あかん、夢に出そう。
顔中に刻まれた大小様々な傷跡がただでさえ凶悪な面構えを更に加速させ、そこに涙と鼻水、涎と口角の泡のデコレーション。
顔より一回り大きな緑色のアフロヘアは絶叫をあげ顔を左右に振り乱しながら追ってくるそのクリーチャーの動きに振り回されてその内千切れて飛んでいくんじゃなかろうかとすら思える異様な軌道を描いている。
で、極めつけがハートマークの意匠のピンクエプロンに包まれた巌のようなまっするぼでぃ~。
肩は肌色に塗った岩ですか? と問い尋ねたくなるような不自然に隆起したでこぼこ造形。
二の腕に至ってはちみっこ皇女の胴周りと変わらない太さでそれ丸太か何かじゃないのかと問いたい。問い詰めたい。小1時間問い詰めたい。
我はただ、書庫探しついでにもし厨房を見掛けたらちょっと立ち寄っておいしそうなものを貰おうとしただけなのに。
だが現実は一目見たら夢に出てきそうなクリーチャーに追い回されて全力逃走中。
どうしてこうなった!? どーしてこーなったっ!?
そして誰がネズミだこんちくしょ~~~~~~っ!!
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
遡る事十数分前──。
厨b…──げふんげふん書庫を探すべくまずこの部屋を抜け出そうと扉へと近寄り、そこではたと気付く。
扉を開ける手段が無いっ!?
扉を開けるには先ずドアノブを回す、そしてその後扉を押す必要がある。
これがもしレバータイプのドアノブならまだやりようはあったかもしれないが、残念ながら我にドアノブを回す術はない。
ざんねん!!われの ぼうけんは これで おわってしまった!!
数分後、我は何事もなかったかのように綺麗に草が刈られ整えられた皇城敷地内をぴょこぴょこ跳ね進んでいた。
いやはや、まさか空間魔法の転移が障害物を無視して発動可能とは予想GUYでした。
窓越しに恨めしげ~にお外出たいなー出たいなーと眺めていたら気付いた時にはお外にいましたっ!
……軽く言ってるけどこれ、割と洒落にならなくない?
視線が通ってればガラス窓を透過できるとか我どんだけ常識さんに喧嘩売ってるのさ。
そりゃこんなとんでもな事ができるなら使い手ってバレたらモルモット待ったなしだよね、目で見える範囲なら自由に移動できますよーとか相手からすれば悪夢以外の何物でもありませぬ。
収納にしたってまだ検証途中だけど、少なくとも仕舞ったものの重量がこっちに与える影響とかはないっぽいし。
もしあったら今頃我はルカの体重でぺっちゃんこだしね。
これでもし容量制限ありません、一度に収納できるものに限界はありませんとかだったりしようものなら、ねぇ?
転移+収納の併せ技で単騎で軍勢相手に無双可能になるんじゃないのん?
空間魔法持ってるのが無害な毛玉の我だからいいけども、もしロクでもないのがこの魔法習得してたりしたら大惨事待ったなしだよ?
いやまぁ遺失魔法で文献なんかもほとんど残ってないっていう話だからそこまで心配する事もないかもだけど。
そもそもどんな技術だって使い手次第で益にも害にもなるんだからあーだこーだ考えたって仕方ないしね。
うん、よし、思考切り替えよう。
予定通り外には出られたんだし早速目的を果たす為に書庫的な場所を探そう。
お城なんだしきっと大量の文献が収められたご立派なものがあることでしょう。
……ご立派過ぎたら今度は逆にお目当ての品探すのに時間かかりそうで軽く頭痛がするけども。
まぁ、仕方ないよね。 一度で目的が果たせるなんて思ってないし場所を把握したら折を見て足繁く通うことにしませう。
ぴょこぴょこ跳ね進むこと暫く。
…よく考えたら書庫って屋外から扉一枚隔てた先に作られるような代物じゃないんじゃなかろうか?
下手をしたら日焼けを防ぐために窓すら無い可能性もありそうな気がするよ?
皇城敷地内を壁に沿ってぴょこぴょこ跳ねつつたまに窓を覗いたところで書庫発見、なんていう可能性は皆無な予感ががががが。
て、ゆーか。
このお城広過ぎてどういう造りなのかすら把握できないんですけどもっ!
既にさっきまで我がいた部屋がどこにあってどうやったら戻れるかすら分からないんですけどもっ!?
元来た道を戻ろうにも途中で勘任せに曲がったり足音に気付いて窓から通路に転移、通路から反対側の窓を透過して通路を挟んだ向こう側に転移、なんてやっちゃったもんだからもう何がなんだか。
今や我は文句のつけ様のない、完全無欠の迷子である。
へるぷみーと必死に訴えかけるもルカは無反応だし、我このまま遭難してラビミイラにジョブチェンジしちゃうのかしら?
かといって腐っても一応魔物な訳だし、我の事が周知されてるのか分からない現状で人前に姿現したりしたら駆除されかねないし。
さてどうしたものかと内心汗びっしょりでぴょこぴょこ跳ねる我の鼻腔を不意にくすぐる香ばしい匂い。
……どうやら飢死は免れそうである。
香りを辿ってぴょこぴょこ。
発生元を見つけて窓目掛けてぴょん、窓の桟にぶら下がってそろ~っと室内を覗く。
人影は……無し、ただし物音はするので見えない位置にはいるっぽい。
音源を探るべく更に注意深く室内を睥睨すると奥のほうに半開きの扉、僅かに見える範囲に野菜が盛られた籠や腸詰っぽいものがある事から推定貯蔵庫っぽい。
正直あそこに飛び込んで中身をゲットしたいところだが音源があそこである以上その選択は無謀以外の何物でもない訳で。
仕方なく我はその貯蔵庫っぽい場所の扉の影へと転移する。
室内には香ばしい匂い、卓上には大量に並べられた食材たち。
間違いなくここは厨房のようである、ひゃっほう。
っと、まずいまずい。
ここで気を緩めるのはダメ、絶対。 獲物を前に舌なめずりは三流の証拠である。
息を殺し気を張り、周囲をじっくりと観察。
窓の外から覗いていた通り人影はなし、窓の外からだと死角になっていた位置も同様。
どうやらあの貯蔵庫っぽい場所以外は安全っぽい。
ならば、と耳をぴこぴこと動かし意識をそちらに集中させつつ地を蹴り、宙を跳び、卓上に降り立つ。 音源は……相変わらず推定貯蔵庫の中、今の所まだ戻って来る気配なし。
目の前には野菜、果物、何かの肉、調味料らしい小袋に詰められた様々な粉末と壷になみなみ入った液体。
使い方も味も分からないので後ろ二つは無視、調理されていない生のままだとお腹を壊しそうなので真ん中も無視。
結論、前者二つをげっとだぜ。
収納収納と頭の中で唱えて、出てきたバインダーの収納のタブをぺち。
魔法陣の描かれた羊皮紙っぽいページが開かれ、その魔法陣が赤く輝きだしたのを確認して野菜を両前足で掴む。 あんど魔法陣の上でりりーす。
うん、ちゃんと吸い込まれました。
後は延々その作業を繰り返し、卓上にあった野菜と果物は綺麗さっぱり消え失せた。
ただし我は結構疲労困憊青息吐息、キャベツっぽいものとか西瓜っぽいものとか明らかに我より体積の多いものも収納したから当然だけど。
勿論そんな代物を持ち上げられる筈もなく、大玉転がしよろしく必死に転がして魔法陣の上に載せたんだけども。
ぶっちゃけ筋力2の体長10センチ足らずな毛玉がやる作業じゃないです、前足がめっさぷるぷる震えてるもん。
ぬぅ、予想以上に使い勝手が微妙だぞ収納。
我が持ち上げるか動かせるものじゃないと収納できないとか制限がきつすぎるってレベルじゃない。
どうしたものかと赤く輝く魔法陣にぺちぺち八つ当たりしながら悩んでいるとなんか我の前足も赤く輝き出した。
え、何これ? インク的な何かが手についちゃった?
慌てて推定調味料の詰まった小袋に前足を擦り付ける。 さっきお風呂に入って綺麗になったばっかりなのに汚れるとか勘弁願いたい。
って、あれ? 前足を擦り付けた小袋が突然消えた?
前足の赤い輝きも消えてる……?
・ ・ ・ ・ ・ ・ まさか、ねぇ?
そう思いつつバインダーに目をやり、食べ物のタブをぺち。
{塩
NaCl。}
うん、どう見てもさっきの小袋ですねこのカード。
そっかそっか、魔法陣を触った後にその手で触れれば収納できるのかー……って、マニュアルくらい付けとかんかいっ!!
つい怒りに任せて足元にあったまな板をどこぞの一徹さんよろしく引っくり返してしまったけどこれは我悪くないと思う。
ふー、ふーと荒い息を必死に鎮めつつ宙に浮かび我に付き従うバインダーと共に厨房内を探索なう。
幸い先程の一徹クラッシュの物音には気付かなかったようで音源は推定貯蔵庫から動かない。
卓上の野菜と果物、そして新たに燻製肉と魚の干物、戸棚に収められた木箱と収穫は順調である。
中身は分からないけど甘いいい匂いがしたので多分この木箱の中身は素敵なものだと思う、開けるのが楽しみでちょっとわくわく。
ほかに何かないかなー、ときょろきょろしていると数本の瓶を発見。
近寄って匂いを嗅ぐと……あ、これワインっぽい。
お酒か~……。
記憶を掘り返してみるも何も浮かばない辺り以前もそう縁があったものじゃないのかな?
まぁ一応確保するけど、もしかしたら何かの役に立つかもしれないし案外飲んだらおいしいかもしれないし。
とはいえ一応確認だけは~、と……。
{パラセアの涎
酒と宴を司る神、パラセアの祝福した土地に生える葡萄を用いて作られたワイン。
その芳醇な香りにはパラセアですら涎を垂らすと謳われる。}
最悪のネーミングセンスである。 命名者は脳のお医者にかかることを強くお勧めする。
我、これは絶対に飲まない。
比喩表現にしたってあまりにもあんまり過ぎる、これでもし美味しかったりしようものなら遣る瀬無さに身悶えしそうだし。
そもそも今のこの体躯でアルコール摂取した場合下手したら死ねそうだしね。
とりあえず持ってる、とだけ覚えてそれ以外は脳からないないしようそうしよう。
さ~て、他になにかいいも、の…は……?
我の目線の先にはひょろ長い、緑の葉を生やした赤い物体の乗った笊。
あーれーは~……もしかして、兎の好物として広く知られているアレじゃありませんです事?
お馬さんも大好き、β-カロチンおばけな女性の味方にして子供の天敵な憎いあんちくしょう。
アフガニスタン生まれのセリ科ニンジン属の2年草、人参様では御座いませぬか。
それを視界で捉えた瞬間から我の心はそわそわ、喉は思わずごくり。
我でない、我の本能が訴えかけてきている。
あれはいいものだ、と。
あれを食べると幸福になれる、と。
ヒャッハ~、我慢の限界だぁー。 とばかりに我は地を蹴り……。
ガシャン、という何かが床を打つ音に反応し視線を巡らせ……。
そこにいた、緑アフロの筋肉モンスターと目が合い……、冒頭に戻る。
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悲鳴に驚き、投擲されるものに慄き慌てて逃げた為収納する余裕はなかった。
が、気合と根性で一本だけは確保した。
後はあのクリーチャーから逃れれば我の勝ちである。
標的を絞らせぬよう右、左と蛇行しつつ床を駆け、半開きの扉をくぐり推定貯蔵庫へと駆け込み。
クリーチャーの視界から逃れたその一瞬の間を逃さず窓ガラス越しに外を見、転移と念じる。
「臓物をブヂま゛げな゛ざい゛ネズミぃ~~~~~ッ!!!! ……って、あら?」
クリーチャーの雄叫びを背に、我は全力で厨房を後にした。
ぴょこぴょこと全力で跳ね続けること暫く。
ここまで来ればもう大丈夫だろうとあたりをつけた我は近くにあった木陰へと移動し、腰を下ろす。
あ~、怖かった。
思い返すは先程見たクリーチャー、あれ絶対人類ちがう。
見た目といいあの野太い声といい下手なホラーよりよっぽど恐ろしい。
厨房、危険。 近寄るのなら命を賭ける覚悟で望むべし。 胸中に深く刻み込む。
とはいえ、それに見合う対価も十分にあった訳で。
うきうきしながら咥えていた人参を地に下ろし、じっと見つめる。
じゅるり、本能が今すぐ齧れと大合唱をしている。
あのクリーチャーから逃げ回って程良くお腹も空いている、今なら美味しく味わえることであろう。
でわでわ、いっただっきま~~~っす♪
カシュッ。
小気味良い音を立て、心地良い歯応えと共にその果肉を齧り。
……次の瞬間、我の口内が爆発した。
痛い。 痛いイタイいたいいたいいたいいたいイタイ辛いイタイ痛いいたいいたいいタイ痛イいたイいたイいたいイタイイタイイタイイタイタイイタイイタイいたい痛いいたいいたいいタイっ!?
視界は真っ赤に染まり、次いで涙で滲み水没する。
口内の爆発は喉に至り更なる破滅を我に促す。
意識は歪み、捻じれ、千々に砕け我の正気を奪い去る。
焦点が合わなくなりつつあるその視界の端に移るニンジンっぽいもの。
駄女神の忠告を思い出しなけなしの気力を総動員し謎ボードさんを召喚し、その文字を読み終えたところで我は意識を手放した。
これ作った農業関係の神、常に靴の中に小石が紛れ込む呪いにかかれと呪詛を吐きながら。
{キャロットンガラ:
トンガラの一種、脅威の710万スコヴィルを誇る悪魔の実。
見た目はキャロに瓜二つであるがキャロと違い果菜類である為誤食の例は滅多にない。}
◎蛇足
タバスコ・ソース→2500 - 5000スコヴィル
ハラペーニョ→2500 - 8000スコヴィル
鷹の爪→4万 - 5万スコヴィル
ハバネロ→10万 - 35万スコヴィル
ブート・ジョロキア→100万1304スコヴィル
ザ・ソース(オリジナル・フアン・スペシャルティ・フーヅ社製)→710万スコヴィル
結論:食べたら死ぬ、慈悲はない。




