24:我、またアカン枠に遭遇する
揺り篭のような心地良い揺れが収まり、馬車が停まる。
ガタン、という停車時の強い一揺れで我、意識覚醒。 …数秒、ぼーっと虚空を眺めていたなんていう事実はありませぬ。
どうやら警戒どころか完全に寝入ってしまっていたらしい、我の野生どこいったし。
見上げればちみっこ、こちらが起きたのに気付いたのか笑顔を向けてきたんだけどもその少し前まで般若の形相じゃあございませんでしたか?
ちみっこ、というかおにゃのことしてアカン形相でしたよ?
で、野郎'sはなんかものっそい険悪な雰囲気で睨み合っている、我の寝てる間に何かあったの?
問い尋ねるつもりで首を傾げてちみっこを見上げたら頭を撫でられました、意思の疎通ってムッツカシイネー?
撫でられるに任せて首をぐりんぐりんさせていたら馬車の戸が開いて執事服のおじ様が入ってくる。
執事服姿が実に堂に入ったナイスミドルな方ですね、THE・執事っていう感じです。
ところでちみっこさんや、撫でるの強すぎて我の首が悲鳴あげてるですよ?
「お帰りなさいませティセリナ様、お迎えにあがりました」
「うん、ただいまー」
ちみっこの返事に相好を崩しつつも何気におじ様の目線は我に固定されていますね?
一応魔物だし警戒されてるのかしら?
「そちらの方は?」
「このこ?」
「はい、そちらの小さな御客人です」
え、我?
我、方だの御客人だの言われるほど御大層な代物じゃありませんですよ?
毛玉とかチビとか呼ばれたらムカッ腹がたつけどそんな丁寧な呼ばれ方したら今度は鳥肌がたっちゃいますから勘弁して欲しいであります。
そこ、めんどくさい性格とか言わない思わない。
「ひろったのっ!」
そんな事を考えているとちみっこの両掌に挟まれておじ様目掛けて突き出されました。
大丈夫だよね? 魔物だからって問答無用でコロコロされたりしないよね?
「ふむ……」
突き出された我をじっと見つめるおじ様。 ぷるぷる、我わるいラビじゃないよ?
「可愛らしい方ですね」
「うんっ!」
「ですが少々毛並みが乱れているようですね。 後程シェラに入浴させるよう申し付けておきます」
「わたしがいれる~」
「ティセリナ様のお入りになる浴室ではそちらの方は溺れてしまいますので」
「おけにいれればだいじょうぶだもんっ」
「確かにそれなら大丈夫ですね。 ですがティセリナ様、入浴とは湯に浸かるだけではなく体を清める為のものですよ?
この方を御一人で洗えるのですか?」
「だ、だいじょうぶだもん」
今言い淀んだ、絶対言い淀んだよこの子!?
我の第六感がアカンと告げてくる。
「ではティセリナ様、体を洗うのはシャンプー、リンス、ソープの内どれですか?」
「…りんす?」
不正解でござーます。
泡立たないよ~? と大量に塗布される未来が見えますね、へるぷみー。
「残念ながら不正解でございます」
「じゃあソープっ!」
「はい、正解でございます。 では続けましてもう一つ、ラビを洗う際に気遣うべき点と絶対に行ってはならない点は分かりますかな?」
「おぼれさせないっ!」
あ、このちみっこに身を委ねたら我死ぬわ。
おじ様超頑張って! 我を助けてっ!!
「それも確かに行ってはならない点の一つですが、それ以外にも注意点はいくつもございます。
ですがそれらすべてをお教えしていてはあまりにも時間がかかり過ぎてしまい、陛下と皇后をお待たせしてしまう事になってしまいます。
ですので今回は任せて頂けませんでしょうか?」
「でも……」
「ティセリナ様がどのような加護を授かったのか、御二方とも気を揉んでいらっしゃいます。
一刻も早く身を清めて御二方にご報告をなさって差し上げて下さいませ」
「む~……、わかった」
いえすっ!
我、渾身のガッツポーズ。 まさかの湯煙殺兎事件被害者になる所でした。
おじ様ナイス、我内の好感度ランク急上昇ですよ。
「では、そちらの御客人は私がお預かり致します。
ティセリナ様は表に控えているメイドの案内に従って、身支度を整えてから陛下達の元へ向かわれて下さいませ」
「は~い」
元気な返事を一つ、ちみっこからおじ様へと譲渡される我。
あ、このおじ様の付けてる手袋シルクっぽい。 肌触りすっごい素敵。
いいないいな~、最初にいた木箱の底に敷かれてた布より更にお高そうな代物だよこれ。
これを寝床にミヅチさんの逆鱗を抱き枕にして寝たらきっと気持ちいいんだろうな~。
「ところでお嬢様、こちらの方が抱きしめているこの桃色のものは?」
とか思ってたらロックオンされました、逆鱗。
寧ろ今まで指摘がなかったのが吃驚だけども。
「わかんない。 ラビさん、さいしょからだっこしてたよ?」
「ふむ、見た感じでは何かの鱗のようですが……」
そう言いながら我の抱きしめている逆鱗を見やるおじ様。
あげませんよ? これちゃんと本人に返さないといけないだろう代物だし。
ってゆーかきっと返しに行ったら怒られるだろうけど、寧ろ現在進行形で怒って血眼で我を探してるかもだけど。
「……駄目ですな、私の鑑定では通らぬようです。 相当に珍しいもののようですね」
あ、予想はしてたけどやっぱり上位水霊の逆鱗珍しい代物なんだ。
ついでに私の鑑定では、っていう言い方するって事は鑑定スキルは万能じゃない、と。
我の持ってるスキル "欺ク者" の説明文に 『鑑定スキルの最上位である "神眼" をもってしても』 っていう一文があったしスキルにもランク的なものがあるっぽい?
「たからもの?」
「それはどうでしょう。 単純に珍しい、世間的に知られていないだけの代物であって実際の価値や用途はない品も世の中にはありますから」
多分価値はあるんじゃないかなぁ、これ。
持ってたらもれなくミヅチさんが襲い掛かってきそうだけど。
「まぁ恐らく危険なものではないと思われますな、もし何かしら危険な代物であれば私の危機察知に反応がありますし」
いいなぁ、危機察知。
ひ弱な小動物的にとっても欲しいよそのスキル?
お肉はおいしい、骨も皮も用途がある優良資源なお陰で乱獲される運命っぽいし、ラビ。
「ふ~ん」
羨望の眼差しでおじ様を見やる我と違って意味が分かっていないのか興味がないのか空返事のちみっこ。
察知できる度合いにもよるけど普通に強いスキルだと思うんだけど理解はできないんだろうなぁ。
ちみっこだし仕方ないのかしら、多分小学校に入るかどうかくらいの年齢だろうし。
「大事そうに抱えていらっしゃいますしどうやら大切な品のようですね、シェラには本人ともども丁重に扱うよう言い含めておきましょう。
ティセリナ様、お引き留めして申し訳ありませんでした」
「うん、じゃあラビさんのことおねがいねっ!」
「走られては危ないですよ」
そんなおじ様の声かけには~い、と返事を返しつつ元気良く馬車の戸を飛び出ていくちみっこ。 どうやらお転婆さんみたいですね。
小さくやれやれ、と呟き苦笑するおじ様から判断するに普段からあんな調子っぽい。
「……さて」
等と考えているとおじ様の一声。
ただしさっきまでのちみっこと話していた時とはまるで違って、まったくと言っていい程声音に温かみがありませんね。
「お二人とも、先程ティセリナ様の御前で何をなさっていたのですか?」
口調は穏やか、表情は柔らかで薄く笑みが浮いている。 けどその声を聞いた瞬間我の毛が総毛立つ程に悪寒が走りましたよ?
このおじ様もアカン枠ですか、我の兎生こんなんと関わってばっかりじゃない?
さっきまで空気だった野郎'sもいきなり意を向けられた挙句それがこんなんなお陰で冷や汗を浮かべてらっしゃますね。
「もう一度お伺い致します。
ティセリナ様の御前で何をなさっていたのですか?」
そう問いかける顔から笑みは消え、目は鋭く光り、立ち昇る気配は剣呑そのもの。
野郎'sは真っ青になって生まれたての小鹿みたいに下半身が笑ってる。
うん、気持ちはよく分かるよ。
「どうやらお二人とはじっくりお話をする必要がありそうですね。
後程シェラも交えてじっくりとお話を致しましょうか」
あ、今の一言がトドメになったのか二人揃って崩れ落ちた。 反応から察するにシェラさんなる人物もこのおじ様並にアカン枠?
確かおじ様、我を洗うのをそのシェラさんなる人に任せるみたいなこと言ってなかったっけさっき。
……だ、大丈夫だよね我?




