115:我、あだるとな世界を垣間見る。
崩れた壁の向こうから聞こえた、か細い途切れ途切れの声。
どう考えてもスルー安定、我は何も聞きませんでしたしないと絶対に厄介事に巻き込まれる。
…うん、分かってる。 分かってはいるんだよ?
でもね? 今聞こえてきた声、おなごさんだったのよ、それもなんか聞き覚えのある。
状況的に考えたらシェラさんがこんな所にいる筈ないのは理解してる。
そもそもシェラさんの声音なら聞き分けれる自信あるから間違いないって断言できるです。
つまり、大穴の向こうにいるのはシェラさん以外で我の知ってる、もしくは接触した事のあるおにゃのこさんとゆー事になる訳なんだけども。
今の声、めっさ弱々しかったよね?
ってゆー事はさ? 声の主って瀕死状態なんじゃない?
ごっついさん、ちみっこ皇女、縦ロールさん、兎耳っ娘、シェラさんといた時に声をかけてきたメイドさんズ、食堂のおばちゃま。
このお城に来てから見知った顔が次々に脳裏に浮かぶ。
その誰かが瀕死状態でこの壁の向こうに倒れていて、このままスルーしたら死んでしまうかもしれない。
そう考えちゃうと 『スルーしようZe☆』 と囁きかけてきていた我の心の悪魔が我の心の天使にラビソバットでぶっとばされてしまう訳で。
はぁ、と一つ溜息を吐き。
ちらりと背後のルカに目をやり、ごめんねと両手を合わせ謝罪の気持ちを伝え。
こっそりと、相手に見咎められないよう崩れた壁の端からそっと室内を覗き。
直後、覗き込んだ事を全力で後悔したのでしたとさ、まる。
■□■□
噎せ返るような血臭の中、私は未だ死ねずにいる。
両腕を失い、右足は砕け、胴体を貫く棘によって壁に縫い止められ、それでもまだ生きている。
死ねぬ苦しみを嘆きながら、皇女達の元へ駆け付けられぬ己の不甲斐なさに憤りながら、幼な子に仇なさんとするミラ法国の禁獣どもへの憎悪を燃料に、僅かずつでも身動ぎ、我が身を縫い付ける忌々しい棘の拘束から逃れるべくもがく私の耳が、不意に何者かの足音を捉えた。
視界を失ったが故に鋭敏になった聴覚が捉えたコツ、コツと床を叩く靴音。
重量を感じない軽やかなその足音から察するに女性、もしくは幼子といった体重、体格の小さな者であろうか?
敵か、味方か。
暫し逡巡するも、既に今が最悪である事を考えればこれ以上事態が悪化したところで高が知れていると思いなおし腹を括る。
口を開くと言葉のかわりに溢れ出る大量の血を吐き捨て、歯を食い縛り軋む体と萎縮する喉を叱咤し、私は言葉を搾り出す。
■□■□
壁の向こうはあーるじゅうはちな世界でした、ただしじーの付く。
まず最初に視界に飛び込んできたのはバスケットボール大の熊さんフェイス、ただし首から下はなし。
口の端からだらんと舌を垂らし白目を剥いたそれと、恐る恐る室内を覗きこんだ我とがこんにちわしまして。
声にならない悲鳴をあげながら熊さんから逃れるべく思いっきりエアジャンプで跳ね上がり距離を取る。 取ってしまう。
あれです、めっさびっくりしたらびくって体が跳ね上がる事あるじゃない?
我の場合、それにプラスして熊さんのうらめしや~な無念顔を視界からばいばいする為にエアジャンプも併用して空高くに跳ね上がっちゃったんですよ。
で、2メートル近い高さまで跳ねた我の視界に次に飛び込んできたのが謎肉の破片と大小長短様々なモツの散らばる真っ赤っかな室内。
なんかくちゃい…くちゃくない? とか思ってたのはどうも部屋一面に広がる血と肉片の奏でる死臭のハーモニーだったみたいです。
口の端が引き攣り、そのままフリーズした我は重力さんに引っ張られるまま地面にぽてりと落下しまして。
両前足で口元を押さえ喉奥からせり上がってくるものに全力で抗う羽目になりましたとさ、めでたくなしめでたくなし。
『いっそ吐いた方が楽になれますよ?』
そう語りかけてきながらルカの差し出す水袋に飛び付きせり上がってきたもの諸共に水を嚥下しとりあえず一息。 流石に二日連続でマーラビとかいやなのですよ、ゲロインとか誰得だってお話でござーます。
ってあれ、どしてルカたん実体化してるのに我の脳内に語りかけてきてんの?
『音声発言をしてしまうとあちらの生存者にも聞こえてしまいますから』
そう言って室内の一角を指差すルカにつられて我は視線を巡らせる。 …うん、巡らせちゃったんだ。
示された先には右腕を失い、左腕は辛うじて皮一枚で繋ぎとめられ、右足は骨さんがログアウトしちゃったのか明らかに曲がっちゃいけない方向に曲がった元は豪華だったと思われるドレスに身を包んだ……おーが?
グリーンアフロなクリーチャーさん並に筋肉、鍛えてますか? なそのオーガさんは右胸から左脇腹にかけて三本の杭に貫かれて壁に縫い付けられておりまして。
何よりもお顔がありません。
いや、頭はあるのよ? でもお顔がないの。
ギロチンかなんかでちょんぱーされたみたくお顔さんの表面がこう、ね? すぱーん、ってね?
つまりどんなお顔なのかにゃ~? ってつい目線を上げてしまった我が見たのはお顔の断面な訳でして。
何故か脳裏を金太郎飴が過ぎり、ふっ、と乾いた笑みを浮かべ死んだような目でそれを呆、と視界に納めながら。
流石に二度目の波は耐えられず再度マーラビにクラスチェンジしました。
盛大にケロケロし、口内に残る酸っぱい味をルカから渡された水袋で洗い流し。
大きく深呼吸を繰り返し、精神を落ち着け、頑張れ頑張れできるできるやれる気持ちの問題だって、と自己暗示しながら恐る恐る再度視線をオーガさんへと向ける。
グロテスク極まりない首から上を視界に収めないよう気をつけながらじろりじろじろ眺めてみる、が。
はて、誰ぞこの人? こんなインパクト抜群なら一度会えばまず忘れる訳がないんだけどもまるで見覚えがないぞなもし?
着てるドレス女物っぽいし声もおなごさんだったから女性よね?
つまり胸のアレは大胸筋じゃなくてお胸様な訳でー……ってそんなどうでもいい事はさておくとして。
ねぇルカちゃん、ルカちゃんこのオーガさんに見覚えとかあったりしない?
声は聞き覚えある風味なのにまったく思い出せないんだけども。
『マスターが求婚(笑)されたあの時室内にいた人物の一人ですね。 マスターがヴォイド=ガオルーンの手中で吐いて意識を手放すまでの混濁状態の際に呼びかけながら回復魔術を使っていたのが彼女です』
まぢですか、つまりあのオーガさんは我の恩人なのね。
てゆーかそんな意識ブラックアウト寸前で聞いた声音を記憶してるとかあんな状況でも割と余裕だったのかしら我?
『切迫した状況だったからこそ記憶に残っただけかと』
デスヨネー。
あの時の我には余裕のよの字もなかっただろうし、生命の危機でステキパワーが覚醒とかどー考えても我とは無縁だもんね。
ゴイスーなパワーに覚醒、超ラビ! とかちょみっと興味なくもないけど、としょぼーん顔をするそんな我の耳を不意に狙い打つルカの一言。
『ちなみに、マスターが勘違いしているようなので訂正しますが彼女はオーガでなくエルフです』
…………。
……?
…………。
…………わっつ?




