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110:大乱-⑯


 「…落ち着いたかしら?」


 「「ごめんなさい・・・・」」


 部屋の中央には腕を組み()め見下ろす筋骨隆々の女エルフ、ルールゥ=ルーロゥ。

 視線の先には仲良く並んで縮こまり土下座するガオルーン皇国第二皇女エンフェイナ=ガオルーンと第三皇女ティセリナ=ガオルーン。

 周囲には我関せずとばかりに露骨に目線を逸らし荷造りに奔走する侍女と兵士。


 皇族が配下の者に土下座をする。

 普通であれば絶対に在り得る筈の無いその光景はこのガオルーン皇国に於いては日常風景と呼んで差し支えのないものであり、代々の王とフォーン一族により築き上げられてきたその伝統は当代ウシュム=ガオルーンの治世においても健在であった。

 更に、その伝統はフォーンのみならずルーロゥという新しい翼を得て王のみならず血族すらも対象として捉えその食指を広げていく。

 かくて歴史は紡がれ、伝統は形を変えながらも本質を失う事無く継承されていく。

 嗚呼、素晴らしきかな人の、刻の営みよ。 ……なお、伝統とはその大半が当事者以外にとっては理解し難いものである。



 「表では王を筆頭に数多の将兵が貴女達の為に文字通り命懸けで時間を稼いでいるというのに、その貴重な時間を浪費して乳繰り合うだなんて本当にいいご身分ね」


 「ち、乳繰り合ってなどいませんわ破廉恥なっ!!」


 やれやれ、と肩を竦めため息を吐き出すルールゥと、バネ仕掛けの絡繰人形が如く勢い良く跳ね上がりそれを怒鳴りつけるエンフェイナ。

 顔を真っ赤に染めギャーギャーと叫ぶ姉と、それを軽くいなすルールゥの姿に幼いティセリナは首を傾げ。


 「おねえさま、ちちくりあうってなに?」


 「おちびには十年早いですわっ、だから今すぐその単語を記憶から消去して二度と口にしないようにっ!!」


 途端、全身ごと振り返った姉に怒鳴りつけられる。

 その迫力に一瞬怯むも健気に拳をぎゅっと握り締め、ティセリナは頬を膨らませ姉を睨み付ける。


 「こどもあつかいしないで、わたしこどもじゃないもんっ!」


 平坦な胸を張り、頬を膨らませ、姉の圧に負けないように声を張り上げる。

 そんなティセリナの精一杯の虚勢に、しかしエンフェイナは眉根を(ひそ)めティセリナのその姿を上から下まで見通し、首を傾げる。


 「どこからどう見ても豆粒じゃりちびでしょう?」


 いいから余計な事を気にしないで(わたくし)の言うことを聞きなさい、と続けようとしたその言葉は、しかしティセリナに遮られ紡がれることはなかった。


 「まめつぶじゃないもんっ、おねえさまのばか、のーきんっ、ぺったんこっ!」


 "ビキィッ!!"


 ティセリナに遮られ、言葉を発そうと口を半開きにしたまま静止していたエンフェイナの額に一筋、青い筋が浮かび上がる。

 柳眉は逆立ち、眉間に皺が寄り、口の端が吊り上がる。


 母は思わず拝みそうになる程に豊満、姉は母には劣るとはいえ掌から容易く零れ落ちる程にたわわに実り、眼前の愚妹は既に僅かながらに膨らみ始め、尚且つ成長期という名の未来がある。

 対する己は血筋を疑わんばかりに実りどころか膨らみと呼べるのかすら危うい大平原。

 何が、とは敢えて明言しないが己に自信を持つエンフェイナがその自信を絶対のものにできない特定部位の未成長は彼女にとってコンプレックスであり、故に彼女に対して平ら・俎板・フルフラットといった単語は禁句とされている。

 それを今、彼女の妹は容易く口にした。 それも面と向かって当の本人目掛けて。


 「…よろしい、その喧嘩買いましたわ。 抉り取って未来の災禍の芽を摘み取ってさしあげますわ」


 背後におどろおどろしいオーラを纏ったエンフェイナの姿に怯え、後ずさるティセリナ。

 が、それと同時に地を蹴ったエンフェイナの動きをティセリナの目が捉える事は叶わず、一歩後ずさったその背中が何かにぶつかった。

 眼前から忽然と姿を消したエンフェイナと、背後から感じる暖かみを持つ柔らかな感触。

 恐る恐る振り返ったティセリナの瞳に映るそれは、笑顔を浮かべ己の双肩にポン、と手を置くエンフェイナの姿。

 だが、その細められた瞳がまったく笑っていない事に気付くと同時にティセリナは全力で逃れるべく両足に力を篭める。 が、一手遅くその身をふわり、と背後から抱き留められる。

 微笑を浮かべた美女に背後から抱き留められる、と表現すれば羨む者は数多いることであろう。

 ただし、それはその美女が怒気とも殺気とも呼べない、理解の及ばぬおどろおどろしい負の感情を纏っていなければの話である。

 エンフェイナの腕の中、かたかたと小刻みに震えながらも必死になって逃れようともがくティセリナ。

 そんなティセリナの懸命な抵抗に微笑を絶やす事無く、その身を抱き留める腕の位置を調整し胸元の僅かな膨らみをまさぐるエンフェイナ。

 やがて、その両掌が左右の膨らみをその手中に収めるとエンフェイナは笑みを深め、ティセリナの耳元へとその唇を寄せる。


 「おちび、よぉく覚えておきなさい? 口は災いの元だ、と」


 そう囁き、更に激しくもがくティセリナの姿に満足そうに頷き、両掌に力を篭め、その忌々しい膨らみを………。


 ズドンッ!!


 もぎとろうとした瞬間、轟音と共に揺れる室内。

 一瞬で我に返り、状況を思い出し、笑顔が崩れ口元がヒクつくエンフェイナ。

 されど確認しない訳にはいかず、錆びたブリキの玩具のようにぎぎぎと首を巡らせてみれば。

 全身の筋肉が一回り膨れ上がり、その体から湯気を立ち昇らせながら一歩、踏み出した姿勢でこちらを凝視するルールゥの姿。

 体中の血が音を立てて引き、冷や汗が顔を背をと夥しく流れ落ちるエンフェイナをその瞳で捉え、ルールゥはごきり、と右手を鳴らし。


 「…誠に申し訳御座いません」


 その姿を前にエンフェイナが出来たことは、手中のティセリナを放り捨て(こうべ)を垂れ、伏して許しを乞う事だけであった。


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