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108:大乱-⑭


 話は、戦端が開かれる少し前まで遡る。




 「納得できませんわっ!!」


 毛玉仮称・金髪縦ロールことガオルーン皇国第二皇女、エンフェイナ=ガオルーンが吼える。

 だが、その怒号をまるで気にも留めようとせぬまま、ウシュムは鎧を身に纏いながら口を開く。


 「お前が納得しようがしまいが結論は変わらん。 お前はティセリナと共に逃げろ」


 「何故ですのっ!? 相手が強大であるのならば戦力(わたくし)は必要でしょうっ!!?」


 まともに相手取る気もないとばかりに視線すら向けようとしないウシュムの姿にエンフェイナの苛立ちは更に募る。

 事と次第によっては実力行使すら辞さない、そう決意したエンフェイナの覚悟は。


 「駄目よ、貴女じゃ足手纏いにしかならないもの」


 母、ラヴェルナの一言に打ち砕かれた。

 理解できない。 否、脳が理解する事を拒んでいる。

 今、母はなんといった?

 足手纏い? (わたくし)が? 国内でも五指に入る実力を持つ、この(わたくし)が?


 理解できず。 納得など尚更出来る筈もなく。 大きく目を見開き呆然と立ち尽くすエンフェイナの頭にぽん、と掌を乗せ。


 「エンフェイナ、あなたは確かに強いわ」


 いつもと変わらぬ優しい笑顔で語りかけてくる兄、ヴォイドの姿に希望を見出したエンフェイナはその瞳を輝かせ。


 「だけど、それはあくまでも模擬戦(おあそび)での話よ。 命を奪い、奪われる覚悟のないあなたが戦場に出たところで一兵卒にすら劣るわ」


 直後、奈落に叩き落される。

 いつも優しい、笑顔を絶やさぬ彼女の敬愛する兄はいつもと変わらぬその姿で。

 情けも容赦も一切なく、問答無用で彼女の抱いた希望を切って捨てた。


 「相手を殺す覚悟も、相手に殺される覚悟もない人間が戦場に出ても、ただ邪魔なだけなの。 下手に身分が高ければ高いだけ狙われる可能性も増えていくからエンフェイナだと尚更、ね」


 ぽんぽん、とあやすように頭上で掌を弾ませながら。

 いつも通りの優しい笑顔で。

 ヴォイドは、言葉という名の刃でエンフェイナをずたずたに切り裂いていく。


 「ただでさえ相手はあのミラ法国を率いる神とご自慢の兵団なんだもの。 あなたのお()りをしながら経験を積ませてあげる余裕なんてワタシ達にはないの、分かってくれるかしら?」


 『一兵卒にすら劣る』  『邪魔』  『お()り』


 ヴォイドの口から零れるその言葉一つ一つが、エンフェイナの心を貫き。

 理解する事を放棄した脳は、現実を受け入れる事を拒絶し。

 エンフェイナの意識は、そこで途切れた。




 ■□■□




 「……ナ…ま、エン…ィナさ……」


 誰かの声がする。

 ゆらゆらと、何かに揺られるような感覚。

 その感覚は、とても心地良くて。

 揺れるがままに身を委ね、エンフェイナの意識は再び沈んで…───。


 「いい加減に起きなさいっ!」


 いく直前に、頬を襲う強烈な痛みに強制的に覚醒させられた。



 見開いた(まなこ)に最初に飛び込んできたものは、いかつい顔の女性?であった。

 一瞬オーガかと見紛い慌てて身構えようとしたエンフェイナの目がその女性と(おぼ)しき存在の持つ長い耳を捉え、そこでオーガにしては体色がおかしいと疑問を抱き。


 「…ああ、ルールゥですのね」


 てっきりオーガかと思いましたわ、と小さく漏らした呟きは、しかし彼女の耳にはしっかりと届いていたようで。


 「その端正なお顔がオーガ好みになるまで延々殴打し続けてさしあげましょうか?」


 と、額に青筋を浮かべながらも笑顔を取り繕った眼前の女性が拳を握り締め問い尋ねてくる。


 「ね、寝起きでぼんやりしていただけなので容赦願いますわ」


 弁明しつつ、ゆっくりと後ずさり、十分に距離を置いてから身を起こし。

 そこでやっと、エンフェイナはこの部屋に自分とルールゥ以外の存在がいない事を知った。

 完全に覚醒していない、もやのかかった思考でどうにか記憶を引き摺り出し。 ようやく、何故自分が倒れていたのかを理解し。


 「…お父様達は?」


 答えなど聞くまでもないその問いかけに、ルールゥはただ往かれました、とだけ答えた。

 「そう」、と呟きエンフェイナは小さく溜息を吐く。

 意識を手放す前に兄ヴォイドがこちらに叩き付けてきたいくつもの言の葉。 一旦思考がリセットされ、冷静になった今ならそれが紛れもない事実だと理解できる。

 煩わしい羽虫を、室内に侵入してきた害虫を殺した事は当然ある。 だが、人はおろか魔物や動物ですらその手にかけた経験はない。

 戦場に出たばかりの新兵は、その空気にのまれ敵対する者からの害意に晒され怯え、竦み、何も出来ずに抵抗すらできないか。 もしくは狂気に精神を侵され暴走をするか。 そのどちらかが多くの死因であると以前聞きかじった記憶がある。

 もし仮に自分が戦場に出ていれば、きっとそのどちらかで容易く命を散らしていただろう、と。 今なら容易に現実を受け止めることができた。

 同時に、そんな事も理解できずにウシュムに食って掛かっていたつい先ほどまでの自分がどれだけ愚かだったのかを痛感させられ。

 もう一度、溜息を溢し。 そこでふと気付く。


 「…どうしてルールゥがここにいますの?」


 2メートル近い長身とオーガと見紛わんばかりの体躯を誇る森人(エルフ)の魔術師、ガオルーン皇国宮廷魔術師長ルールゥ=ルーロゥ。

 何故か魔術を放出できないという欠点を持ち合わせてこそいるが、その鍛え上げられた体躯を駆使した魔術を纏うという非常識極まりない戦法を編み出したガオルーン最強の魔術師(物理)である。

 武のシェラと魔のルールゥ、ガオルーンが誇る戦力の要の一人である彼女が、ウシュム達が戦場に赴いたにも関わらずここにいる。

 何故、と首を傾げるエンフェイナに、ルールゥはにこりと笑いかけ。


 「勿論、ティセリナ様とエンフェイナ様の護衛ですわ」


 そう言ってのけた。

 その答えはまるで想定外で、エンフェイナはぽかんと口を開け。

 誰がそんな命令を、と一瞬悩むも次の瞬間には父に決まっていると自答し。


 「…魔術師の最高戦力を護衛に回すだなんて、お父様は馬鹿なの?」


 頭痛を堪えるようにこめかみに手をあて、呻くように搾り出したその言葉に。


 「聞くまでもないでしょう? どこに出しても恥ずかしくない親馬鹿じゃない」


 と、からからと笑いながらルールゥが答え。

 それもそうですわね、と呟きエンフェイナはがっくりと肩を落とした。


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