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106:大乱-⑫


 「ぐるぉああぁぁぁぁぁああぁっっっ!!」


 大地が震える程の咆哮と共に獅子頭の獣人の振るった大身槍が頭部を覆う革兜ごと禁獣の顔を穿ち貫く。


 「シィィッ………!」


 突き出した槍の勢いを強引に膂力で殺し、引き戻し。


 「フンッ!!」


 引き抜かれる勢いそのままに手前に引き摺られ、顔面を穿つ槍という支えを失い前のめりに倒れ込むその体を唐竹に割る。

 左右に分かたれ倒れ伏し、微動だにせぬそれを一瞥した後、獣人はその場に(くずお)れる。

 その体は傷を負わぬ箇所の方が少ない程に損傷し、身は削げ、左肘からは折れた骨が突出し、全身は己と敵の血とで朱に染まっている。

 言うまでもなく常人であれば既に息絶えている領域であり、その状態で槍を振るえたという事自体が奇跡以外の何物でもない。

 だが、その奇跡を乗り越え満身創痍に至りながら屠った禁獣の数は五つ。


 ガオルーン皇国騎士団長ハートレオン=ウルクシス。

 その肩書きに恥じぬ戦働きも、流石に生命の(ことわり)を歪める事は敵わず。

 霞む視界に新たな敵影を捉えるも既にその体は死へと向かい身動ぎする事すら出来ぬままに。


 「皇よ、先立つ不義はいずれ冥府にて詫びさ……」


 呟くように、口の端から漏れるその言の葉を最後まで紡ぐ事も許されず。

 静寂の中、肉を()み血を啜る音のみが響いた……。




 ■□■□




 「…このバカが、私の事など放ってさっさと陛下のもとへ行かんか……っ」


 右足を失い、右目を失い、血みどろで地に倒れ伏した皇国紋章官ハース=ウィクフェルフェクスは弱々しく、そう紡ぐ。


 「黙ってろクソメガネ、これ以上無駄に体力を消耗すんじゃねーよっ!!」


 そんなハースを叱咤しつつ、皇国近衛騎士団長ベン=フォルルグルの振るう槍が禁獣の顔を裂く。

 顔を裂かれ噴き出した鮮血に視界を奪われ禁獣が怯み、ヨロヨロと数歩後退し距離を取る。

 本来であれば、それは好機であった。

 相手が警戒し距離を取ったこの機を逃がさずハースを担ぎ逃走する。 己とハースの命運を鑑みるのであればこの場に留まり禁獣と渡り合うよりもそちらの方が生存の確率は高かろう。

 ……本来ならば。 そして、相手が一体のみであれば。


 今、ベンと対峙する禁獣は三体。

 内一体のみがベンへと襲い掛かってきており、他の二体は傍観の構えであるが故にベンとハースの命脈は未だ断たれていないのもまた事実ではあるが。

 その傍観者の睨みが効いているが故に逃走も叶わず、ベンはこの絶望の中槍を振るっている。

 だが、満身創痍の上体力・気力共に限界を超えている現状でこの戦況を打破する程の力はベンにはなく。


 「しまっ……」


 裂かれた顔が癒えるが否や憤怒の相を浮かべ突進してくる禁獣に辛うじて反応するも四肢に力は無く、その一撃を受け止めきれず吹き飛ばされ、大地に叩き付けられる。


 「ぐふっ…!」


 強かにその背を大地に打ち据えられ、酸素と共に鮮血が吐き出される。

 視界はぼやけ、その体からは急速に力が抜け落ち、握力を失った手から槍が落ち乾いた音をたてる。


 「あ~、クソ……俺もここまでか」


 小さく愚痴を溢し、溜息と共に首の力を抜き重力のままに後頭部を大地に落とす。

 故郷を飛び出し、冒険者として幾多の死線を超え腕を磨き、ウシュムに認められ国に仕え、遂には近衛騎士団の団長にまで登り詰めた。


 (俺みてーな凡人の田舎者からすりゃ上等どころか出来すぎだわな)


 ただ、それでも敢えて欲を口にするとすれば。


 (陛下をお守りして死ぬんなら未練なんざ残りゃしねーんだろうな、きっと……)


 言うまでもなく、近衛が君主を守らず他事で命を懸けるなど論外である。 この戦場が死地と化した現状であれば尚更、何を於いてでも君主の下へ駆け付けるべきであろう。

 だが、現実は皇の下へ馳せ参じる事無くこの厭味ったらしい陰険眼鏡の為に体を張った。

 背信もいいところであろう、知られれば将兵は愚かガオルーンの民にすら恩知らずと蔑まれ、罵られることだろう。


 (けど、それでも……ダチを見捨てられるほど、俺は器用じゃねえんだよなぁ)


 すんません陛下、お叱りはいずれ彼の地で再度(まみ)えた時にでも。 と小さく呟き、近寄ってくる足音を耳で拾いつつそっとその目を閉じる。


 (できりゃ、苦しまねーようにひと思いにやって欲しいところだな)


 生きたまま臓腑を貪られ苦痛の中息絶えるなど冗談ではない、さぱっと素っ首叩き切って欲しいものである。

 そんな阿呆な事を考えている間に足音は更に近づき、やがて止まる。

 瞳を閉じても分かるほど至近に気配を感じ、流石に迫る死の予感にベンはごくり、と息を呑み……。


 「バカがっ。 立てっ、立たんかベンッ!!」


 覚悟を揺るがせる魂の咆哮が、耳朶を叩く。

 眉を顰めつつそっと瞼を開き、首を巡らせれば血を吐きながら必死に声をあげ、芋虫の如く蠢きながらこちらへと這いずってくるハースの姿。


 (やめろよ、ばか。 なんだよその泣きそうな(つら)はよぉ。 そんな姿見せられちまったら……)


 「……折角の覚悟が揺らいじまうだろうが、この馬鹿がっ」


 ぎりり、と歯を噛み締め力を失った四肢を叱咤し。

 震える腕を力尽くで捻じ伏せ、拳を握り込む。


 (あ~クソッ、もう知るかっ! こうなりゃ自棄だ、最後の一瞬まで…)


 「全力で抗ってやるよ馬鹿野郎っ!!」


 そう叫び、体を跳ね起こし、至近に迫った禁獣へと拳を叩き付けようとしたその瞬間。


 ビチャリ、と。 その顔面を暖かい液体が襲う。

 突然の事で反応などできよう筈もなく、目を汚すその液体に視界を奪われ見据える対象を失ったまま振るわれた拳は虚しく宙を切り。


 「ぐぇっ…」


 限界を無視し搾り出した力に二の矢などある筈も無く、ベンの体は無様に大地へと打ち据えられた。


 「くっそ、何がっ……!?」


 必死に目元を拭い視界を確保するベンのすぐ傍に、べちゃりという音を立て何かが落ちる。

 次いで離れた場所でも二度、同じような音が耳を打つ。


 「マジで何事だよっ!?」


 叫び、腕で乱暴に両目を拭い真紅に染まる視界を無理矢理開かせたその先には。

 大地に転がる三つの首と、首を失いふらふらと左右に小さく振れ、やがて力無くぐにゃりと大地に(くずお)れる三体の禁獣の体。


 「・・・・・・・・・・は?」


 眼前のその光景が、まるで理解できず。

 説明を求めるように、縋るように視線を向けたハースはぽかんと口を開け、ただ宙空へと視線を向けていた。

 その視線に釣られるように、ベンも宙空へとその視線を移し。




 宙空を跳ね飛ぶ、小さな白い影を見た。


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