104:大乱-⑩
「なんか俺らを見るリーンの姐御の目がずっと冷たかった件」
「そりゃそうっスよ、俺っち達がこれからなにをしようとしてるのか気付いてたっぽいっスからね。
ちなみに睨まれてたのは単純に火薬の臭いが鼻についたからっスよ」
風呂敷を担ぎ全力で走るサルースと部下三名。
これから為そうとしている事への緊張を軽口で誤魔化そうとしているのを理解したサルースは速度を緩め口を開く。
「え、それってヤバいんじゃねーっすか?」
「大将にチクられたらボスをしばき倒しに来かねねーんじゃねーっすか?」
「ああ、それは大丈夫っスよ、姐さんの優先順位は兄貴が不動の一位っスからね。
兄貴の身の安全の為なら俺っちらが神風かまして玉砕しても眉一つ動かしゃしねーっスよ」
「リーンの姐御やべぇよ・・・やべぇよ・・・」
「俺らみたいなモブは兎も角ボスが玉砕しても眉一つ動かさねーとかリーンの姐御冷血ってレベルじゃねーぞ…」
サルースの言葉に青褪め小刻みに震え出す三人の部下に微笑ましいものを見るように苦笑しつつ。
(眉一つ動かしゃしねーっスよ、姐さんは。 ……すべてが終わって、一人きりになるまでは、の話っスけど。
どうも姐さん、人前で弱ったところを晒すのを恥と思ってるくさいんスよねぇ)
ガオルの言葉を遮り逃げるようにその場を後にしたあの瞬間。
こちらを見るリーンの目に宿っていた、怒りとも悲しみともとれる揺れる炎。
(ただ、まぁ……)
己の存在が心を揺さぶる程度に、リーンの中に強く根付いているという事実に不謹慎ながら頬が吊り上がるのを堪え切れず。
決して届くことのない夜空の星に恋焦がれた甲斐があった、と暗い喜びがサルースの胸に宿った。
「…ボス、なんかニヤけてますけどどうかしたんで?」
直後、部下に指摘されてその感情は言葉にできない羞恥心に塗り潰されたが。
「んにゃ、なんでもねーっスよ。
それよりキミら、ほんとに俺っちについてくる気っスか?」
今ならまだ逃げれるっスよ? と問い掛けるサルースに、三人はなにを言ってるんだコイツはという侮蔑の視線を全力で注ぎ。
直後、三人揃って一瞬視線を逸らし、再度視線をサルースへと合わせ。
「「「ば~~~~~っかじゃねえの!?」」」
容赦も情けもなく、そう言ってのけた。
「…三人声を揃えてとか酷くねっスか?」
サルースがジト目で問い掛けるも。
「ボスが」
「アホな事を」
「言うのが悪い」
どこでどう示し合わせたのか、息ぴったりに声を揃えて言ってのける三人にサルースは一瞬言葉を失い。
「…キミら連携ばっちりっスね」
そう言ってのけるのがやっとだった。
「そりゃ俺ら三人、猿人っつーか獣人としてはおちこぼれもいいとこっすから」
「肩寄せ合って協力してなきゃ生きていけなかったんで」
「そんな生活をガキの頃から続けてりゃこんくれー雑作もねーっすわ」
それに対して返ってきた言葉はとても重かった。
言葉を失い、足速の鈍ったサルースに、三人はニカッと笑いかけ。
「強さがすべて、弱者に価値なし。 それが当然の道理だったアラケルに、ボスっつー族長が生まれた」
「猿人としては中の下のボスが族長にたってから、猿人は明らかに変わって。
俺らみてーなザコでも同胞として受け入れられるようになった」
「俺らだけじゃねー、他のザコ連中やこの先産まれてくるそいつらにも生きる場所をくれた。
そんなボスの為なら命の一つや二つくれー喜んで差し出すに決まってんじゃねーっすか」
迷いも、躊躇いもなく、そう、言ってのけた。
緊張の色こそ隠せないが、その顔に悲壮の色はなく、ただ誇らしく笑うその姿が、サルースにはとても眩しくて。
「……出来れば、キミらみたいのにはこの先の猿人族の為にも生き延びて欲しいんスけどねぇ」
そう、呟くように言葉を溢しながら視線を逸らすのが限界で。
視線を外された三人も、サルースの頬を濡らすそれを見てみぬふりをし互いに目配せし笑い合い。
「んじゃ、その命遠慮なく使い捨てさせてもらうっスよ」
震える声でサルースの放ったその命令に、笑顔を真顔に変え。
「「「合点でさぁっ!!」」」
声を揃え、敬愛すべき長の命令に応えた。
やがて、四人は死臭漂う肉片の散らばる血沼へと辿り着く。
「おーおー、ド派手に暴れてるっスねぇ…」
「改めて見ると洒落になんねー大きさっすね、あのバケモン」
巨躯を仰ぎ見、溜息を溢しながら言葉を漏らすその間も巨大合成獣の動きが鈍ることはなく。
己に群がる獣人、周囲に転がる合成獣の骸の区別なく踏み砕き、手の届く範囲にあるものを手当たり次第掴み胴体の口へと運んでいく。
「…喰ってるっスねぇ」
「…喰ってやがりますねー」
「…あ、いま合成獣の死体喰いやがったっすね」
「…でかかろーが頑丈だろうが、所詮は合成獣っすね」
口々に呟き、互いに顔を見合わせ、頷き合い。
「あの手なら四人纏めて掴むくらい訳なさそーなんで固まって突撃で」
「喰われる瞬間俺らが犠牲になってボスを口内に送り込む流れで」
「んじゃお前ら一瞬でいいから歯を止める役な、その間に俺がボスを口内に押し込むわ」
「「おけ、把握」」
「……これから死ぬってーのにキミら軽いっスね」
苦笑交じりのサルースの言葉に、三人はそれぞれにポーズを決めながら似合わないウィンク一つ。
「無駄死なら足掻きもするかもしんねーっすけど、これは意義のある死っすから」
「ボスと猿人種の誇りの為に散る、俺らみてーなのにゃ勿体ねーくらいの晴れ舞台」
「これで奮起しなきゃ嘘っしょ」
「…ほんと、俺っちなんかにゃ勿体無い部下っスね」
そう呟き、三人の反論は片手で制し。
瞼を閉じ、大きく一つ深呼吸。
やがて開かれたその瞳に決意の炎を灯し。
「…行くっスよ」
言葉と共に突き出した拳に、三人の拳がそれぞれにぶつかり。
大きく一つ頷き合い、四人は巨大合成獣目掛けて突撃した。
■□■□
「おらぁ、こっち見ろやデカブツッ!!」
死地の只中、己の猛攻がなんら成果を生む事無くただ悪戯に部下が磨り減る様を見せ付けられ戦意を失いかけていた犬人の族長フォグ=ノーツの耳朶を威勢のいい声が打つ。
(この状況下でまだこれほどの戦意を保つ者がいるのか!?)
その事実が信じられず、慌てて視線を移したその先にいたのは…──── 四人の猿人であった。
それを目の当たりにしたフォグはまず、己の目を疑い。
次いで現実を受け入れ、絶望した。 ……ああ、猿人の生き残りが発狂したか、もしくは自棄を起こしたか、と。
元々、猿人種は獣人の中では弱い部類になる。
多少の知恵は回るがそれが逆に枷となり、獣人の生まれ持った獣性、野生を阻害し命惜しさの理性が勝る。
当代の族長であるサルース程の知恵を持てばその理性をうまくコントロールし獣人とは別の視点から様々な発想を生みはするが、それはあくまでサルースという個人が例外であり猿人そのものへの評価とはならない。
そう理解しているからこそ、フォグは彼の猿人達の姿に絶望し。
「…サルース?」
その中に、己が唯一認める猿人の姿を認め、再度己の目を疑い瞼を擦り。
再度視線を向けたその時には、叫び声に気付いた巨大合成獣がサルース達へと突進を開始していた。
「…っ、いかんっ!」
一瞬呆然とし、現実を脳が受け入れ、サルースを救うべく部下に号令をかけようとしたフォグの視線の先で。
薙ぎ払うように振るわれた巨大合成獣の腕が周囲に転がる様々な骸を弾きながらサルースを含む猿人四名を掴み。
「やめっ……!」
伸ばした腕と静止の声も虚しく、己が胴体にある大口へとその腕を運び、手中のそれを放り込む様をただ見せ付けられた。
「馬鹿、な……。 サルース、お前程の男が何故………」
戦場の只中である事も忘れ、呆然と頽れるフォグの視線の先で、不意に巨大合成獣が動きを止め。
直後、轟音と衝撃が一帯を襲う。
やがて、暫しの静寂の後、土埃が風に浚われ。
目元を庇う腕を外したフォグがまず目にしたものは、胴体の半分以上を失った巨大合成獣の姿。
眼前の光景が信じられず、呆然とするフォグなど意に介すこともせず。
地響きを立てながら、その巨躯が大地へと沈んだ。
■□■□
「「猿人舐めんなゴルァァァッ!!!」」
雄叫びと共に、降り降りてくる上歯を二人が体を張って受け止め。
「ボスっ、後は頼んますっ!!」
残った一人が全身でサルースを突き飛ばす。
ゴリュッ、バリッ、ゴキッ。
されど、たかが人ふたりの力でその巨躯の咬合を押し留められる筈などなく。
容赦なく降り来た上歯と下歯とに、三人の体とサルースの右足は容赦なく噛み砕かれた。
「いっ…………でぇぇぇぇぇ~~~~~っ!!?!?」
と、普段であれば叫んで転げ回っていた事だろう。
だが、今現在サルースにとって肉体の痛みなどあって無きが如しであった。
ゴリッ、ボリッ……。
背後で聞こえる、この音が示す意味に比べれば。
この程度、なんら痛痒になどなりはしない。
歯を食い縛り、背後を顧みる事無く、周囲を睥睨し。
「…ああ、最後の希望も消え失せたっスか」
視線の先には、口内に深々と突き立った槍。
中程までが巨大合成獣の肉に埋め込まれているにも関わらず出血の見て取れないそれは、このバケモノの口内がどれだけ頑丈なのかをサルースにまざまざと見せ付けて。
「…奇跡の生還、獣人の英雄サルース=モネラ誕生。 ちょっとだけ、夢見たんスけどねぇ……」
はぁ、と溜息ひとつ。
次いで、己の頬を叩き気合を入れ。
「あるのか知んねーっスけど、このバケモノの胃の腑めがけて潜るとするっスかね……」
最後に、そっと咀嚼音の止んだ背後を振り返り。
「リヅィー、バゾン、ガンダル、キミらの事を俺っちは心から誇りに思うっスよ……」
そう呟き、暫しの黙祷の後、サルースは痛む足を引き摺りながら喉の奥へと歩を進め。
やがて、轟音と共に喉を、口内を爆炎が焼き尽くし、内部に残っていた数多の肉片が有象無象の隔てなく灰燼へと帰していった。
■□■□
「…何が、起こった?」
眼前で繰り広げられる光景が信じられず、ミラ法国教皇シュタットルム=オーウェンは呆然と呟き。
次の瞬間、その景色が傾き、流れ行き。
シュタットルムの首が、大地に落ちる。
「…どうせ、そのくらいじゃ死なないんでしょ?」
その言葉に応えるように取り残されたシュタットルムの体が動き、振り上げられた両手の十指がその姿を変え、声の元へ殺到し。
「じゃま」
一本残らず微塵に切り裂かれ、首の後を追うように肉片が大地へと降り注いでいく。
それを無感情に眺めたシュタットルムの目が、それを為した人影へと向けられ。
その視界が、左右に両断された。
「何度でもころしてあげるから、はやくかいふくして?
私の気がすむまで、あなたの命運がつきはてるまで」
左右に分かたれた瞳がそれぞれに捉えたのは、能面のような表情の兎の耳を生やした獣人。
その後方には、憤怒の相を浮かべ血涙を流す狼の獣人。
「そうか、貴様らが私の絶望か……」
そう呟くシュタットルムの左右に割れた顔を、断面から生えた肉の触手が絡み合い、引き寄せ合い癒着し。
いつの間にか生え揃った十指でその首を掴みあげた首なしの胴体が、それをそっと断面へと添え。
「いいだろう、ならばその絶望を食い破って私は更に高みを目指すとしようか」
役者は揃い踏み、舞台は整えられ。
彼の地における大乱の最終幕は、静かに切って落とされた。




