100:大乱-⑥
ガオルーン皇都郊外にてガオルーン・トリュケシア連合が死闘を演じる中。
ミラ法国の首都へと攻め入った獣人国家アラケルの面々もまた、地獄の中にいた。
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「じいさん、被害は?」
「…凡そ七割。 狐人、虎人、熊人、獺人、猪人の部族が壊滅しました」
「クソがッ!!」
ざっくりと裂かれた肩口を縫い合わされながらゲオに問い掛けたガオルは、返事を聞くや否や激昂し治療にあたっていた衛生兵を跳ね飛ばし立ち上がり。
そのまま戦場へと駆け出そうとするガオルの足に、ゲオが必死に飛び付き拘束した。
「…どけ、じいさん」
「離しませぬ! 今ここで王の身にもしもの事があれば最早兵は戦えませぬ、そうなれば後は鏖殺されるだけです。
それでも構わぬと手当ても終えずに戦場に舞い戻るというのであれば、どうぞ私の屍を踏み越えておいきくださいませ」
容赦なく殺気を叩き付けながら睨み付けても微塵の怯えも見せず。
むしろこちらを威圧せんばかりのゲオの迫力に気圧され。
牙を剥き唸りながらゲオと戦場とを交互に見やった後、一つ舌打ちをしガオルは荒々しく地に腰を下ろした。
弾き飛ばされ尻餅をついていた衛生兵はそんなガオルを怯えた目で見やり、次いでその視線をゲオへと向け。
その視線に気付いたゲオが頷いたのを確認した後、恐る恐るガオルへと歩み寄り治療を再開する。
傷の痛みに顔を顰めながら、ガオルは何故こうなったのかを思い返していた。
ミラ法国の首都へと攻め込み、陥落させる。 そこまでは非常に容易かった。
無論首都と呼ぶに相応しい規模を持つそれは道中にあった集落とは比べ物にならない程の人員を収容しており、粗末な防具に身を包んだ自警団と思しき集団を筆頭にここまでの行軍の間散々苦しめられた狂信者がガオル達へと襲い掛かってきた。
が、連中に苦しめられていたのは守るべき兵站があり、また、散発的なゲリラ戦術によって徹底して相手とこちらとが噛み合わなかった為である。
獣人は、単純な身体能力においては純人種より遥かに勝っている。
故に、例え炎を纏って突撃してこようが爆薬を体中に巻きつけていようが命を捨ててこちらにしがみ付き後続に己ごと長物で貫かせようと試みようが。
進軍しながら兵站を守らねばならない、という楔から解き放たれ。
真正面に敵を捉え、策もなくただ純粋にぶつかり合うという己の土俵に至った獣人が。
たかだか狂信者如きに苦戦する道理など、存在する訳もなく。
襲い来るすべてを薙ぎ払い、屍山血河を築き上げ、踏み越え、やがて獣人勢は首都の中央に聳える大聖堂へと辿り着いた。
「なんかあるとすりゃここだわな。 よ~し、んじゃ家捜しして金目のもん根こそぎ奪って……」
「それは困るな」
ガオルが獣人達に指示を下し終える前に、それを遮る言葉を発し。
コツ、コツ、と足音を立て大聖堂から一人の男が姿を現す。
白いローブを身に纏んだ、2メートルにも達さん程の頑健長躯の壮年の男。
「ここは我らにとって神聖なる場、知性のないケダモノが足を踏み入れていい場所ではないのだよ」
嘲りの色も見下す視線もない、ただ淡々と事実のみを語るかのような男の姿に獣人への嫌悪や忌避は見受けられず。
故に、そうした感情を持たずこちらを知性のないケダモノと評したそれはあまりにも屈辱的で。
ガオルが口を開くよりも先に猿人の戦士が三人、殺気を漲らせながら男へと肉薄し。
一人は腹部、一人は胸部、最後の一人は手にした刃で喉を刺し貫き。
直後、巨大な顎に喰い散らされ肉片と化した。
「…まさか、言葉を交わす程の知性すらないとは驚きだ」
そう呟く男の左手は膨れ上がり、変質し、五指それぞれが数多の牙を持つ巨大な顎と化しており、滴る血と指牙にこびり付いた肉片がまやかしなどではないと強烈に主張している。
「折角のローブも汚れてしまった、今日は本当に厄日だな」
そう呟き、男はガオルへと視線を向ける。
その瞳には先程までと同様に嘲りの色も見下す視線も宿ってはおらず、先の三人も含めてこちらをまるで路傍の石程度にしか認識していない錯覚に襲われた。
「あまり荒事は好みではないのだが、かといって流石に貴様らを生かして帰す訳にはいかん」
体に突き立った刃を引き抜きながら語るその声音はどこまでも平坦で。
あまりにも自然体なその姿に、異形と化した左手や刃を抜き去った刺痕から一滴の血も零れることなく塞がっていく様を見せ付けられて尚。
ガオルの中には敵意や害意でなく、畏怖の感情のみが渦を巻いていた。
「随分と強い言葉を使うが、ただ一人で我らと相対するつもりか?」
そう問い掛けたのは、猪人の族長であった。
その問い掛けに男はふむ、と相槌を打ち。
「確かに、貴様の言う通り私は一人だな」
男がそう呟いた瞬間。
唐突に大地が揺れ、裂け。
轟音と共に周囲の建物が砕け。
大気を裂き、遥か上空から。
大量の異形の獣が、姿を現した。
「が、人ではないものならばこの通りだ」
大地を貫き、潜んでいた建物を砕き、空の彼方から舞い降り。
姿を現した合成獣の軍勢は、圧倒的優位であった筈の獣人勢を包囲し。
「そう言えば、まだ名乗っていなかったな」
声、そして、再び地揺れ。
「私の名はシュタットルム=オーウェン。 この国で教皇を務めている」
轟音と共に大地が隆起し、更なる地揺れと共に爆ぜ飛び散り。
「この地で同胞の流した血と涙、そして散っていった数多の命の灯火。
その報い、貴様らの薄汚い血と肉であがなうがいい」
全長10メートルにも及ぶ、胸部に巨大な顔面を生やし六本の腕を持った、本来頭部のあるべき場所に紫色の炎を灯す漆黒の巨躯の絶望が姿を現した。




