96:大乱-②
『合成獣』 。
錬金術士が造り上げた人造の生物であり、その素体となるものは製作者により多岐に渡る。
複数の魔物や動物、蟲などを特殊な溶液に溶かし、そこに一定以上の能力を持つ魔物の血、高ランクの宝石を加え煮詰める事で魔核と呼ばれる合成獣の心臓部位が完成する。
それを素体となる魔物に埋め込む事で魔核内に取り込まれたモノが素体と融合し、混じり合う事で合成獣は誕生するのだが、言うまでもなくその能力は魔核に溶かし込んだモノや素体の能力に左右される。
結果として素体、及び魔核の素材となる生物を厳選する事で理論上の合成獣の能力には上限がないとされている…、のだが。
合成獣の特徴として自我も知性も持たず、主の命令、それも簡単な指示しか受け付けないという点がある。
故に融通が利かず簡素な罠ですら容易にかかってしまう為、合成獣は事前準備さえしっかりとしておけば鍛えた兵士が五人もいれば討伐できる程度の魔物であるというのが一般的な認識である。
命じた事しかこなせず、命令がなければ何もせず、思考する知性もなく、どれだけ強化しようとただ本能のままに行動する事しかできない獣にすら劣る欠陥生物、それが合成獣というモノの総評であった。
一人の狂人が現れるまでは……。
禁忌の錬金術師、ミラ=フォールン。
彼女は、その欠陥を改良ではなく別の方向からアプローチし、成功した。 してしまった。
本来魔物は自我が薄い。 無論、確固たる自我を持つ個体も存在するが比率としては非常に少数である。
それ故に他の生物と混じり合う中でただでさえ薄い自我が更に曖昧になり、やがて己の認識すらできない程に希薄になった結果が欠陥生物である。
ならばどうするか。 簡単な話である、素体にしっかりとした自我を持つ者を据えればいい。
と、言葉にするのは簡単であるが、実際にやろうと思ってできるようなものではない。
極々稀に例外も存在するが、基本魔物とは世界の理に定められた種族そのものであり、 「自分は○○という魔物である」 という認識が当然である。
逆に 「自分は○○という魔物で、名前は△△である」 などと自己を確立している場合、それは世界の理の枠組みから外れた存在であり、世界の理による制限を超越した存在となる。
よってこれを捕獲し、もしくは無力化した上で魔核を埋め込むなど先ず以て現実的な話ではなく、当時神属ですらなかったミラ=フォールンにそんな力が無いのは言うまでもない。
そも、世界の理を超越した能力と確固たる意思を持ち合わせた存在がミラ=フォールンに従う道理などある筈も無く、万が一この方法で合成獣を造り出したとして命令などできる訳がないのだが。
ならばどうするか。
自我を持ちながら大した力を持たず、また幾らでも存在し好き放題実験台として使える生物……ヒト種を用いればいい。
倫理を廃し、人道に背を向けたその狂気の実験は、しかし容易く失敗した。
徐々に他の生物に己の内部が侵食され、自分が自分以外のナニカに変じていくという現実にヒト種の精神は持たなかった。
結果、生まれたモノは時間の経過と共に崩壊していくただ生きているだけの肉の塊であった。
普通ならそこで諦めて別のアプローチを試すのであろう、しかし彼女は普通ではなかった。
自我の保持と合成獣化の両立は不可能、ならば合成獣にヒト種の精神を埋め込めばいいのではないか? そう考え、迷い無く実行に移した。
精神、自我とはどこに宿るのか?
その疑問に対しミラは脳髄であると結論付け、それからの数年をヒト種の脳髄を引き抜き、それを生かす研究に没頭した。
幾つかの亜人の集落が滅び、地方の小さな村が多数消失した頃、ようやく一定の成功をおさめミラの研究は次の段階へと進んだ。
第二段階である合成獣への脳髄移植、こちらもまた難航を極めた。
埋め込んだが最後、あっという間に素体となった魔物に脳髄が侵食され、またしても生きているだけの肉の塊が量産される事となる。
かといって脳髄を引き抜いた後のヒト種の骸に魔核を埋めてみた所で最初の失敗同様に魔物の性質に耐え切れず時間の経過で肉体が崩壊していく肉の塊が生み出されただけであった。
これにより再度行き詰まりを感じ悶々と過ごす日をいくらか重ねた末に、ミラが辿り着いた結論は人造人間であった。
ただし、本来の製法とは異なり素体成形の段階で砕いた魔物の肉を混ぜ込み、出来上がった雛形にヒト種の血だけでなく魔物の血も与え徐々に変質させていく。
幾度もの失敗を経て、ようやく魔物の性質を持つ人造人魔が完成する頃にはミラの住処から最も近い位置にあった男爵領内から人が絶えていた。
完成した人造人魔への魔核の埋め込みはあっさりと成功した。
懸念していた肉体の崩壊はなく、また魔核の影響で人型から異形化する事もないミラの理想の器。
これまでの失敗はどこへやら、侵食や拒絶反応を起こす事もなく脳髄は無事肉体と定着し。
遂に人間種を素体とした合成獣、禁獣はこの世に誕生してしまった。
脳髄の状態で精神を犯され、様々な実験の実験体となり、恐怖と妄信を刻み込まれたそれらはミラに服従し、しかしヒト種のように思考を持ち複雑な命令も容易くこなしてのけた。
それどころか主命を汲み、状況に応じての柔軟な対応すら可能な知性を持ち、ヒト種として振る舞い他者を欺く術すら身につけてしまっていた。
合成獣と同様に魔核により埋め込まれた生物の特質を持ち、その因子を覚醒させる事で肉体を自在に変ずる術を持った悪意あるヒト種。
その脅威は合成獣の比ではなく、一体で一個小隊を殲滅した記録すら存在する。
そんな禁獣が二千三百。
そしてそれを率いるは神属ミラ=フォールン。
単純な戦力比で見ればガオルーン皇国が勝っているが、兵一人辺りの能力比はあまりにも圧倒的で。
大陸の趨勢を賭けたこの大乱は、ミラ法国による蹂躙の場であった、と後の歴史書は語っている………。




