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95:大乱-①


 それ(・・)は、あまりにも突然であった。


 朝日が昇り大地が光に照らされる中、皇都ガオルーンの周囲に広がる平野、正門の位置する方角。

 整地された道を堂々とやってきた白装束の一行に、門上に構える兵士は虚を突かれ呆然と見やることしか出来なかった。


 「ガオルーン皇に伝えなさい、今から一時間の猶予を与えるから存分に足掻きなさい、と」


 門前20メートル程の位置で立ち止まった白装束の一行の中から歩み出た濃紺のローブを身に纏った一人の女性。

 その口から紡がれたその言葉に門兵は思考が停止し、暫しの間を置いてその言葉が脳に浸透すると共に声にならない叫びをあげ、皇城へ向けて悲鳴のような報告を飛ばす。

 この日、大陸の趨勢をかけた大乱の幕が切って落とされた。




 城内は正に混乱の極みであった。

 蜂の巣をつついたが如き狂騒の中、将兵は背に火でも点いたかのように必死の形相で駈けずり回り慌しく軍備を整えていく。

 一方で集い、顔を突き合わせ、これからの方針を話し合うべきガオルーンの重鎮勢はまるで通夜のように顔色悪く、皆一様に口を閉ざしていた。


 「どうやら見事に予想を外されたようだな」


 「むぐっ……」


 沈黙の中、静寂を切り裂くように突然放たれたその言葉にウシュムが呻き、他の者は己が王を責め立てるかの如き発言をしたその相手を睨み付ける。

 周囲からの害意の視線に晒され、されど泰然たる態度を崩す事無く、カミラはふっと笑ってみせた。

 その様子に更に視線が強まったのを悟り、カミラは苦笑しながら手を振った。


 「ああすまぬ、別にガオルーン皇を責めている訳ではない。

  物事が予想通りに進むほど世の中甘くないと痛感していた筈が、気付けば想定通りに事が運ぶであろうと高を括っていた己が可笑しくてな」


 そう言って呵呵と笑いながら、カミラは改めてウシュムへと目をやる。


 「さて、前提は崩された。 余の部下がやってくるのは行軍速度を考えれば昼を過ぎるであろう。

  それまでの間、ガオルーンの兵力のみで連中と遣り合わねばならぬ訳だが……策はあるか、ガオルーン皇よ?」


 仮に異常を察して全速でやってきたとして、即戦闘に耐え得るかは疑問よな、と楽しそうに笑いながら紡ぐカミラに、苦虫をダース単位で噛み潰したかのような渋面を浮かべるウシュム。

 本来であれば、トリュケシアの軍と合流後皇都の外に陣を構え万全の体勢で迎え撃つ心積もりであった。 だが、それはカミラの言葉通り想定を遥かに覆す速度で攻め入ってきたミラ法国の襲来により覆される事となった。

 ならば、次善策はトリュケシア軍が合流するまでの間を篭城で耐え忍び、十分な戦力が揃った上で攻勢に出るべきであろう。

 ただし、それは本来ならば(・・・・・)というただし書きが付く。


 「…正面から打って出る」


 「その心は?」


 クスクスと笑いながら問い返すカミラの目に獲物を甚振る狩人の色を見出し、ウシュムは天を仰ぎ心底嘆く。

 嗚呼、何故俺の周りにはまともな女が一人として存在しないのか、と。


 「…何か不快な思考をしていないか?」


 「…ナンノコトヤラ?」


 ジト目で睨め付けてくるカミラの視線から逃れるべく視線を逸らせば、その先には同じくジト目でこちらを見ている妻と侍女長の姿。

 げに恐ろしきは女の勘哉、と冷や汗を垂らしつつも一つ大きく咳をし、無理矢理話題を変える。


 「連中が攻めてくるのは二日後と言ったが、ありゃ単騎で馬を使い潰す勢いでかっ飛ばした場合の進軍速度で試算した数字だ。 ところが蓋を開けてみりゃあちらさんは想定の半分以下の時間で勢揃いときたもんだ。

  地形や街道を外れ人目を避けた獣道の立木密度を考えりゃ単純な高速移動でどうにかなるような問題とは思えん。

  にも関わらず雁首並べて展開してるって事は地を駆けてきた、でなく空を飛んできたとしか考えられんだろ。 実は地を掘り進んできたなんてふざけた事実がなけりゃの話だがな」


 「人を使った合成獣(キメラ)、禁獣。 その性質を考えれば翼が生えて空を飛ぶくらいは平然とやらかしそうではあるな」


 とりあえず誤魔化されておいてやろう、とこちらの肝胆を寒からしめる言の葉をぼそりと呟いた後こちらの言を肯定するカミラ。


 「対空準備をした所で人間大の合成獣(キメラ)を撃ち落とし尽くす前に皇都内に侵入されて内側から喰い破られるのがオチだ。

  大規模展開できず少勢を各個撃破されるくらいなら始めから数の利を活かした正面突撃の方がまだましだ」


 引き攣りそうになる頬を全力で制御し、呑み下しかけた息を言葉ごと無理矢理吐き出す。

 その有様すら見抜かれているだろうが、それは敢えて思考から押し出す。 今は些事に気を取られている余裕などありはしないのだから。


 「人型ではあれど並の人間が束になっても敵わぬ合成獣(キメラ)の群れと建物の立ち並ぶ皇都内で市街戦は分が悪いなどというレベルではないからな。

  方針は分かった、だが勝ちの目はあるのか?」


 「避難してきた民や皇都の住民に護衛として割いたお陰でこちらの兵力は一万二千、対して相手は二千強。

 4~5人で一殺、はどう考えても現実的じゃねーな」


 お手上げだ、とばかりに肩をすくめてみながらウシュムはカミラに目で問いかける、そちらの手札はどの程度だ、と。

 その視線を受けおお、とわざとらしい声をあげにやにやと笑いながら


 「そういえば言っていなかったか、余の連れて来た兵力は八千だ。

  合わせれば8~9人で一殺、少々厳しいところではあるがそこは主戦力を遊軍に回す事でフォローしていくしかあるまい。

  無論本命と遣り合う事も考慮せねばならぬ故あまり派手に動かす訳にはいかぬがな」


 「…普通、兵数は先に伝えておくもんだと俺は思うんだが?」


 「聞かぬ貴様が悪い」


 状況が矢継ぎ早に進み過ぎた為に精神に余裕がなかった、などただの言い訳に過ぎない。

 ぐうの音も出ないカミラの正論をそう読み解き、ウシュムは溜息を漏らし、そして同時に安堵する。

 国家の王として幾度(いくたび)か顔を合わせたとはいえそこまで深い親交があった訳でないため、カミラ=トリュケシアの為人(ひととなり)をウシュムは伝聞でしか触れていなかった。

 そしてそんな伝聞で最も聞こえていたものが戦馬鹿の氷炎帝、これで警戒するなと言う方が無理な話である。


 先々代、ウシュムの祖父が交わした条約があり、また状況的にも手段を選り好める状況でなかった為カミラの提案を受け入れはしたが、ウシュムはずっとトリュケシアを警戒していた。

 が、その警戒はこうして顔を突き合わせ腹を割って話をしていく中で気付けばどこへともなく消え失せていた。

 我ながら王失格の甘さだと思わなくもないが、これが自分の性分であり一度身内と定めた相手には駄々甘になる気質は周知の事実故そうであれと受け入れる他無い。

 そも、実際カミラと一個の人間として接したウシュムからすれば噂はあくまで噂に過ぎず、過剰の警戒をする事程愚かしいことは無いと十分に理解できている。

 それは悪戯にカミラの精神を刺激しかねない最悪手でしかない。 寧ろこういった類の人間相手には胸襟を開き、下手な隠し立てやいらぬ感情は徹底して払拭するべきである。


 平時は常に冷静で感情を表に表さぬ氷の乙女、しかして一度(ひとたび)戦場へと赴き剣を握ればその顔に笑みを浮かべ敵対するすべてを屠るまで決して止まらぬ炎のような荒き気性、などと謳われてはいるが……。

 会って第一声が 「御義父殿、お嬢さんを余によこされよ」 である。 これが氷の乙女などと性質の悪い冗談以外の何物でもない。

 確かに表情はそこまで変わらないが、目は口ほどになんとやらという言葉の通り彼女の目は容易に感情を表しそれを周囲に知らせてくる。

 彼女を氷炎帝などと呼んだ輩は余程彼女自身の事を見ていないのだろう。


 戦馬鹿、の悪評に関しても確かに血の気は多く見え、好戦的な性質ではあると思う。

 だがそれは喧嘩っ早い、考えるよりも先に手が出るなどと言った類のただの馬鹿でなく闘争を好み、されど闇雲に暴威を振るうのではなく状況を読み、場を構築し、勝利への道程を見据えた上での争乱を求める王の気質であるとウシュムは見て取った。

 少なくとも暴力自慢の愚鈍な阿呆ではなく、十分な知を兼ね備えている事は間違いない。

 もしこれが敵であれば非常に厄介極まりないが、それは裏を返せば味方としてみればこれ程頼もしいものはないという事でもある。


 「…頼もしいこった」


 小さく呟いたその言葉は耳に届かなかったのか、何か言ったかと問いたげな目をこちらへ向け首を傾げるカミラ。

 その可愛らしい仕草と風評の差につい噴き出してしまった自分を誰も責める事はできないだろう、笑われた本人を除いては。


 ジロリ、とこちらを睨み付けてくるカミラに笑顔で応え、ウシュムは気持ちを切り替える。

 亡国の危機、眼前に迫った死の気配。 負ければすべてを失い、先人が築き上げてきた全てが崩れ去る。

 だが、それでも不思議と絶望や悲壮感は沸きあがってこない。

 どうにかなる、否、どうにかしてみせる。

 この心強い皇帝陛下殿と心から信頼する部下達とならば、この程度の苦難を乗り越えるなど容易い事にすら思えてくる。


 目を閉じ、大きく息を吸い、それを一息に吐き出し。


 「征くぞ」


 その目は、ただ、前だけを見据え。

 ガオルーン皇国皇帝、ウシュム=ガオルーンはその一歩を踏み出した。























 「あなた、弱いんですから私より前に出ないで下さい」


 「……はい」


 直後、妻に窘められ先陣を譲り渡す事となる。


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