93:我、あてが外れる。
はっと意識を取り戻せばそこはシェラさん'sるーむ。
周囲をきょろきょろ、耳をぴこぴこ、鼻をすんすん鳴らしながら索敵するも敵影はなし。
ほっと胸を撫で下ろしつつ、空中をふよふよ浮かぶ収納バインダーさんに収納されたカードの内の一枚、『ラビでもわかる優しい禁呪入門』をじろりと睨み付ける。
おにょれ破廉恥痴幼女、我は割と真面目に相談したのに面倒臭そうに適当に流して強制送還しよってからに。
とはいえ転んでもただでは起きない我でござーます、さっきの会話の中でこの状況を打破できるっぽい手段を閃いたとです。
破廉恥痴幼女は何気なく放った言葉だったんだろーけども、我は聞き逃したりしませんでしたよ?
「ちびもふは皇国に所属してる訳じゃねーし」
この一文、ふつーに考えればテメー如きに力を貸す理由なんてねーんだよ褌巻いて出直してきやがれこの毛玉野郎ッ!! っていう感じに超訳できるのだけれども。
…なんかどっかで何そのエキサイトし過ぎて本質見失ってる翻訳? っていうツッコミが聞こえた気がするけどきっと気のせい。
こほん、話を戻して兎に角そういった感じのあれがそれで破廉恥痴幼女さんは不干渉を貫いてるっぽいのだが、しかし。
これってさ、逆に考えたら我が皇国に所属すれば神属さんどーにかしたいー、夢の食っちゃ寝生活守りたいー、っていうお願いを聞いてくれるって事でない?
言った本人はそんな自覚なかったのだろうがそんな事は我の知ったこっちゃござーません。
ふっふっふ、我の平穏の為にも牛馬の如く東奔西走して脅威を排除して貰うとですよ。
と、ゆーわけで。
両前足を合わせ、目を閉じ、心の中で祈りを紡ぐように呟く。
我、今日から皇国の子だよー。
ふぁざーとまざーの子供だってゆーのは絶対不変の事実だけど、皇国の子になっちゃうよー。
おうちの場所が分かって帰ることができたとしても、ちゃんと家族を連れて皇国に戻ってくるよー。
皇帝や皇后のめーれーなんか従う気は皆無だけどちゃんとシェラさんの言う事は聞くよー。
これからは皇国の一員として、心を入れ替えて食べ物とか本をポッケないないするのもやめるよー。
だからお願い、神属さんをどーにかして我の安住の地を護ってっ♪
…これでよし、と。
むふん、と満足げに息を吐き、ドヤ顔で禁書をぺちぺちと叩いてカードから実体化させる。
さぁ、我が願いを叶えたまえー、とページを開けばそこには力強いぶっとい筆文字で 『ド阿呆』 と書かれていた。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ?
暫し無言でそのページを眺め、首を傾げ、次いで反対側に首を傾げ直し。
更にページを捲るも、そこから先のページはすべてが白紙で。
フリーズしていた脳内で小さな毛玉が回し車を駆け始め、カラカラという音と共に脳は活動を再開し現状を把握する。
そっと禁書を閉じ、目を瞑り、ふぅとひとつ吐息を漏らし。
なんでさっ!! という我の声無き絶叫が静かな室内に木霊した。
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「…チッ、どうなってやがんだこの国は」
狼頭の獣王は忌々しげに舌打ちをする。
法国の領土に侵入して以来、ガオル達の歩みは牛歩が如くであった。
ミラ法国と名の付くその国に都市と呼べるものは首都ただ一つのみ。 砦や要塞すら存在しないその地に攻め入り首都を陥とすなど造作もないとガオルは高を括っていた。
が、蓋を開けてみれば遅々として進まぬ進軍と千近い死傷兵という燦々たる有様である。
法国内にぽつりぽつりと点在する、村とすら呼べない小規模の集落。
ガオル達がその付近を通るや否やその地に住まう者達は正に鬼気迫る表情で襲い来、それらの迎撃に時間と兵力を消耗させられる。
それら住人達は特にこれといって強い訳でもない所謂ただの一般市民であり、人間と獣人の身体能力の差を考えれば本来このような結果はあり得る筈がないのだが。
ある集落の住人共は身体中に油を被り火を灯し、火達磨と化しながらこちらへと駆け寄り斬られようが突かれようがお構いなしに兵へと全力でしがみ付き諸共焼けて死んだ。
放っておいてもいずれ死ぬ、と甘く考え兵に散開するよう指示を下せば狂気を灯した動く松明は兵站目掛けて駆け出し、結果として迎撃の為に動いた数名の兵が火傷を負い戦力の低下を招くという始末。
相手が一人ならば距離を取り長物や飛び道具で仕留める事が可能であろうが、集落のすべての住人が一斉に押し寄せてくる中でそんな真似をすれば矢玉を無駄に消耗するか裏を取られて更に被害を招いた事だろう。
別の集落では体中に爆薬を巻き付け突進してくる者、自身も冒されながら毒の煙を振り撒く者、果ては大量の魔物を引き連れこちらへ目掛け駆けてくる者など、狂っているとしか思えない悪夢の連続。
ご丁寧にどの集落も井戸から付近の水場に至るまで毒を流し込み死後も尚獣人達を苦しめる。
既に命懸けなどというレベルですらない、己や法国の未来すら捨てた死兵の群れが相手では如何に身体能力に勝っていようと油断などできる筈もなく。
疲労と狂気に精神を蝕まれ、兵共の士気は恐ろしく減退している。
言うまでもなくガオルもまた精神を蝕まれてはいるが、怒りがそれらを容易く凌駕し捻じ伏せている辺り流石は獣人の王たる器である。
「この地の者共あまりにも常軌を逸脱し過ぎております。
今ならばまだ間に合います、ここは撤退すべきかと」
苛立ちを抑えきれぬガオルを宥めるのは梟の獣人ゲオ=ルホウ。
こちらの想定を軽く凌駕する狂気と対峙し疲弊した将兵を見渡した彼の放ったその言葉は、本来であれば採用すべきであった。
「…いや、それは駄目だ」
だが、ガオルは忠臣のその進言を却下した。
「ここで確実に法国の息の根を止めねーとあれが大量に量産されかねねぇ。
もしあれが自国内の防備でなく、群れてうちの国に押し寄せでもしたらどうなる?」
「それは……、ですがミラ法国の王にはガオルーンとトリュケシアがあたるのです。 頭さえ潰してしまえば後は…──」
必死に言葉を紡ぐゲオの口を鷲掴み、強引に黙らせ。
もがき逃れようとするゲオに顔を近づけ、ガオルはその瞳を正面から見据える。
「テメーの破滅を鑑みずに命を捨ててかかってくる連中が、その狂気の元である王が死んだと知ったらどんな暴走をすると思う?」
その一言にゲオの抵抗は止み、暫しの間を置いてその身体が震え出す。
「今、潰さねーとあの悪意がバラ撒かれる可能性がある。
王を滅ぼしたガオルーンとトリュケシアには当然その牙が向くだろうが、便乗してここまで攻め込んだ俺らにその牙が向かないとでも思うか?」
もう遅ぇ、後は滅ぼすか毒に塗れるかしかねーよ。 と、そう呟きガオルはゲオを手放す。
解放されたゲオはそのまま力無くしゃがみ込み、真っ青な顔で己が王を仰ぎ見る。
「仮にガオルーンとトリュケシアが負けたとしても、国さえ滅ぼしゃ連中の足は鈍る。
後は消耗した兵力の回復と呑み込んだ旧ガオルーン領の平定に手間取ってる間にこっちも力を溜め込みゃいい」
分かったらさっさと兵を纏めろ、と言い捨て背を向け立ち去る王の姿を、ゲオはただ呆然と見送ることしかできなかった。
どうしようもないキチガイと認識していた彼がたった今垣間見せた、己を遥かに上回る視野。
ガオルーンとトリュケシア、彼の大国二国を以てしても敗北しかねないなどとゲオは微塵も考えていなかった。
だが王は、その可能性を考えた上で行動を取っていた。
そう理解した瞬間、ゲオは己を恥じた。
先代以上に気狂いのキングオブキチガイ、そうとしてしか彼を見ずに侮っていた。
彼の中にある王才に、先を見据えるその目に気付こうとすらせずにいた己が、とても矮小で愚かしく思える。
恥じらい、悔い、今すぐにでも己が喉笛を掻き捌きたい衝動にかられたゲオの手を止めたのは、先程王から下された指令。
兵を纏めろ、と王はゲオへ向けて指示を出した。
つまりそれはゲオに己の為に働けと、勝手に死ぬ事など許さぬという事。
真意の程などどうでもいい、ゲオにとってはその閃きこそが絶対の事実であった。
「……我が王よ。 このゲオ=ルホウ、この身のひと欠片すら余す事無く御身の為に尽くしましょう」
震える声でそう呟き、拳を固く握り締めゲオは立ち上がった。
すべては王の意のままに、主命を果たさんが為に。
「…ったく、ここで引いちまったら森人共に恩を売れねーだろーが」
背を向け歩き出したガオルの漏らした言葉に気付くことはなく。
先の事など微塵も頭にない、ただの思い付きを適当に並べ立て誤魔化しを口にしただけなどとは露にも思わず。
勘違いを訂正する者もいないまま、王命を受け覇気を漲らせたゲオにより滞りなく再編を終えた獣人の軍は進軍を再開し。
数刻後、遂にミラ法国の首都をその視界に収めるまでに迫っていた。
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噎せ返るような血の臭いと大地を染める赤い雫。
倒れ伏す数多の骸と、無残に打ち捨てられ朱色の泥に塗れたトリュケシアの軍旗。
「どうやらこちらの狙いは読まれていたようですね」
それらをまるでゴミのように踏み躙り、返り血を受け所々を朱に染めた純白の全身鎧に身を包んだ男が呟く。
「つまらないわねぇ…」
そう呟き、溜息を零すのは濃紺のローブを身に纏った暗紅色の髪と濁った瞳の持ち主、ミラ=フォールン。
彼女は周囲に散らばるかつてトリュケシア軍と呼ばれた肉塊を見回し、もう一度溜息を零す。
「これを加工して連れて行けばきっと面白い事になるでしょうけど、流石に時間と素材が足りないわね。 勿体無いけど仕方ないわ、食べていいわよ」
そんなミラの言葉を受け、白いローブで全身を覆い隠した者達は我先にと屍に群がり死肉を貪る。
その様子に目を細め笑みを浮かべ、ミラは先程語りかけてきた全身鎧の男へと視線を移す。
「食事が終わったらすぐに皇都へ攻め入るわ。 急げば逃げ延びた民もお目当ての皇女もきっと捕まえられるもの」
「畏まりました」
「分かったら貴方達も食事になさい、あちらには禁呪があるんだから万全に整えておくように」
「はっ」
応え、一礼し、立ち去る男の後ろ姿を見送り。
ミラはどろりと濁ったその瞳を皇都のある方向へと向ける。
「ああ、愉しみだわ……」
そう呟き、クスクスと嗤うその姿は見る者に怖気を抱かせずにはいられなかった。
かくして時計の針は進む。 零れ落ちる砂は誰にも止める事はできず、事態は急速に加速していく。
その歯車の中に、危機感の薄い毛玉を巻き込みながら。




