第一章「帰還と脆弱な平穏」6
「宴の始まりだあ!」
俺の掛け声を皮切りに、「うおおおお!」と大地を揺るがすような声が上がった。
人間であれ、魔族であれ宴会は好きだったようだ。
「なんというか威厳のない挨拶だったな……」
「親父が壇上に立つと10分は話が続くから、俺はこっちの短い方が好きだな」
化粧はしていないものも、黒いドレスのような服を来て俺の隣に立つゼノウィリアは、父親であるベルウィリアを牽制するように俺の挨拶をフォローしてくれた。
まあ、本心は長い話を聞いていたくないだけなんだろうけどな。
そして可愛い1人娘から話が長いと言われたベルちゃんは、先ほどまでの威厳どうこうはどこにいったのか泣きそうな顔をしている。
しばらく放っとくことにしよう。
「ゼノは短い方が好き……」
「おい、それだけだと違う意味に勘違いされるからやめろ!」
「違う意味?」
サシャはトレードマークの魔女帽子を揺らすように首を捻る。
分からないフリをしているのは火を見るよりも明らかだが、まあ、いつものことだからこっちも放っとくとしよう。
「あの、マスターもどうぞ」
「ああ、ありがとう。──ところでリリィはなんでそんな格好をしているんだ?」
酒を運んできたリリィの格好はなんというか異様だった。
言うなればコスプレ。
黒い獣耳に尻尾、そして胸元を大きく開けた衣装に網タイツ。
どうしてこんな衣装がこのRPGにあるのかは分からないが、その姿は俗にいうバニーガールというものだ。
「あの、えっと、変でしょうか?」
そう聞き返してきたリリィの顔は羞恥からか真っ赤に染まっている。
ここは素直に誉めるべきだろうか?
それとも愛でるべきだろうか?
ま、悩んでいても仕方ないな。
「変。すごく変」
「えっ!? やっぱり……」
「似合いすぎていて逆に変。それと──」
とある言葉を囁く。
そしてリリィの身体が硬直した。
少しやり過ぎてしまったようだ。
「…………はい……」
恍惚とした表情で立ち尽くすリリィは、意識があるのか、無意識なのかも分からない焦点の合わない目のままでそう呟いた。
結局どうしてこんな衣装がこの世界にあるのかは分からず仕舞いになったが、まあ、気にしないことにしよう。
そんなことよりも主催者としてやらないといけないことがあるからな。
なんて思ってはいるんだが、そううまくはいかないようだ。
「おい、三厳! 肉! 肉を寄越せ!」
ウサギの次はドラゴン。
干支じゃあるまいしとは思うが、俺に絡んできたのはレイドラだった。
「肉ならライドラにお前の分も渡していただろ……」
「あんな量じゃたりない! 俺は育ち盛りだからな」
牛3頭分くらいの肉を渡していたはずなのだが、それでも足りないというのか……
確かに生まれてからもう1年が経ち、既に2ユーレほどの立派なドラゴンに育っているが、それにしてもライドラよりも食べる量が多いのは謎だ。
育ち盛りとは言うが、このままでは肥満になるのではないかと心配になる。
「三厳が肉を寄越さないというなら自分で調達するまでだ。魔族の肉は不味そうだが、背に腹は変えられないからな」
「そんなことしたら独房に入れて3日間飯を抜くからな」
「お、おいっ! 脅しか!? それは卑怯だぞ!」
「少しは我慢を覚えろ」
「わ、分かった。次からはそうするから今日だけは頼む!」
何か様子がおかしいな。
満腹にならなかっただけでこんなに焦るとは考えにくい。
ということは……そういうことか。
「仕方ないな。肉はもう用意してないから魔族でも捕食してくれ」
「えっ!? いや、そうじゃなくて……」
はぁ、やっぱりか。
「で、レイドラ。正直に話すなら考えてやってもいいんだがな」
「ううっ……肉が美味しすぎて親父の分まで食べました。親父が怒ると怖いから助けてください」
「どうしよっかなー」
「お、おいっ! 約束と違うぞ!」
「冗談だ。──しかし今からあの肉を用意するとなったら時間がかかるんだよな……」
ここまで頑張ってくれたライドラへの感謝と、父親の身柄を拘束していたことに対してレイドラに贖罪のつもりで用意した高級肉だったからな。
同じものを用意するにしても在庫が残っているかも分からない。
ついでにこの時間じゃ店が開いていない。
さて、どうしたものか……
「──それならば心配には及ばない」
「お、親父っ!?」
夜の少し冷えた風を引き連れて現れたのはライドラ。
はい。
隠蔽工作は完全に破綻しました。
「三厳、馬鹿息子が迷惑をかけたな」
「あぁ、ライドラが問題ないなら別にいいんだけどな」
「問題はあるが、まあ、家族の問題だからな」
「そうか。なら後は任せるわ」
「おいっ! 三厳! 俺を見捨てないでくれ!」
レイドラの泣き言は自業自得だから放っとくことにしよう。
それにしても今日はやたらと絡まれるな……
「あっ、三厳いた!」
「ちょ、エリス!? 待ちなさいよ……まだ心の準備が……」
次はミリエリ姉妹だった。
いつものように溌剌とした笑顔を見せる妹のエリスと、羞恥から顔を赤らめてる姉のミリス。
そんなに恥ずかしいならそんな格好しなければいいのにな。
なんで揃いも揃ってコスプレしてるんだか……
「とりあえずお前ら2人は蛇と馬に謝れ!」
「えっ!? へび? うま? 三厳は何を言ってるの?」
ミリエリ姉妹には通じるはずもないが、ウサギ、ドラゴンと来たら次は蛇だろ。
なんで忘れられがちな馬まで飛ばして羊のコスプレしてるんだよ。
「言いたかっただけだから気にするな」
「何よそれ……」
「それでお前ら2人は何のようだ?」
「特に用はないけど、せっかくナルガシークの毛皮で衣装を作ったんだから見て欲しかったの」
どう?
と聞くようにエリスはその場でターンする。
ちっぱいを少しでも大きく見せるようにと細工のされたビキニ風の衣装が似合っていないとは言わない。
ただ見てるだけで風邪を引きそうな格好だなと思う。
「ああ、似合ってるよ。──それで用がそれだけなら俺はもういくぞ」
「えっ!? ちょっと早くない!?」
そう吠えているエリスも放っとくことにしよう。
もちろんいまだに羞恥に俯いているミリスも同様だ。
はぁ……
せっかくリリィから貰った酒もぬるくなってしまった。
さっさと飲まなかった俺が悪いんだが、やっぱり後味が悪くなるな。
そんなことを思いながらワインのような酒を飲んでいると、次は左右から刺客が現れた。
それを防ぐためにグラスが割れてしまったが、俺は悪くない。
「お前らのせいでグラスが割れたじゃないか……」
「寸止めをするつもりだったのに、防ごうとした魔王様が悪いんじゃないか」
「だから某はやめた方がいいと言ったのだ……」
2人の刺客はそれぞれ弁明っぽい言葉を口にする。
悪びれなく仮面を外して微笑むヴァレリアとばつが悪いように苦笑を浮かべるアクルセイド。
まさかこいつらまで戻ってきていたとはな。
「それはそうと魔王様はどうして彼女にあんな姿をさせているんだい?」
「あんな姿って……黒いドレス姿くらいは普通だろ」
「いや、そっちじゃなくて彼女らの方」
ヴァレリアが指し示したのはリリィやミリエリ姉妹。
そっちだったか……
というか俺があの格好をさせてるように見られていたのかよ……
「あれは知らん。あいつらが勝手にやってることだからな」
「そうか。そういう嗜好があるのかと思ったよ」
「そういう嗜好があるならお前にもやらせてるよ」
「ははは……それは勘弁だ」
「ヴァレリアも似合うと思うけどな。──なっ、アーク?」
「某に話をふらないで欲しい」
相変わらずアークは硬派だな。
いや、こんな言い方したら俺が軟派みたいだ嫌だが。
「──アーク……お兄さん……借りていい?」
次はサシャか……
お前はゼノをからかって遊んでいたんじゃなかったのかよ。
「某は構わんが……」
「なら、お兄さん。大事な話がある」
そう言ってサシャは俺の裾を引っ張る。
ちなみに今のサシャはいつの間に着替えたのかは分からないが、猫耳のようなものと尻尾をつけた猫娘になっている。
なんか魔女帽子を被っていないのは新鮮だけど、俺の意思は無視ですか?
「──ここならいい。お兄さん、昼にお兄さんと会った女のことがある程度分かった」
「ホントか?」
「…………恐らく彼女は神族の生き残り。──そしてお兄さんが魔王になったことで大変なことになったみたい」
「どういうことだ!?」
本来の予定を放っとくことになったが、俺はサシャの話に耳を傾けた。
どこまでが本当だったのかは眉唾物だが、全部本当だった場合はあの女の言葉にも説明がつく。
はぁ……どうやらまた面倒ごとに巻き込まれ続けることになりそうだ。