第十章「刀と魔法と」6
雑音が聞こえた。
耳障りな雑音だった。
黙れ。
黙れ。
黙れ。
頭の中で繰り返されるその思いが胸を熱く焦がしていく。
俺はその熱量に耐えきれず瞳を開いた。
「なん……だと⁉」
真っ先に視界に飛び込んできたのは驚愕で目を見開いたジークだった。
その顔を見るなり俺の中に今までなかった感情が沸き上がってくる。
目の前の敵を惨殺しろ。
殺せ、殺せ、殺せ!
自分ではない誰かの怨嗟の声に身体が自然と動く。
「ぐはっ……」
気付いた時には左足がジークの脇腹を捉えていた。
これまででは考えられない人間離れしたその重い一撃にジークの顔が苦痛で歪む。
ジークはこの状況の異常さに危険を察したのか得物を手放すと、すかさず俺から距離を取った。
「邪魔だな」
俺の口から無意識の内に言葉が漏れる。
そして胸に突き刺さった剣を抜き捨てる。
その数秒後には今までの光景がまるで幻だったかのように傷口が塞がっていく。
「さて、続きをしようか」
己の意思を無視し、身体が独りでに動き出す。
これが彼女の言っていた暴走か……。
と、頭では理解できたものの、それを自分で抑える手段は現状ない。
どうすれば……。
どうすれば律することができる。
そんな自問自答を繰り返している間にも、俺の身体はジークの元へと向かっていく。
このままではジークを殺めてしまう。
そう思った刹那──俺の身体は衝撃と共に止まった。
「────勝負に水をさすつもりはありませんでしたが、こう最悪の展開になってしまっては勝負どころの話ではありませんね」
俺とジークの間に割って入った闖入者はほとほと呆れながらそう言う。
「…………剣聖」
「邪魔をするか、ヴァレリア」
闖入者の正体は仮面を外した女剣士。
魔王軍の誇る最強の剣聖ヴァレリアだった。
「こんな面白い状況を見過ごせるわけが────なんていうのは冗談ですが……。いえ、半ば正しいですね」
どっちだよ。
そうツッコみたくなるが、リアの顔を見ていると本当にどこか楽しそうである。
例えるならば強敵を前にした金髪の猿人間みたいな感じだった。
と、そんなことを考えている内にも刀を握っている俺の両腕には力が込もっていく。
が、それでも華奢なその身体はびくともしなかった。
「まだまだですね。こんなにがむしゃらな力の使い方をしている状態であれば、まだ今までの魔王様の方が数倍厄介です」
少し残念そうに告げた言葉には全く嘘がなかった。
赤子の手を捻るように刀を弾き飛ばすと、俺の動きを拘束するように身体を密着させてくる。
その刹那──今まで以上に身体の奥が熱くなるのを感じた。
「そのまま衝動に任せて大丈夫です。どれだけ魔王様が暴れたとしても、私が全て受け止めてみせますから」
力強い言葉と柔和な笑み。
彼女の匂いと引き締まっている中に柔軟性のある体躯の感覚。
味覚を除いた全ての感覚が身体の中の渇きを助長していく。
だからだろうか。
この行動は今までの操られていた感覚とはどこか違っていた。
自然と、それがさも当然のように俺はリアの身体を強く抱き締める。
そしてその渇きを潤すために歯を首元に突き刺した。
「んっ……」
耳元でリアの吐息が漏れ、口腔に鮮血の匂いが充満する。
美味しいなんて感傷はない。
ただ本能がそれを求めて止まなかった。
不老不死の能力と吸血衝動。
吸血鬼紛いの能力を手に入れた俺は、本当に人間であることをやめてしまったようである。
しかしそこに後悔はなかった。
まあ、俺が俺であることに代わりはないと思うからな。
「少しは落ち着きましたか?」
「ああ、おかげでな」
ようやく自分の意思に従う様に戻った左腕でリアの頭を撫でる。
するとリアは悪戯な笑みを浮かべた。
「この機に便乗して胸を揉みしだいたりしても良いんですよ?」
「すごい魅力的な提案だけど人前だから止めとくよ」
「つまり人前じゃなければ凌辱するんですね」
「言い方悪いな……」
「これくらいは仕返しをさせてもらわないとですから。それよりもそろそろいいですか」
「ああ、もう問題ない」
少し名残惜しくはあるが、俺はリアの身体を離す。
そして呆然としているジークを見据えた。
「待たせてしまってすまなかったな。──それで、まだ続きをするか?」
「夜皇エリザベール・ラファウィリアの力を見せられてしまっては、もうこの闘いに大義名分などない。──これまでの非礼をお詫びしましょう」
ジークは畏まるとこちらに一礼する。
その行為に対してブーイングが起こることはない。
どうやらこれで全てに決着がついたようである。
と、思っていたのだが、どうやらこれだけでは終わらないようである。
頭を上げたジークの目は闘いが終わった後のそれではない。
血を求める獣のように鋭い眼光がこちらを射抜いている。
こうなってくればこの後に続く言葉は再戦の申込みに他ならないだろう。
そんな嫌な予想通り彼の口からこぼれた言葉は予想通りのものであった。
「しかしこれで終わりでは面白くないとは思いませんか? 夜皇の血を継ぐ魔王様と闘える機会など滅多にあるものでもないでしょう」
「魔王様、いかがなさいますか?」
「この盛り上がりを前にやらないとは言えないだろ……」
「それもそうですね」
俺のやる気のなさが伝わったのか、リアも苦笑いを浮かべてステージを離れていく。
そして俺は再びジークと向き合った。




