第十章「刀と魔法と」4
目の前の光景に、俺はまたかと溜め息を吐きたくなった。
それは言うまでもなく、何度も訪れている三途の川の風景。
そしてここに立っているということは、また俺は死にかけているということに他ならなかった。
「というよりもあんな状況でもまだ甦るチャンスがあるのか……」
俺は誰に言うでもなくそう呟く。
これまでの経験則からすると、あの川を渡らずに後ろへジャンプすれば元の世界に戻れる。
しかし、本当に今回もそうなのだろうか?
その疑問だけはどうしても拭いきれなかった。
「今回はなんでここにいるのか……。というよりもどうしてここにいる状況に陥っているのか分かっているんだよな」
独り言とともに数秒前の光景がフラッシュバックする。
俺はジークから心臓を刺されてここにいる。
そして今回は近くにサシャがいたわけではない。
あれだけの血が流れていた状況であれば、サシャの回復魔法が作動する前に絶命していてもおかしくはないのだ。
「流石にサシャの魔法でも死者を甦らせる事はできないよな……」
最初にここに来た時のことを思い出す。
あの時俺は自分が死んだということに気が付いていなかった。
気が付いたからここにいて、それがさも当然であるかのようにこの川を渡るための長蛇の列に並んでいた。
だからこそ恐怖は一切感じなかったのだ。
しかし今は違う。
もしいつものように後ろにジャンプをして、元の世界に戻れなかったらどうしようか。
そんな恐怖が時間とともに増強していく。
ただ、どれだけ考えたところでその箱を開けてしまわないことには話が進まないのだろう。
俺は意を決すると、瞳を閉じて後ろに向かってジャンプした。
そして目を開ける。
そこはあの川ではなかった。
しかし、元の世界でもなかった。
「やはりあの傷の深さでは限界があったか……」
ふと誰かの声がした。
よくよく目を凝らしてみると、遥か前方に椅子に座った人影が見える。
気が付くと俺は何かに引き寄せられるように、その人影に向かって歩き出していた。
近付いて分かったことがひとつある。
それは明らかにその人影の主が人間ではないということだ。
確かに見た目だけならば人間のように見えるんだが、直感的にそれが人間ではないと思った。
どちらかと言えば人の形をしている時のゼノやベルちゃんに近い感じの感覚。
しかし、何かも分からないその異形を前にしても俺は何故か落ち着いていた。
どうしてかは分からないが、どこか懐かしい感覚がある。
俺はどこかでこいつとあったことがあるのか?
そう思って記憶を探るものも、それらしい痕跡は見つからない。
そんなデジャビュの様な気持ち悪い感覚。
しかし、そこまで不快なものではない。
まあ、色々と考えているだけムダか。
そう思った俺は、言葉が通じるくらいまで近付いたところでその人影に声をかけた。
「すまないがここはどこだ?」
「ここは──そうだな、言うなれば君の心の中だ」
正直意味が分からなかった。
というよりもこんな電波な発言を理解できるやつなんていないだろう。
「電波とは酷い言い様だな。まあ、いきなりそんなことを言われてもそういう反応になるのは仕方がないことなのかもしれないが」
そう思うならもう少し分かるように説明をしろよ……。
俺がそう思うと、背を向けていた人影がこちらを向いた。
「ふむ。君がそういうのであれば少しずつ説明をするとしよう。まずは自己紹介でもしようかな。私はエルザベール・ラファウィリアだ」
「俺は柳生三厳だ」
エルザベールが名乗ったからとりあえずそれに応える。
しかし、彼から返ってきた言葉は「知っているよ」という肩透かしな言葉だった。
そして彼は続けてこう言った。
「それと一つ勘違いを訂正しておこう。君は私のことを男だと思っているようだが、こんな見てくれでも女なんだ」
はぁ?
いや、どうみても男にしか見えないんだが?
まあ、少年みたいな風貌だからゼノみたいに実は女でしたも有り得ないわけではないんだが……。
そう思ったところで1つ気付いたことがあった。
「ご名答。どこかゼノウィリアに似ていると思ったのは正解だよ。これでも私は彼女の先祖に当たるからね」
「先祖ってことはベルちゃんの母親ってことか?」
「いや、それは不正解だ。6代前の魔王と名乗れば分かるかな?」
6代前。
そう言われて記憶を呼び起こす。
6代前の魔王と言えば確か結界を張った──
「その通りだよ。流石は頭の回転が早いだけはあるね」
「それでその6代前の魔王様がこのタイミングで俺の前に現れたのはどういうわけなんだ?」
「まあ、そんなに急かさないでくれよ。ちゃんと説明ならするさ。その前に少し私の昔話に付き合ってもらうけどね」
あぁ、要するに暇なわけか。
俺は俺でいつまでものんびりしているわけにはいかないんだけどな……。
「まあ、簡単に話をすると私は当時──いや、今現在を合わせたとしても最強の魔王だったんだよ。どうだい? すごいだろ?」
「それならば何故結界なんて作ったんだ? そんなに強かったなら世界征服なんて簡単だったんだろ?」
「君もそう思うタイプなのかい? いや、今の発言は私が魔王であったという偏見から来たものか……。まあ、今はそんなことどうでもいいや。確かに君の言う通りこのRPGなんて言われている世界を統一することは出来ただろうね」
でも敢えてしなかったと言いたいわけか。
まあ、こいつがあの2人の先祖だと考えれば争いを好まなかったという感じなのかもしれないな。
「その通りだよ。だから私はこの世界を分断する結界を作った。まあ、それがきっかけで私は魔王という地位を失ったんだけどね」
「力で魔族を征服することすらも嫌ったというわけか」
「そうだね。それで私はあそこを離れて旅に出た。その後まさか自分の息子が魔王の後を継ぐだなんて思っていなかったけどね」
「まあ、普通はそうだな。裏切り者の子孫だと思われても仕方がないし」
「でもやっぱり力は必要だったんだよ。あの時は今の君みたいに優れた部下──いや、仲間がいたわけじゃないからね。力を持っている者が統治を行う。それが自然の理だったのかも」
俺の場合は優れた仲間のおかげで魔王になったものみたいだと皮肉を言われているようだったが、実際その通りだから無視することにしよう。
「話は戻るけど、私はその後人間との間に子どもを産んだ。まあ、話の展開的に分かるとは思うけど、それが君の祖先に当たるわけだよ」
「それでそのことが今のこの状況と関係していると」
「そういうことになるね。さてここからは君が選択する番だよ。まずは──良いお知らせと悪いお知らせ、どちらから聞きたい?」
俺がそう答えることが分かりきっているかのように彼女は悪いお知らせを強調して尋ねてきた。
その誘いにのるのと癪だが、そんなことで自分の意思を変えられる方がもっと癪だから素直に答えるとしよう。
「もちろん後者だ」
「はは、そう言うと思ったよ。それじゃ悪いお知らせだ。柳生三厳という人間は完全に死んでしまっているよ──」




