第九章「血は牆となりて」6
「踏み込みが甘い!」
間合いに入ってきた相手へ放った渾身の一撃はあっさりと弾かれてしまった。
そして手から離れた刀が金属音を引き連れて地面に落ちる。
俺はただただ自分の不甲斐なさの前に両手をあげることしかできなかった。
「リア、降参だ」
「言われなくても分かっています」
リアはさらっと酷い言葉を投げ掛けると、抜いていた刀を鞘に収めた。
前にも半殺しにされたことがあったから分かってはいたが、やはりこと剣術に関しては勝てる気がしない。
俺は未だに痺れている左手を軽く振る。
やはりこうも歯が立たないと、リアを訓練相手に選んだのは間違いだったのかもしれなかった。
「魔王様、何かこう工夫みたいなものはないのですか?」
「工夫ねぇ……。同時詠唱とか?」
「確かにそれはありかもしれませんね。まあ、私に対しては全く意味がありませんが」
知ってるよ。
口には出さずに心の中でそう答える。
ジキルクルトとの決戦を明日に控えて、少しでも戦術の幅を増やそうと思っていたが、そううまくはいかないな……。
「それよりもまだ続けますか? それとも明日のためにもう休みますか?」
「そうだな……。後一度だけやったら終わりにするわ」
「かしこまりました」
俺が刀を拾った時には既にリアが臨戦態勢に入っていた。
仮面を外し、召喚によって能力が向上している完全体の彼女はその立ち姿だけでも威圧感を放っている。
元々篩水流抜刀術は待ちの剣術ということもあるが、それを抜きにしても隙と呼べる隙が見当たらない。
さてどう仕掛けるか……。
魔法は無効化されてしまうから使えないし、まともに打ち合ったのでは勝負にならない。
飛道具での攻撃はさっき防がれたばかりだから、またそれを軸に仕掛けるのは無能すぎるだろう。
どうにかして隙を作ることが出来れば……。
そう考えていたところで1つ突破口を思い付く。
それと同時に俺は長い方の黒刀を抜いてリアとの間合いを詰めた。
「抜刀術はやめましたか……。──ふんっ!」
何の考えもなく真っ正面から仕掛けた攻撃は案の定力でねじ伏せられる。
ここまでは分かりきっている事だと思い、俺は刀から手を離してそのまま後方に離脱した。
「逃げられるとでも思っているのかい!」
しかし、当然のごとくリアは後ずさった俺を狙って攻撃を仕掛けてくる。
その姿は獲物を狙う肉食獣さながら。
命を狙われている訳でもないのに、それは恐怖となって早鐘を打たせた。
「バリークシード!」
交錯。
抜刀した2本の刀と、急拵えの防御魔法。
それによる防御が破られるまでに時間はかからなかった。
「これでとどめ────」
最後の攻撃に移ろうとしたところでリアの動きが止まった。
そして勝負の終わりを告げるように軽快な笑い声が響き渡る。
「はははっ、まさか負けるなんて……。なるほど、これは予想外の攻撃だったよ」
そう言うリアの首元には刀が突き立てられている。
どうやらギャンブル要素の強かった攻撃は奏功したようだ。
「フィニッシュに充分の威力があるかどうか試せないのは不安要素だけどな」
「確かにそうですね。それにうまくいったとしても相討ちの可能性がありますから」
リアはクールダウンをするためにか仮面を装着すると、普段の口調でそう問題点を指摘する。
一矢報いることは出来たが、やはり実践向きではないかもしれないな……。
「でも、そこ辺りは次の師匠から学べばいいことでしょう」
「そうだな。魔法もうまく使えるように頑張るわ」
「はい。ただ、くれぐれも無理だけはしないように」
「分かってるよ。手合わせありがとな」
「いえ、またいつでもお声かけください」
リアとの剣術特訓が終わり、彼女は部屋を後にした。
そしてそれと入れ替わるように次の先生が姿を現す。
「マスターお待たせしました。────って大丈夫ですか⁉」
「大丈夫だ。ただリアに力負けしただけだからな」
「それ大丈夫じゃありませんよね? ──あっ、そうです! 膝枕しましょうか? 少し休んでもいいんですよ?」
リリィは床に正座をすると、目を輝かしながら催促するように膝を叩く。
それはとても魅力的な提案だったが、決戦が明日である以上のんびりとしている暇はないんだよな……。
「今は遠慮しとく。それよりも魔法の扱い方について教えてくれ」
「──いです」
「何?」
リリィの言葉がうまく聞き取れず、思わず聞き返す。
しかし、彼女は臍を曲げてしまったのか、「もういいです」とだけ言って立ち上がった。
「それでは魔法の使い方について教えます。そもそも魔法と言うのは────」
それからリリィによる魔法講座が始まった。
その間終始不機嫌だったのは気掛かりだが、恐らく膝枕を断ったことが原因なのだから明日ジキルクルトとの戦いが終わってからしてもらうことにしよう。
断じて言うが、別に膝枕が好きって訳じゃないんだからねっ!
いや、実際すごく好きだけど。




