第九章「血は牆となりて」5
翌朝俺とリリィはエルフの集落へと向かった。
そこで話し合われたのは人類とエルフ間の和親及び通商条約の提携についてと、魔族とエルフ間での同盟について。
これに関しては前日の脅迫紛いのあれが効いているのかすんなり決まった。
そしてもう1個の問題であるリリィが昔崩壊させた集落の修繕費はというと────
「あの件についてはもう過去の事だ。それを余所者に払われる覚えはない」
と、ネスト家の青年エルフから突っぱねられてしまった。
まあ、払わなくていいならいいで構わないんだけど。
そして全ての目的を無事に終え、帰路に着こうとしたところでエリシュナクから声をかけられた。
「ちょいとまたれい」
「ん? まだなんか用か?」
「そうじゃな。そんな警戒されるようなことではないがのぉ」
何だかんだで難癖をつけられるのかと思っていたが、どうやらそうではないようだ。
てか、それ以外に何を言おうとしているのか全く想像がつかないんだが……。
「それならば手短に頼む」
「そうじゃな。ならば単刀直入に言うとする。──お主に儂の魔力を譲ろう」
「は?」
口をついた言葉は何とも間抜けなものだった。
魔力を譲る?
つまりはエリシュナクの魔力が俺のものになるってことなんだろうが、それに何の意味があるのかは全くもって理解ができない。
「魔法の1つも使えないようでは不便じゃろうと思ってな。主には大きな恩がある。そしてもう儂は知っての通りの老いぼれじゃ。それならば持て余してしまう力を若い者に譲るべきじゃろうて」
「「長老、本気なのですか?」」
覚悟を決めた顔をしているエリシュナクに声をかけたのはホーリィとリリィの2人だった。
「男に二言はない」
「ですが、そんなことをしたら長として──」
「長老の座ならばホーリィに譲るわい。もう老体には辛くて仕方がない」
「そんな勝手な……」
よく分からない内に長老の座を押し付けられているホーリィは露骨に困惑していた。
「儂がこの座についた時も、先代の急死後じゃったから急な話じゃった。まあ、そんなものであろう」
「ホントに最後までそういうところは適当なのですね」
そう言ったホーリィはどこか諦めた様な表情を浮かべていた。
本意ではないが、長老になる覚悟を決めたのだろう。
「では早速魔力を譲るとするかの」
エリシュナクはそう言うと俺に向かって手をかざす。
そして何か呟いたと共に、柔らかな光が俺を包んだ。
「何だろうな、この感覚。どこか懐かしいような気が……」
「元々魔力は命の源じゃからな。主の中にもその感覚が残っていたのじゃろう」
「そんなものか」
そんな会話をしながらゆっくりと時間が流れていく。
そして5分くらい経ったところで光が消えていった。
「これで譲渡は完了じゃ。何か変化はあるかの?」
「正直よく分からん」
「ははは、やはり面白い男じゃ」
明け透けな答えにエリシュナクは優しい笑みを浮かべていた。
どうやら本当に魔力が譲渡されたようなのだが、全然実感がわかない……。
「何か魔法を使ってみていいか?」
「うむ。詠唱とかは分かるかの?」
「それなら────問題ないみたいだ」
俺はエスシュリー(仮)を起動させて使えるようになった魔法を確認する。
そこには親切に詠唱まで書かれていた。
「汝、我を、我が友を守る楯となれ────バリークシード!」
周りに影響があるといけないので、ひとまず防御魔法を唱えてみる。
うん、成功した。
本当に魔法が使えるようになったみたいだ。
「本当にマスターが魔法を使えるようになりました……」
「そうだな。ワーティも使えるようになったみたいだから、これでリリィ要らずだな」
「えっ⁉ 私はもう用済みですか⁉」
「リリィ……今までありがと」
俺の冗談に乗っかったサシャから、リリィは肩を叩かれる。
それと同時にリリィの華奢な体躯は地面に崩れ落ちた。
「私はこれからどうしたら……。マスターの役にたてない私なんて……。私なんて……」
思いがけないリリィの反応に俺は慌てて冗談だと伝えようとしたが、それよりも早くリリィが立ち上がった。
そしてエリシュナクの元へ駆け寄る。
「長老! マスターに魔力なんてダメです! 今すぐ取り消してください!」
「リリィよ、少しは、少しは落ち着かんか! そんなに揺さぶるではない」
リリィに服を捕まれて揺さぶられているエリシュナクは今にも死にそうな顔になっていた。
仕方がないから強制的に止めるとするか。
「リリィ、落ち着け!」
命令に対してリリィの身体は動きを止める。
そして今にも泣き出しそうな顔がこっちを見た。
「マスター……」
「リリィが要らない子なわけがないだろ? これからも俺の側に居てくれ」
「いいん……ですか?」
「当たり前だろ────」
俺の肯定を聞いたリリィが飛び付いてくる。
普段なら照れくさいから避けていたが、今ばかりはそんなこと言ってられないだろう。
「マスター、マスター……」
「ほら、そんなに泣くなよ」
「泣いてないです。泣いてなんかないです」
「リリィ……子どもみたい」
「うるさいです! 私だってたまにはマスターに甘えたいんです!」
サシャに冷やかされたリリィは半ば逆ギレ気味にそう言い放った。
そんな様子を見ていたホーリィからはどこか不気味なまでの笑顔を向けられている。
なんというか、居心地が悪い。
何か声をかけないとな。
そう思った俺の口から溢れた言葉は本心ではあるが、きっと普段の俺ならば言わないであろう言葉だった。
「リリィに頼らずとも移動が出来るようになれば、やれることも増えるだろ? ほら、これからは子どもが出来ても問題なくなるし」
「マスターとの子ども……えへへへ」
「────誰がお前に娘をやるなんて──いだっ⁉」
途中サレイドが妨害しに入ろうとしてきたが、寸前でホーリィから拳骨を喰らっていた。
なんというか、懲りないな。
「マスター君、娘を宜しくお願いしますね」
「ちょ、ホーリィ⁉」
「あなた? 何か問題でも?」
「いや、だって、ほら、えっとね?」
「な、に、か?」
「いえ、何でもありません。リリィが望んでいるならパパはそれに賛成です」
「よろしい」
そして意図せぬ内にリリィとの交際は取りまとめられていた。
リリィも将来的にこうなるかもしれないと思うと少し怖いな……。
「それじゃマスター君、不束な子ですが宜しくお願いしますね」
「は、はい」
こうしてエルフ族との一件と、結界修復の問題は解決した。
後はジキルクルトとの戦いだけだな……。




